〈発想〉について 第1回(全5回)

 関根伸夫
 (1976年執筆の再録)

 この大切な紙面で、数ヵ月にわたり私の駄文に付き合わざるをえない読者に、寛容の精神を先ずはお願いさせていただきたい。それと、昨年のクロス・カントリー7,500kmでは全国行脚の途上で皆様に多大なるおせわをいただいたことをここに心から感謝申し上げたいと思う。全国数十会場での同時展という稀なる企画のおもしろさもさることながら、各会場を周巡して語り、飲んだ貴重な体験は、私自身の今後の制作に強い作用を生むものと確信できる。対話すること、作品を通じてコミュニケートすることは、われわれ作家の大いなる願目であり、作品をつくらむ動機でもある。今日の作家が、かくも自閉症になりがちなのは、作品をつくりつつ旅しないことにも一因する。かっての円空上人や日本画家達が、旅と制作が一体であったように、われわれ作家も語るべき友をさがし、風物に触れ、発想をゆさぶられねばならない。そんな感慨を深くしたクロス・カントリーであった。
 さて、私は作家が文章を書いたり、語ったりする場合に、一番素直で正直なのは、己れの作品を構想する動機について語りのべることだと思う。もっとも、この動機を正確に、つぶさに語ることほど、困難さと気はずかしさがともなう感覚もないであろうが、しかも多くの場合、作家の虚言や虚偽が存在しやすい。しかし、作家が何をして作品をつくらしめるかという《発想》の地平は、作品と観者の対話の最大の関心事であってしかるべきだろう。何によって発想を得るのか、何が作品を構築させるのか、ところで俺は何が物好きで作品をつくるのか、とまあ自分の仕かけた罠に私自身が突き落ちる危険が始ってしまったようだが、勇気を鼓舞して先に進もう。まずは具体例ひとつ。下に掲げた写真を、ご覧いただきたい。これは高さ三十センチ余りの黒御影石の壺である。そこに墓石の字彫りの技術を用いて
 コレは又 何かと見れば 思ふツボ
と彫り込まれている私の彫刻作品である。これは一輪挿にも使える石の壺でもある。哲学的とも駄ジャレとも思えるものであろうが、私はこれを極めてまじめに考えようとしている。

01関根伸夫
〔空想―思うツボ〕
1973年 黒御影
25x28x8cm

 かって世界を風靡したアンホルメル絵画などの影響を受けて、私もまた抽象的なものを描き続けていたのであるが、いつも他人が私の作品を見て問うのは「コレは何を描いたのか」ということであった。もっと正確に言うなら、コレは何をイメージしているのかというのであったろう。そんな場面で私は毎度コレは何を見て描いたのでも、何かのイメージを表象したのでもないと、心に反問しつつも、何も描かなかったとは言えずに沈黙せざるを得なかった。そんな苦痛が沈殿して、ふと「思ふツボ」と口に小さく呟いたのが動機だったのである。 と、語ってしまうと呆気無いようであり、日常性の中で沈殿してくる感慨が《発想》のツボだと思えなくもない。 (つづく)
せきね のぶお

「版画センターニュース」第12号より再録
現代版画センター機関誌・1976年2月1日発行
*本日から5回にわたり、関根先生のエッセイを再録掲載します。

1975年11月1日_森岡第一画廊_02
全国同時展「島州一・関根伸夫クロスカントリー7500km」盛岡展
関根伸夫先生、このとき33歳
MORIOKA第一画廊にて
1975年11月1日

関根伸夫(せきね のぶお) (1942~2019)
1942年9月12日埼玉県生まれ。1962年多摩美術大学油画入学、1966年多摩美術大学大学院油画研究科入学、斎藤義重、高松次郎に師事(1968年修了)。1968年に第8回現代日本美術展《位相No.6》、神戸須磨離宮公園現代彫刻展《位相―大地》、第5回長岡現代美術館賞展《位相―スポンジ》などで次々と受賞。日本発の現代美術ムーブメント[もの派]を代表する作家として活躍する。1970年第35回ヴェネチア・ビエンナーレではステンレスの柱の上に自然石を置いた《空相》を発表し、高い評価を得る。これを機に渡欧(1971年帰国)。ヨーロッパの建築空間に触発され、1973年環境美術研究所を設立。1972年埼玉県志木市庁舎モニュメント《空相》を制作、以後各地で多くのパブリック・アートを展開した(2010年閉所)。1977年デンマーク・ルイジアナ美術館にセキネ・コーナーが完成。2010年上海へ移住。2012年ロサンゼルス南部のパロスバーデス半島に移住し制作活動を行なう。2019年 5月13日ロサンゼルス郊外のトーランス市の病院にて永逝(享年76)。

1_悪ふざけの後で出品リストNo.1
関根伸夫
悪ふざけの後で
1965
キャンバスに油彩
33.5×53.0cm
サインあり


2_(鉱物シリーズ)出品リストNo.2
関根伸夫
鉱物シリーズ》(レゾネNo.15)
1965
キャンバスに油彩
51.5×75.0cm


3_無題出品リストNo.3
関根伸夫
無題》(レゾネNo. 19)
1966
キャンバスに油彩
91.0×73.0cm


4_無題出品リストNo.4
関根伸夫
無題》(レゾネNo.22)
1966
キャンバスに油彩
65.0×80.0cm

●関根伸夫展カタログ刊行しました
関根伸夫_カタログ表紙1500『関根伸夫展―旅する人』カタログ
発行日:2023年1月20日
発行:ときの忘れもの
図版:22点
執筆:関根伸夫「<発想>について」(1976年執筆)
編集:尾立麗子
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.6×17.1cm、32頁、
日本語・英語併記
価格:880円(税込)+送料250円
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