杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第88回

朗らかな空間


今秋に計画している建築研修旅行の下見も兼ねて、京都から岐阜、名古屋近辺を見てまわりました。

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岐阜へは学生時代に青春18切符で旅行した時以来。JR岐阜駅で電車を降りて、イサム・ノグチの《AKARI》を制作しているオゼキに伺い、みんなの森 ぎふメディアコスモスへ訪れました。外観はリジットな建物で、外装に使われている木材もこげ茶色に塗装されているので印象としてはやや濃いトーンだったのですが、中に入ってびっくり。明るい光に包まれた空間が広がっていました。僕の知っている限り、多分こういう空間はスイスでは見たことがありませんでした。

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建物は二階建てで階高は高く、エスカレーターで二階へ上がってみると、広い図書空間にメッシュでできた繭のような屋根が浮いています。その下に入ると光や音の感じがふっと変わる。その空間認識の切り替えは、あえて例えるなら、止まっているエスカレーターを階段のように上がっていくと、最後のステップでふっと身体に振れがくるような。空間としては地続きなんだけれども、認識の切り替えがなされるような驚きを伴う感覚です。

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訪れた日は平日だったこともあって、小さなお子さんを連れた家族、放課後の高校生、サラリーマン、高齢者の方など、絵に描いたように老若男女がひとつの大きな空間に散らばって、それぞれが時間を過ごしていていました。設計をする際にそんな空間を誰もが理想として思い描くのだろうけれど、それが実際に実現できるんだ。という事実を目の当たりにして、とても嬉しくなりました。こういう建物が、自分が高校生だった頃に家の近くにあったのならどんなに良かっただろう。と羨ましくなったし、みんなでワイワイしているというのではないのだけれど、訪れた各自がそれぞれの時間を過ごしている、こんな朗らかな空間は久しぶりに体験しました。

スイスで見る公共建築はもっと空間がかっちりしていて、その空気が既に建物という枠組みによって強くつくられているような感じがするものが多い。それはそれで悪くはないのだけれど、メディアコスモスのような、建築が許容力をもって存在し、包まれるような場所をつくっているのとは違う。
大きなお寺のように寛大な空間に似ているのだけれども、メディアコスモスのそれには畏怖のようなものがない。Tシャツに短パン、サンダル履きで訪れてもいい気楽さがあって、毎日寄り道したくなる建築でした。

(すぎやま こういちろう)

杉山幸一郎 SUGIYAMA Koichiro
日本大学、東京藝術大学大学院にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学に留学。2014年から2021年までアトリエピーターズントー。現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で設計を教える傍ら、建築設計事務所atelier tsuを共同主宰。2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

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映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー
各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格等については、3月4日ブログをご参照ください。