中尾美穂~ときの忘れものの本棚から第19回

「難波田史男:宇宙ステーションへの旅」(8)

中尾美穂


作家の展覧会歴を追っていると商業的な流れもみえてくる。難波田史男の場合、生前の個展数こそ多くはないが、デビューの機会となった第七画廊、19070年から73年まで、毎年作品展を開いた東邦画廊などが彼をバックアップした。1974年に急逝した翌年、翌々年にはフジテレビギャラリーが遺作展、回顧展を開く。東邦画廊は再び1980年代に入ってから遺作展、未発表の水彩展を開催。この間に小田急美術館、西武美術館での大回顧展、池田20世紀美術館での親子3人展などが行なわれたわけである。

1986年に難波田史男展を開いたギャルリーユマニテ名古屋も、以後、ギャルリーユマニテ東京との2会場あるいはいずれかで、複数年にわたって作品を紹介している。とくに1987年4月に講談社から大型の画集『難波田史男画集』が出版され、同月、フジテレビギャラリーを刊行元とする『ある日の幻想 難波田史男銅版画集』が編纂されたタイミングで、同画廊、東邦画廊、ギャルリーユマニテ名古屋を会場に「難波田史男銅版画集刊行記念展」が、次いで池田20世紀美術館で「難波田史男遺作銅版画展」が開催された。80年代、90年代を通じて各地でまとまったコレクションが誕生したのは、この流れと無関係ではないだろう。

現在、史男の生家のある都内の世田谷区経堂に近い世田谷美術館、初台の東京オペラシティ文化財団、桐生市の大川美術館、難波田龍起・史男父子の作品を常時展示する記念館を併設している富山市のギャラリーNOWのコレクションが知られるほか、新潟の寺泊町(現・長岡市)に建つ旧・相澤記念美術館の収集品を県がひきついだ「相澤コレクション」、京都にあった三和アルテ難波田記念室などがある。難波田史男のように作品が魅力的で多作でも、長年にわたって人々に身近な作家でありつづけるのは難しい。夭折の画家であればなおさらだろう。しかし父・龍起や周辺の関係者、コレクター、美術界に身を置く友人らの尽力もあって、今日まで着実に受け継がれてきたのがみてとれる。

8-01 ユマニテ名古屋表;紙  難波田家蔵;
「難波田史男展 NAMBATA, Fumio 水彩・素描・油彩」パンフレット
(ギャルリーユマニテ名古屋、1994年)、難波田家蔵より


8-02 ユマニテ名古屋パンフレットよ;り; 難波田家蔵
同パンフレットより
難波田史男
上《Untitled》270×380mm、水彩、インク、1971年
下《Untitled》270×380mm、水彩、インク、1972年


8-03 ユマニテ名古屋パンフレットより 難波田家蔵
同パンフレットより
難波田史男
上《北国の山》270×380mm、水彩、インク、1973年
下《空の神話》244×335mm、油彩、1973年


8-04 ユマニテ東京表紙  難波田家蔵
「難波田史男展 NAMBATA, Fumio 水彩・素描・油彩」パンフレット
(ギャルリーユマニテ東京、1994年)難波田家蔵より


この連載は難波田家が所蔵する史男の文献紹介が目的で、あえて実際の作品について論じてはいないのだが、史男はなかなかに実験的な作家でもあった。水彩や素描で詩情漂う世界観を存分に示したが、油彩や、生前に発表することはなかった銅版画を思いのほか長期にわたって試みているのが興味深い。難波田家訪問時に拝見した木版画の原板、その彫跡に塗られた絵具が彼の油彩作品に通じる強い色調であったことも思い出される。

しかし、重い確かな手応えを示す油彩作品も、けっしておろそかにしたわけではなく、その不慮の事故の直前に至るまで真剣に取り組んでいた。(中略)事故に遭遇する直前の仕事は、色彩、線、イメージの三要素が融けあった、他に例を見ない程の一体感を生みだしていることにも驚かされる。この期間の制作は時に死を垣間見るような不吉さを示す一方で、また天使の至純に出会うこともあり、限りない光の豊かさにあふれるものとなっている。
(宝木範義「難波田史男小論 音楽・詩・絵画の融合」『難波田史男展 NAMBATA, Fumio 水彩・素描・油彩』(ギャルリーユマニテ名古屋、1994年)より)*初出は「アート・トップ」1994年、140号「現代の夭折画家・早すぎた晩鐘~」より改稿)

ちなみに、この小論の著者・宝木氏は、早稲田大学第一文学部美術専攻以来の史男の同学の友であり、執筆当時、世田谷美術館学芸部長とあるから、同館コレクションの経緯に当然、関わっていたはずだ。次回からはこのように遺された作品群の歩みに注目してみたい。

(なかお みほ)

■中尾美穂
1965年 長野市生まれ。
1997年から2017年まで池田満寿夫美術館学芸員。

201603_collection池田満寿夫研究をライフワークとする中尾美穂さんの連載エッセイ「ときの忘れものの本棚から」奇数月の19日に掲載します。
次回は7月19日の予定です。

●関連展覧会のご案内
東京オペラシティアートギャラリー
「寺田コレクション ハイライト」前期 収蔵品展076
  会期:2023年4月15日(土)~6月18日(日)
  展示:難波田龍起(8点) 難波田史男(13点)

栃木県立美術館
「川島理一郎展」
  会期:2023年4月15日(土)~ 6月18日(日)
  展示:難波田龍起:ヴィナス(1935年)、アクロポリスの空(1938年)