大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第119回
(日本カメラ博物館所蔵)
ふたりの男性のあいだに、おばあさんが立っている。
いや、「おばあさん」と思ってしまうのはいまの感覚かもしれない
昔の人を写真で見ると、みな実年齢より確実に10歳、
ひょっとすると20歳も年とっているように感じることがある。
とすれば、この女性も還暦前の50代の可能性が高いかもしれない。
遠くを見るために外したらしい老眼鏡を左手に持っているので
初老の域にあることはまちがいないけれど。
男性たちはともにオーバーコートにハンチングという粋な格好をしている。
左の男性のほうが年齢が若く、先輩後輩の関係だろう。
おばあさん(と仮に呼べば!)に声を掛けたのは若い方である。
目的の場所がどこにあるかわからなくなり、
「ちょっと聞いてこい」と先輩に言われて、
背後の家のガラス戸の奥に「すみません!」と呼びかけたのだ。
そのとき頭を下げるのに取ったハンチングを手にしている。
おばあさんは声を聞いてさっと草履をつっかえると、
道に出てきて説明をはじめた。
ふたりはおばあさんのまっすぐに伸びた指先を眼で追いながら耳を傾ける。
若いほうは左足に重心をかけ、反対に年長のほうは右足にかけている。
話に集中するうちに、どちらの身もおばあさんの側に傾いたのだ。
年長のほうは自然に口元も開いており、
彼女のもたらす情報がどれほど貴重なものだったかがわかる。
おばあさんの頬には、メガネのつるがつけた跡がうっすらと残っている。
眼を使う仕事に集中していたところ、表で声がしてさっと立ちあがったのだ。
昔の女性は体を動かすことを厭わず、
呼ばれればすぐに応じるように習慣づけられている。
このおばあさんもそんな一人だろう。
以前はこんなふう人に道を教えている光景に路上でよく行きあったものである。
聞かれた人は、口であれこれ説明するよりも指をさして説明したほうが早い、
とばかりに道に飛び出してきた。
いまではこういうシーンはとんと見かけなくなり、
その代りに目にするのは、掌サイズのデバイスを片手に、
顔を上げたり下げたりしながら歩いている人の姿である。
街の人(とくに若い世代)に道を聞いてもちんぷんかんぷんで、
目印となる近所の建物がどこにあるかさえおぼつかない。
問われると、あわてて自分のデバイスをとりだし検索をはじめる始末だ。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
『 渡部雄吉 写真集 張り込み日記 Stakeout Diary』所収作品
プリントは日本カメラ博物館所蔵
■渡部雄吉 略歴
1924年、山形県酒田市に生まれる。1943年、東京光画社に入社し写真部員としてカメラマン生活に入る。1945年、陸軍に入隊し撮影班に配属されるも間もなく終戦。戦後は、田村茂氏の助手を経て1950年にフリーランスとなり、『中央公論』『文藝春秋』等の総合雑誌を中心に活躍。1960年よりエジプト、アフリカを半年間取材し、1963年には平凡社のグラフ誌『太陽』創刊号の特派カメラマンとしてアラスカのエスキモー村を取材。このほか、欧州各地を巡った成果で多数の写真集を制作。1972年より1992年まで、日本全国の神楽を撮影。1984年から1986年に日本写真家協会副会長を務める。1992年、紫綬褒章受章。1993年8月8日逝去、享年69歳。
【主な受賞歴】
1950年、ウィーン世界青年平和写真展報道部門グランプリ受賞
1974年、『大いなるエジプト』(平凡社、1973年)にて日本写真協会賞年度賞受賞
1989年、『神楽』(新潮社、1989年)にて日本写真協会賞年度賞と東川賞国内作家賞受賞
【主な著作、写真集】
『カタコトで世界を駈ける』(実業之日本社、1971年)
『アラスカ・エスキモー』(朝日ソノラマ、1979年)
『エミール・ガレ―ガラスのなかの小宇宙』(朝日新聞社、1985年)
『A Criminal Investigation』(Editions Xavier Barral、2011年)
『張り込み日記 Stakeout Diary』(roshin books、2013年)
『張り込み日記』(ナナロク社、2014年) ほか多数。
(JCIIのサイトより引用)
●写真集について

『 渡部雄吉 写真集 張り込み日記 Stakeout Diary』
3rd edition of 800 copies
104 pages, 70 black & white plates
print on textured paper ; hardcover
text ; Japanese and English
book design ; Masami Furuta
230mm x 305mm x 12mm
roshin books 2023
ISBN 978-4-9907230-03-2
release date ; 1 January 2023
with booklet (text by Yoji Kako), 10th anniversary post card
retail price : 5,500 JPY
写真家 渡部雄吉が、昭和33年(1958年)に茨城県水戸で発生したバラバラ殺人事件の捜査にあたる刑事に密着した作品。
刑事の二人は、警視庁捜査1課の刑事と、事件が発生した茨城県警から派遣された刑事。
戦後の空気が色濃く残る昭和の町並みを背景に、二人が聞き込み、張り込みと東京の下町を歩き回る姿が、現在の私たちにはとても斬新な世界に映ります。
この作品は、撮影された年に雑誌で発表されましたが、それ以降、大きく取り上げられる機会はなく、まさに知る人ぞ知るといった作品でした。
2006年にイギリスの古書のディーラーが、神保町で120枚にものぼるこの作品のプリントを発見したことを切っ掛けとし、2011年にフランスから写真集が発売され、世界中で評判になりました。
日本版となる新たな写真集を作るにあたって、渡部雄吉の御子息である渡部浩之氏が保管していたネガをお借りし、セレクトから見直しプリントを作成しました。
すでにフランス版の「A criminal Investigation」をお持ちの方にも、新たなる発見がある構成となっています。
(roshin booksのホームページより転載)
・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は6月1日掲載です。
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●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
お申込みはこちらから
●ジョナス・メカスの映像作品27点を収録した8枚組のボックスセット「JONAS MEKAS : DIARIES, NOTES & SKETCHES VOL. 1-8 (Blu-Ray版/DVD版)」を販売しています。
映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー
各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格等については、3月4日ブログをご参照ください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊

ふたりの男性のあいだに、おばあさんが立っている。
いや、「おばあさん」と思ってしまうのはいまの感覚かもしれない
昔の人を写真で見ると、みな実年齢より確実に10歳、
ひょっとすると20歳も年とっているように感じることがある。
とすれば、この女性も還暦前の50代の可能性が高いかもしれない。
遠くを見るために外したらしい老眼鏡を左手に持っているので
初老の域にあることはまちがいないけれど。
男性たちはともにオーバーコートにハンチングという粋な格好をしている。
左の男性のほうが年齢が若く、先輩後輩の関係だろう。
おばあさん(と仮に呼べば!)に声を掛けたのは若い方である。
目的の場所がどこにあるかわからなくなり、
「ちょっと聞いてこい」と先輩に言われて、
背後の家のガラス戸の奥に「すみません!」と呼びかけたのだ。
そのとき頭を下げるのに取ったハンチングを手にしている。
おばあさんは声を聞いてさっと草履をつっかえると、
道に出てきて説明をはじめた。
ふたりはおばあさんのまっすぐに伸びた指先を眼で追いながら耳を傾ける。
若いほうは左足に重心をかけ、反対に年長のほうは右足にかけている。
話に集中するうちに、どちらの身もおばあさんの側に傾いたのだ。
年長のほうは自然に口元も開いており、
彼女のもたらす情報がどれほど貴重なものだったかがわかる。
おばあさんの頬には、メガネのつるがつけた跡がうっすらと残っている。
眼を使う仕事に集中していたところ、表で声がしてさっと立ちあがったのだ。
昔の女性は体を動かすことを厭わず、
呼ばれればすぐに応じるように習慣づけられている。
このおばあさんもそんな一人だろう。
以前はこんなふう人に道を教えている光景に路上でよく行きあったものである。
聞かれた人は、口であれこれ説明するよりも指をさして説明したほうが早い、
とばかりに道に飛び出してきた。
いまではこういうシーンはとんと見かけなくなり、
その代りに目にするのは、掌サイズのデバイスを片手に、
顔を上げたり下げたりしながら歩いている人の姿である。
街の人(とくに若い世代)に道を聞いてもちんぷんかんぷんで、
目印となる近所の建物がどこにあるかさえおぼつかない。
問われると、あわてて自分のデバイスをとりだし検索をはじめる始末だ。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
『 渡部雄吉 写真集 張り込み日記 Stakeout Diary』所収作品
プリントは日本カメラ博物館所蔵
■渡部雄吉 略歴
1924年、山形県酒田市に生まれる。1943年、東京光画社に入社し写真部員としてカメラマン生活に入る。1945年、陸軍に入隊し撮影班に配属されるも間もなく終戦。戦後は、田村茂氏の助手を経て1950年にフリーランスとなり、『中央公論』『文藝春秋』等の総合雑誌を中心に活躍。1960年よりエジプト、アフリカを半年間取材し、1963年には平凡社のグラフ誌『太陽』創刊号の特派カメラマンとしてアラスカのエスキモー村を取材。このほか、欧州各地を巡った成果で多数の写真集を制作。1972年より1992年まで、日本全国の神楽を撮影。1984年から1986年に日本写真家協会副会長を務める。1992年、紫綬褒章受章。1993年8月8日逝去、享年69歳。
【主な受賞歴】
1950年、ウィーン世界青年平和写真展報道部門グランプリ受賞
1974年、『大いなるエジプト』(平凡社、1973年)にて日本写真協会賞年度賞受賞
1989年、『神楽』(新潮社、1989年)にて日本写真協会賞年度賞と東川賞国内作家賞受賞
【主な著作、写真集】
『カタコトで世界を駈ける』(実業之日本社、1971年)
『アラスカ・エスキモー』(朝日ソノラマ、1979年)
『エミール・ガレ―ガラスのなかの小宇宙』(朝日新聞社、1985年)
『A Criminal Investigation』(Editions Xavier Barral、2011年)
『張り込み日記 Stakeout Diary』(roshin books、2013年)
『張り込み日記』(ナナロク社、2014年) ほか多数。
(JCIIのサイトより引用)
●写真集について

『 渡部雄吉 写真集 張り込み日記 Stakeout Diary』
3rd edition of 800 copies
104 pages, 70 black & white plates
print on textured paper ; hardcover
text ; Japanese and English
book design ; Masami Furuta
230mm x 305mm x 12mm
roshin books 2023
ISBN 978-4-9907230-03-2
release date ; 1 January 2023
with booklet (text by Yoji Kako), 10th anniversary post card
retail price : 5,500 JPY
写真家 渡部雄吉が、昭和33年(1958年)に茨城県水戸で発生したバラバラ殺人事件の捜査にあたる刑事に密着した作品。
刑事の二人は、警視庁捜査1課の刑事と、事件が発生した茨城県警から派遣された刑事。
戦後の空気が色濃く残る昭和の町並みを背景に、二人が聞き込み、張り込みと東京の下町を歩き回る姿が、現在の私たちにはとても斬新な世界に映ります。
この作品は、撮影された年に雑誌で発表されましたが、それ以降、大きく取り上げられる機会はなく、まさに知る人ぞ知るといった作品でした。
2006年にイギリスの古書のディーラーが、神保町で120枚にものぼるこの作品のプリントを発見したことを切っ掛けとし、2011年にフランスから写真集が発売され、世界中で評判になりました。
日本版となる新たな写真集を作るにあたって、渡部雄吉の御子息である渡部浩之氏が保管していたネガをお借りし、セレクトから見直しプリントを作成しました。
すでにフランス版の「A criminal Investigation」をお持ちの方にも、新たなる発見がある構成となっています。
(roshin booksのホームページより転載)
・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は6月1日掲載です。
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●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
お申込みはこちらから
●ジョナス・メカスの映像作品27点を収録した8枚組のボックスセット「JONAS MEKAS : DIARIES, NOTES & SKETCHES VOL. 1-8 (Blu-Ray版/DVD版)」を販売しています。

各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格等については、3月4日ブログをご参照ください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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