佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第75回
開口部についてのメモ
実は開口部にはずっと興味がある。
窓サッシ製品にそれほど詳しいわけではない。サッシといえば工業化の最たる建材であるが、そんな高等な建築部品の扱いに慣れているかというと自分は全くそうではない(CWなんてまだやったことがないし。)。
東大内田研究室の研究の全容もあまり把握ができていない。以前、たしか剣持レイの博士論文かを読んだことがあるが、そこではサッシ制作における遊び寸法、つまり誤差の設定についての研究だったのを記憶している。なかなか理解ができたわけではないが、工場生産と現場作業の間を架橋するような、合理的かつロマンある姿勢がとても印象深かった。
バカチョン工法と剣持が呼ぶような家づくりの姿は、剣持は明らかに近世の大工集団の普請の風景を想い馳せていたことも分かってとても共感を抱いた。とはいえ、今の自分がそうした工業化、建築生産の大局に対してなんらかのアプローチができているかというと、決してそうではない。(どうにかこれから頑張りたい)
普段の設計仕事でも窓の納まりをスラスラと描けるわけではない。時々、Lアングルやフラットバーを組み合わせて窓枠を作ったりもしているけれども、いつも作る度になんらかの課題を発見し、都度修正改善を加えている。

(「喫茶野ざらし」正面扉の詳細図。Lアングルとフラットバーで構成した細長い扉である。外部の鋼製建具であるが無塗装。数年間野ざらしにされた今はかなり表面にビッシリとサビで覆われている。)

(「喫茶野ざらし」正面扉の外観 photo by comuramai)
自分にとって、建築の詳細図の中で、窓詳細がやはり一番の難所であるのは間違いない。制作窓では毎回、ウンウンと悩みながら部材の組み合わせを考えている。よく設計屋さんが好んで使うサッシレスのガラスの構造シール留めなどはやったことがなくて、なんとなく、サッシの見付見込みをなるべく小さくしていくような抽象表現への強い志向もあるわけではない。ただし、窓を構成するそれぞれの部材の大きさとその周囲の部屋の質感との関係の具合を読み取りながら、部材を選ぼうとはしている。中桟もあえて入れたりもしている。
かなり前になるが東京・北千住のBUoYの小さな正面扉に取り付けた木造作は、ドアノブのお化けのようなもので、通常のドアノブの大きさを逸脱して扉枠内で組み、出入口の視認性を高めようとした。扉の中残らしきものとしても見ることができるが、この頃は各部品それぞれにある種の自立性を持たせようという考えがあった。また、木材のクリの質感にとても興味があって、制作してもらった東京の大工さんの工房へはるばる福島からクリ材を運んで支給したのだった。

(「BUoY」の正面扉)
窓を考えるのはいつも大変だけれども、建築のプロジェクトの中で窓・開口部をいかにして作るかを自分なりにどこまで考えられるかがその建築の本質に関わるだろうなということは、自分の僅かながらの経験からも分かってきた。窓になんらかの主題を見つけていなければダメになる。つまり、窓に主題を見つけようとするだけの熱量を注いでいないプロジェクトはダメになる。建具詳細を作図するときにはそんな勝手なプレッシャーもある。
最近、おそらくは佳境を迎えつつある東京・三田の、「蟻鱒鳶ル」の窓の仕事は、一つとして同じ仕様の窓がなく、それぞれの窓に対して作り手が膨大な時間をかけながら現場にて制作を行っている。故に、いわゆる現場感覚に頼り過ぎてしまうこともあるので、「いったいこの建築にとって窓とは何なのか」といった感覚的な抽象思考を現場から離れている時には考えようにしている。

(「蟻鱒鳶ル」の窓のスケッチ。室内側へ窓枠が入り込んできたり、他の窓と手を繋いだりの、ノンスケールなアイデアを書きためておくには、こんな弱めの鉛筆での作図が良い気がしている)
そして制作をポツポツと続けている、針穴写真機も基本的には開口部の問題だ。針穴によってわずかな光線を通し、また印画紙をセットするための蓋付きの開口部がくる。先で触れた窓の各部材の自立性について考えてみるならば、針穴写真機制作における表現の拠り所としてこの開口部のあり方、仕組みの工夫に注力すべきことも分かってくる。ある閉じた空間に対してなんらかの開口部=孔を開けるというのは原広司さんが長年探究している空間テーマであるが、先ほどの「表現の拠り所としての開口部」を考えるとは、つまりは空間というものへの窓=開口部が持ち得る装飾性の行方の探究であろうとも思う。開口部をあくまでも装飾、程度として捉えるくらいのほうが返って可能性が引き出せる気もしているのだ。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
佐藤研吾
《囲い込むための空洞4》
2022
クリ、鉄媒染、鉄
40 × 40 × 60cm
Signed
Photo by comuramai
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
お申込みはこちらから
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
開口部についてのメモ
実は開口部にはずっと興味がある。
窓サッシ製品にそれほど詳しいわけではない。サッシといえば工業化の最たる建材であるが、そんな高等な建築部品の扱いに慣れているかというと自分は全くそうではない(CWなんてまだやったことがないし。)。
東大内田研究室の研究の全容もあまり把握ができていない。以前、たしか剣持レイの博士論文かを読んだことがあるが、そこではサッシ制作における遊び寸法、つまり誤差の設定についての研究だったのを記憶している。なかなか理解ができたわけではないが、工場生産と現場作業の間を架橋するような、合理的かつロマンある姿勢がとても印象深かった。
バカチョン工法と剣持が呼ぶような家づくりの姿は、剣持は明らかに近世の大工集団の普請の風景を想い馳せていたことも分かってとても共感を抱いた。とはいえ、今の自分がそうした工業化、建築生産の大局に対してなんらかのアプローチができているかというと、決してそうではない。(どうにかこれから頑張りたい)
普段の設計仕事でも窓の納まりをスラスラと描けるわけではない。時々、Lアングルやフラットバーを組み合わせて窓枠を作ったりもしているけれども、いつも作る度になんらかの課題を発見し、都度修正改善を加えている。

(「喫茶野ざらし」正面扉の詳細図。Lアングルとフラットバーで構成した細長い扉である。外部の鋼製建具であるが無塗装。数年間野ざらしにされた今はかなり表面にビッシリとサビで覆われている。)

(「喫茶野ざらし」正面扉の外観 photo by comuramai)
自分にとって、建築の詳細図の中で、窓詳細がやはり一番の難所であるのは間違いない。制作窓では毎回、ウンウンと悩みながら部材の組み合わせを考えている。よく設計屋さんが好んで使うサッシレスのガラスの構造シール留めなどはやったことがなくて、なんとなく、サッシの見付見込みをなるべく小さくしていくような抽象表現への強い志向もあるわけではない。ただし、窓を構成するそれぞれの部材の大きさとその周囲の部屋の質感との関係の具合を読み取りながら、部材を選ぼうとはしている。中桟もあえて入れたりもしている。
かなり前になるが東京・北千住のBUoYの小さな正面扉に取り付けた木造作は、ドアノブのお化けのようなもので、通常のドアノブの大きさを逸脱して扉枠内で組み、出入口の視認性を高めようとした。扉の中残らしきものとしても見ることができるが、この頃は各部品それぞれにある種の自立性を持たせようという考えがあった。また、木材のクリの質感にとても興味があって、制作してもらった東京の大工さんの工房へはるばる福島からクリ材を運んで支給したのだった。

(「BUoY」の正面扉)
窓を考えるのはいつも大変だけれども、建築のプロジェクトの中で窓・開口部をいかにして作るかを自分なりにどこまで考えられるかがその建築の本質に関わるだろうなということは、自分の僅かながらの経験からも分かってきた。窓になんらかの主題を見つけていなければダメになる。つまり、窓に主題を見つけようとするだけの熱量を注いでいないプロジェクトはダメになる。建具詳細を作図するときにはそんな勝手なプレッシャーもある。
最近、おそらくは佳境を迎えつつある東京・三田の、「蟻鱒鳶ル」の窓の仕事は、一つとして同じ仕様の窓がなく、それぞれの窓に対して作り手が膨大な時間をかけながら現場にて制作を行っている。故に、いわゆる現場感覚に頼り過ぎてしまうこともあるので、「いったいこの建築にとって窓とは何なのか」といった感覚的な抽象思考を現場から離れている時には考えようにしている。

(「蟻鱒鳶ル」の窓のスケッチ。室内側へ窓枠が入り込んできたり、他の窓と手を繋いだりの、ノンスケールなアイデアを書きためておくには、こんな弱めの鉛筆での作図が良い気がしている)
そして制作をポツポツと続けている、針穴写真機も基本的には開口部の問題だ。針穴によってわずかな光線を通し、また印画紙をセットするための蓋付きの開口部がくる。先で触れた窓の各部材の自立性について考えてみるならば、針穴写真機制作における表現の拠り所としてこの開口部のあり方、仕組みの工夫に注力すべきことも分かってくる。ある閉じた空間に対してなんらかの開口部=孔を開けるというのは原広司さんが長年探究している空間テーマであるが、先ほどの「表現の拠り所としての開口部」を考えるとは、つまりは空間というものへの窓=開口部が持ち得る装飾性の行方の探究であろうとも思う。開口部をあくまでも装飾、程度として捉えるくらいのほうが返って可能性が引き出せる気もしているのだ。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。

《囲い込むための空洞4》
2022
クリ、鉄媒染、鉄
40 × 40 × 60cm
Signed
Photo by comuramai
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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