〈発想〉について 第4回(全5回)
関根伸夫 (1976年執筆の再録)
美術を志して数年後、思った以上に美術家としての職業は困難でどうも将来専門家として食うにはおぼつかないという危惧と、偶然姉が教わっていた華道を、私も習ったことがある。師匠は母と同年輩という気のいいおバアちゃんで、四・五カ所の教場をかけもっていたが、子供が居ないで、愛情の発散には適当な好材を見つけたためか、私を大変可愛がった。種々の花器に、様々な方式でもって花を生けるのは、前衛美術を志す私にとっては、少々かったるい、繊細で趣味的な作業だったが、若い娘達に囲まれた華やいだムードは、まんざら悪くは思われなかった。師範の資格をとったら、彼女の教場と立場を全て私にまかすという約束だったにかかわらず、結局三年位で種々の理由が重なって華道家への道は止めてしまったが、華道から得たものは予想以上に大きかった。私の属していたのは<池の坊>であるが、何百年かの伝統をもつ流派だけに、その教本にある古花には、素晴らしい、私の美術家としての発想をゆさぶるものが多く見られた。その中の一つに、黒い花器から立ち上った一本の枝が弓なりの曲線を描き、ちょうど上から三分の一のあたりでバキッと作為的に折った図版を見つけた時は、声にならない叫びをあげる所だった。折れた部分が斜めに走り、その重みで三分の二の部分が緊張感のある曲線を生み出している。花を生ける、自然を生かすとは、かくの如き狂暴で、時には自然的といわれる真反対の作為作為した行動すらともならないものかと。折れ目の木地が鮮烈な赤みを帯びて私に印象を与えた。
関根伸夫
『空相―立木』
さて、左に掲げる「空相―立木」と題する私のプロジェクトは、自然に生えたままの立木を途中で、知恵の環風にクサリ状に彫りぬいて、斜めにたおしたものである。電信柱に登る配電工よろしく、立木に登り、一本彫で二つの組み合う環を彫る。ちょうど、アイヌ彫り、アフリカ彫刻、あるいはインドの象牙細工でよくやる例の原理と同様である。この作品は構想をエスキースとして図表としたのが作品であるが、自然に生えたままの状態で実際には行為してはいない。将来機会があったら、数十メートルの大木で、生えたままの状態の木を彫刻してみたいものだと夢みている。人に聞いた話では、ナタ彫りで有名な円空上人は、生えたままの木に仏像を彫り抜いたと聞く。以前、デンマークのルイジアナ美術館でこれをつくろうとしたら、自然愛護協会からクレームがつくということで計画を断念したことがある。先の華道教本の古花の例ではないが、自然を生かすとは、時には暴力的な破壊活動にすら身を挺しないと、全ては生きないのだと、自然愛護協会に知ってもらいたいものである。私は単に自然のディストロイヤーなのではない。―つづく。
関根伸夫
『円いひも』
1975年
シルクスクリーン
(せきね のぶお)
*「版画センターニュース」第15号より再録
現代版画センター機関誌・1976年6月1日発行
■関根伸夫(せきね のぶお) (1942~2019)
1942年9月12日埼玉県生まれ。1962年多摩美術大学油画入学、1966年多摩美術大学大学院油画研究科入学、斎藤義重、高松次郎に師事(1968年修了)。1968年に第8回現代日本美術展《位相No.6》、神戸須磨離宮公園現代彫刻展《位相―大地》、第5回長岡現代美術館賞展《位相―スポンジ》などで次々と受賞。日本発の現代美術ムーブメント[もの派]を代表する作家として活躍する。1970年第35回ヴェネチア・ビエンナーレではステンレスの柱の上に自然石を置いた《空相》を発表し、高い評価を得る。これを機に渡欧(1971年帰国)。ヨーロッパの建築空間に触発され、1973年環境美術研究所を設立。1972年埼玉県志木市庁舎モニュメント《空相》を制作、以後各地で多くのパブリック・アートを展開した(2010年閉所)。1977年デンマーク・ルイジアナ美術館にセキネ・コーナーが完成。2010年上海へ移住。2012年ロサンゼルス南部のパロスバーデス半島に移住し制作活動を行なう。2019年 5月13日ロサンゼルス郊外のトーランス市の病院にて永逝(享年76)。

関根伸夫 SEKINE Nobuo
《位相-大地 1》
1986年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
シートサイズ:87.2×186.5cm
Ed.25 Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●関根伸夫展カタログのご案内
『関根伸夫展―旅する人』カタログ
発行日:2023年1月20日
発行:ときの忘れもの
図版:22点
執筆:関根伸夫「<発想>について」(1976年執筆)
編集:尾立麗子
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.6×17.1cm、32頁、
日本語・英語併記
価格:880円(税込)+送料250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。


●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

関根伸夫 (1976年執筆の再録)
美術を志して数年後、思った以上に美術家としての職業は困難でどうも将来専門家として食うにはおぼつかないという危惧と、偶然姉が教わっていた華道を、私も習ったことがある。師匠は母と同年輩という気のいいおバアちゃんで、四・五カ所の教場をかけもっていたが、子供が居ないで、愛情の発散には適当な好材を見つけたためか、私を大変可愛がった。種々の花器に、様々な方式でもって花を生けるのは、前衛美術を志す私にとっては、少々かったるい、繊細で趣味的な作業だったが、若い娘達に囲まれた華やいだムードは、まんざら悪くは思われなかった。師範の資格をとったら、彼女の教場と立場を全て私にまかすという約束だったにかかわらず、結局三年位で種々の理由が重なって華道家への道は止めてしまったが、華道から得たものは予想以上に大きかった。私の属していたのは<池の坊>であるが、何百年かの伝統をもつ流派だけに、その教本にある古花には、素晴らしい、私の美術家としての発想をゆさぶるものが多く見られた。その中の一つに、黒い花器から立ち上った一本の枝が弓なりの曲線を描き、ちょうど上から三分の一のあたりでバキッと作為的に折った図版を見つけた時は、声にならない叫びをあげる所だった。折れた部分が斜めに走り、その重みで三分の二の部分が緊張感のある曲線を生み出している。花を生ける、自然を生かすとは、かくの如き狂暴で、時には自然的といわれる真反対の作為作為した行動すらともならないものかと。折れ目の木地が鮮烈な赤みを帯びて私に印象を与えた。

『空相―立木』
さて、左に掲げる「空相―立木」と題する私のプロジェクトは、自然に生えたままの立木を途中で、知恵の環風にクサリ状に彫りぬいて、斜めにたおしたものである。電信柱に登る配電工よろしく、立木に登り、一本彫で二つの組み合う環を彫る。ちょうど、アイヌ彫り、アフリカ彫刻、あるいはインドの象牙細工でよくやる例の原理と同様である。この作品は構想をエスキースとして図表としたのが作品であるが、自然に生えたままの状態で実際には行為してはいない。将来機会があったら、数十メートルの大木で、生えたままの状態の木を彫刻してみたいものだと夢みている。人に聞いた話では、ナタ彫りで有名な円空上人は、生えたままの木に仏像を彫り抜いたと聞く。以前、デンマークのルイジアナ美術館でこれをつくろうとしたら、自然愛護協会からクレームがつくということで計画を断念したことがある。先の華道教本の古花の例ではないが、自然を生かすとは、時には暴力的な破壊活動にすら身を挺しないと、全ては生きないのだと、自然愛護協会に知ってもらいたいものである。私は単に自然のディストロイヤーなのではない。―つづく。

『円いひも』
1975年
シルクスクリーン
(せきね のぶお)
*「版画センターニュース」第15号より再録
現代版画センター機関誌・1976年6月1日発行
■関根伸夫(せきね のぶお) (1942~2019)
1942年9月12日埼玉県生まれ。1962年多摩美術大学油画入学、1966年多摩美術大学大学院油画研究科入学、斎藤義重、高松次郎に師事(1968年修了)。1968年に第8回現代日本美術展《位相No.6》、神戸須磨離宮公園現代彫刻展《位相―大地》、第5回長岡現代美術館賞展《位相―スポンジ》などで次々と受賞。日本発の現代美術ムーブメント[もの派]を代表する作家として活躍する。1970年第35回ヴェネチア・ビエンナーレではステンレスの柱の上に自然石を置いた《空相》を発表し、高い評価を得る。これを機に渡欧(1971年帰国)。ヨーロッパの建築空間に触発され、1973年環境美術研究所を設立。1972年埼玉県志木市庁舎モニュメント《空相》を制作、以後各地で多くのパブリック・アートを展開した(2010年閉所)。1977年デンマーク・ルイジアナ美術館にセキネ・コーナーが完成。2010年上海へ移住。2012年ロサンゼルス南部のパロスバーデス半島に移住し制作活動を行なう。2019年 5月13日ロサンゼルス郊外のトーランス市の病院にて永逝(享年76)。

関根伸夫 SEKINE Nobuo
《位相-大地 1》
1986年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
シートサイズ:87.2×186.5cm
Ed.25 Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●関根伸夫展カタログのご案内

発行日:2023年1月20日
発行:ときの忘れもの
図版:22点
執筆:関根伸夫「<発想>について」(1976年執筆)
編集:尾立麗子
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.6×17.1cm、32頁、
日本語・英語併記
価格:880円(税込)+送料250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。


●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

コメント