井戸沼紀美のエッセイ「二十二日の半券」第18回

『Fragments of Paradise』


5月末、NYを拠点にするカルチャー誌『The Brooklyn Rail』の企画で、ジョナス・メカスに関するドキュメンタリー映画『Fragments of Paradise』(2022年)が限定配信されていた。素晴らしい内容だったので、このブログでも紹介させてほしい。


『Fragments of Paradise』予告編

2022年の『ヴェネツィア国際映画祭』でクラシック部門の最優秀ドキュメンタリー賞を、NYのドキュメンタリー映画祭『DOC NYC』ではメトロポリス部門の審査員賞を受賞した同作。生前のメカスに「映画を勉強するのではなく、とにかく外に出て作り始めたらいい」とアドバイスを受けたという監督のK.D. Davisonは、メカスのアーカイブで 8 か月の時を過ごし、デジタル化されていない何百時間分ものフィルムを鑑賞し続けた後で、この映画を完成させたのだという(※1)。

映画作家として、詩人として。批評家として、アーキビストとして。リトアニア人として、ニューヨークに暮らした移民として。ジョナス・メカスという人間の持ついくつもの側面を追っていく過程で、『Fragments of Paradise』は本人が撮影したフッテージをふんだんに使用しているほか、メカスと深い関わりを持った人々への独自インタビューも行っている。

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ジム・ジャームッシュ、マーティン・スコセッシ、ピーター・ボグダノヴィッチ、ジョン・ウォーターズといった著名な映画監督から、ケン&フロー・ジェイコブス夫妻、M・M・セラといった前衛映画シーンの同志たち、Sonic Youthのリー・ラナルドといったジャンルを超えた友人まで、錚々たる面々が語るエピソードには、それぞれにとっての真実味が感じられる。

加えて強く印象に残るのが、メカスの家族の声である。元妻ホリスさん、息子のセバスチャンさん、娘ウーナさんの姿は作品を通して何度も何度も目にしてきたけれど、日常生活の中でかなり頻繁にカメラを向けられ、それが当たり前のように世界に公開されてきた彼ら「撮られる側」の声を、そういえばこれまで意識的に聞いたことがなかった。最も近い場所からメカスの映画づくりを見ていた家族は、どんなことを感じていたのだろう。

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メカスとその娘・ウーナ

後年、終始メカスのそばを離れず活動をサポートしていた息子のセバスチャンさん、『「いまだ失われざる楽園」、あるいは「ウーナ三歳の年」』(1980年)での姿が嘘のようにすっかり大人になられたウーナさんが、微笑みを携えながら振り返る父の記憶。その言葉からは、彼らがカメラによって脅かされていたような様子は感じられない。二人はメカスが常にカメラを回す状態を「嫌だ」とか「好きだ」と感じる以前に、それが「自然」な環境で育ってきたと話す(※2)。

そして元妻ホリスさんである。以前『恵比寿映像祭』のレポートで「1990年代後半から2000年代序盤に発表されたメカス作品に悲しさが滲んでいるのには、離婚の影響があるのではないか」と書いたけれど、なぜ二人が離婚したのか、そしてそのことについてホリスさんがどう考えていたのかを知る術はなかった(※3)。『Fragments of Paradise』によれば、二人は1990年代後半から距離を置き始め、2001年に離婚。ただし資金不足のためしばらくは同じ場所に住んでおり、2004年に正式に別居したのだという。

劇中では、離婚に関する証言が続いた後でメカスの「私の人生は崩壊した」という音声が流れ、その後、「私はどこにいるんだ?/私の人生は何のためにある?/わからない」「神よ、天使よ、助けてくれ」とメカスが悲しみを剥き出しにする場面が訪れる(※4)。

メカスの切実な叫びには胸が引き裂かれそうになったけれど、一方で、結婚生活について語るホリスさんの言葉を聞くと、人生には時に、どうしたって避けられない決断というのがあるのだろうとも感じた。ホリスさんは今もまっすぐな瞳でメカスを「マジカルで楽しい人」「今まで出会った人の中で一番面白い」と讃え、結婚生活について語る際にもかつての幸福な時間を全く否定しない。しかし金銭面など現実的な部分で、自分を自由にする必要があったのだという。ホリスさんの表情を見て、彼女の語ることがきっと全ての理由なのだろうと、なぜだかすんなり納得している自分がいた。

これまでジョナス・メカスには「実験映画のゴッドファーザー」という称号や「天使のような人」というパブリックイメージが強く結びついてきた。もちろんそれらも間違いではないけれど、『Fragments of Paradise』で生々しく、神聖化されていない一面を垣間見たことで、これまでよりも彼の存在を一人の人間として身近に感じられた部分もある。

著名人にも親族にも同等にカメラを向け、ニューヨークだけでなくリトアニアにも出向いたうえで新たな視点を共有してくれた監督に、心から敬意を示したい。

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※1
LRT English|Documentary about Jonas Mekas to premiere at Venice Film Festival
https://www.lrt.lt/en/news-in-english/19/1770601/documentary-about-jonas-mekas-to-premiere-at-venice-film-festival

※2
生まれる瞬間からカメラを向けられていたウーナさんは、思春期の自分はカメラに映りたがらなかったこと、すると幼い弟(セバスチャンさん)にカメラが向いたことを冗談まじりに話していた

※3
今回のブログについて問い合わせた際、監督のK.D. Davisonさんは「ホリスさんにインタビューしたのは私たちが初めてなんです。信じられますか?」とおっしゃっていました

※4
カメラに映る姿を見るに、離婚からかなり時間が経った後の映像? 離婚についての証言が続いたすぐ後に、移民としてのメカスの感覚(幼少期のトラウマ、どこにもいない/どこにも行けない)について語られるシーンが続き、その後この映像が流れます。複数の要素が重なり合うことで、メカスの言葉がより一層切実に伝わってきました

いどぬま きみ

井戸沼紀美
福島県生まれ、都内在住。明治学院大学卒。これまでに『ジョナス・メカスとその日々をみつめて』(2014年)、『ジョナス・メカス写真展+上映会』(2015年)、『肌蹴る光線』(2018年~)などの上映イベントを企画した。

井戸沼紀美のエッセイ「二十二日の半券」隔月、奇数月の22日に更新します。次回は2023年9月22日掲載予定です。

●ときの忘れものは「ART OSAKA 2023」に出展します。
魔法陣_2000会期:2023年7月28日(金)~30日(日)
会場:Osaka City Central Public Hall 3F(大阪市中央公会堂)
出品作家:倉俣史朗葉栗剛瑛九仁添まりな植田正治、他
詳しくはコチラを参照してください。

ジョナス・メカスの映像作品27点を収録した8枚組のボックスセット「JONAS MEKAS : DIARIES, NOTES & SKETCHES VOL. 1-8 (Blu-Ray版/DVD版)」を販売しています。
映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー
各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格等については、3月4日ブログをご参照ください。