写真家の眼差しから捉えるアートアーカイブ——
展覧会「生誕100年 大辻清司 眼差しのその先 フォトアーカイブの新たな視座」


村井威史


武蔵野美術大学 美術館・図書館では、展覧会「生誕100年 大辻清司 眼差しのその先 フォトアーカイブの新たな視座」を開催しています(2023年9月4日―10月1日)。

武蔵野美術大学 美術館・図書館が所蔵する「大辻清司フォトアーカイブ」(以下、大辻アーカイブ)は、写真家大辻清司(1923―2001)が生涯にわたって制作した写真プリントやその原板を含む撮影フィルム、それらの裏付けとなる作品掲載誌、思考の原点となった旧蔵書のほか、手作りカメラや撮影機材・暗室道具といったモノ資料も含まれており、ひとりの写真家の創作活動をほぼ網羅する、唯一無二のコレクションです。2008年の寄贈受入より整理/研究に着手し、その成果を展覧会「大辻清司フォトアーカイブ:写真家と同時代芸術の軌跡1940―1980」(2012)や、プリント作品1,613点に関する目録『大辻清司:武蔵野美術大学 美術館・図書館所蔵作品目録』(2016)などで公開してきました。
また、大辻は自身の作品制作と並行した出版メディアでの撮影仕事を通じて1950年代以降の文化の諸相を記録しており、史料的価値の高い映像ドキュメントが撮影フィルムに残されているため、膨大な撮影フィルムを作品主題に鑑みたテーマで掘り下げて1コマ単位で考証する調査研究を進めています。その成果を年に一冊のペースで『フィルムコレクション』と題する目録シリーズで発表しており、これまでに7冊を刊行しています(以後続巻)。

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「大辻清司フォトアーカイブ」研究成果


大辻の生誕100年にあたる2023年は、当館に作品と資料が寄贈され大辻アーカイブの整理/研究が着手されて15年の節目でもあります。本展では、これまでのアーカイブ資料の検証、とりわけ『フィルムコレクション』シリーズ既刊7冊での研究成果を軸として、多彩な広がりをみせた写真家の実践の数々を互いに連関しあうものとして捉え、大辻清司とはいかなる表現者だったのか、あらためてその真髄へと接近します。大辻が制作したオリジナルプリントの出陳のみならず、撮影フィルムに残されたままの未発表作品に光を当て、初出時のプリントが現存しない作品の高精細オフセット印刷(株式会社DNPメディア・アート製作)による再現、大判のピグメント・プリント(九州産業大学芸術学部助手児玉和也氏製作)による撮影シークエンスの読み解きなど、多角的な視点と最新デジタル技術によるアプローチからアーカイブ資料を活用することで、フォトアーカイブのひとつの在り方を提示するものです。

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展覧会「生誕100年 大辻清司 眼差しのその先」ポスター


■本展構成
本展は、回顧展といった枠組みの展覧会ではありません。15年にわたる本学でのアーカイブ研究によって見えてきた大辻清司の新たな様相をご紹介するとともに、アートアーカイブ活用の可能性を提示することに主眼を置いています。そのため、本展の冒頭には作家研究の成果である5メートルに及ぶ大辻の年譜を掲げました。大辻の歩み、そして、大辻アーカイブの概要を知っていただくことから、本展はスタートします。

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左から:会場エントランス、冒頭を飾る5メートルに及ぶ「大辻清司年譜」

1.原点
大辻は、10代の頃に雑誌『フォトタイムス』に掲載された前衛的な写真表現に衝撃を受け、制作を開始します。瀧口修造との出会いのもとに発表をおこなった《太陽の知らなかった時》(1952)全10点を1987年に大辻が再制作したオリジナルプリント(3点)とフィルム原板からの高精細オフセット印刷(7点)によって甦らせるほか、物体とその肌理へと眼差しを注いだ《氷紋》(1956)、《航空機》(1957)、《黒板塀》(1957)などを通して、大辻の初期の探究へと着目します。

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左から:《絡まりのオブジェ》ほか、《氷紋》ほか

また、この時期の大辻はアーティストとの共同制作にも取り組んでいます。《美術家の肖像》(1950)は画家阿部展也の構成/大辻の撮影による作品(着衣モデルは画家福島秀子)。《APN》(1953―1954)は週刊グラフ誌『アサヒグラフ』のコラム欄のタイトルカットをアーティストとの協働で連載した作品。《海のギャラリー》(1956)は『美術手帖』113号(1956年8月)の特集「海の造形」で瀧口修造の構成・文で発表された作品。いずれも構成/撮影といった作業の厳密な切り分けがなされていたわけではなく、相互に影響しあうなかで生成された作品と捉えることができます。写真はひとりで完結す創作物のように思われますが、大辻は自己を他者に開いていくことに積極的であり、そのやりとりを通じて創作の可能性を見出していったのでしょう。

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左から:《APN》、《海のギャラリー》

2.シアター
1950年代から60年代にかけて、大辻は『芸術新潮』をはじめとする印刷メディアでの取材を通して演劇や舞踏、パフォーマンスの舞台やリハーサルを撮影しました。武智鉄二[「月に憑かれたピエロ」(1955)、「彦市ばなし」(1956)、野外オペラ「アイーダ」(1958)]や福田恆存[文学座「明暗」(1956)、「明智光秀」(1957)、「マクベス」(1958)]といった気鋭の演出家の手による演劇舞台、土方巽の舞踏デビュー作品「禁色」(1959)、アートとテクノロジーの結合を目指した映像音響イベント「クロス・トーク/インターメディア」(1969)ほか、パフォーミングアーツの現場を捉えたスナップの数々は、貴重なドキュメントであると同時に、大辻の優れた写真表現を体感できる作品群といえます。舞台上の人物の息づかいまで感じさせるようなこれらの作品を、臨場感あふれる大判のピグメント・プリントでご紹介します。また、この時期の代表作《無言歌》(1956)や、吉岡実の詩/大森忠行の構成で発表された《無罪・有罪》(1959)を、「シアター」という文脈で展観し、その情景に新たな光をあてます。

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左から:円型劇場形式による創作劇の夕「月に憑かれたピエロ」、「クロス・トーク/インターメディア」

3.シークエンス
さまざまな存在が通過し交叉する流れを捉える「シークエンス」は、1960年代末頃からの大辻の制作を特徴づけるキーワードのひとつです。第10回日本国際美術展 東京ビエンナーレ‘70「人間と物質」(1970)では、作品設営日から会場を歩きまわり、変化を続ける状況をスナップショットの連続によって捉えました。同展はアルテ・ポーヴェラ、コンセプチュアリズム、もの派など当時最新の美術諸動向に関わる計40名の作家が出品し、大辻はその多くを撮影していますが、そのなかからヤニス・クネリス、マリオ・メルツ、ジルベルト・ゾリオ、松澤宥の4名による展示空間を撮影した作品に絞ってご紹介します。
あわせて、身近な路上へとレンズを向け、道行く人々とその流れを捉えたカラー作品《》(1968)、《界隈》(1974)、実験映画「上原2丁目」(1973)などを展示します。奥行きをもった画面構図のなか、個々のリズムで現れ、横切っていく他者の様子を見つめたこれら作品群は、大辻が写真を1カットの瞬間で結実させるのではなく、持続するものとして捉えていたことを裏付けるものといえます。

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左から:東京ビエンナーレ‘70「人間と物質」、実験映画「上原2丁目」ほか

4.他者たち
1975年の一年間に『アサヒカメラ』で連載した「大辻清司実験室」(全12回)は、写真と文章によって構成された作品です。自らを〈被験者〉であると同時に〈実験者〉に見立て、「写真は何を写しとるのか」という問いに改めて向き合った本作は、大辻の造形思考を理解するうえで重要な作品と位置付けられます。「大辻清司実験室」シリーズより、身近な路上を写した一連のスナップ群《日が暮れる》(1975)、机上やアトリエの事物を見つめた作品《いつも二つ、机の上にある鉱石標本》(1974)、《まるめた紙》(1974)、《無造作にピン止めして置いただけなのに、写真で区切ると意外にいい効果になっている写真。》(1974)ほか、さらに後期代表作である《ひと函の過去》(1977)、《見えぬ意味を見ぬ意味と》(1977)もあわせて、大辻が制作したヴィンテージプリントで構成します。

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左から:《日が暮れる》ほか、《いつも二つ、机の上にある鉱石標本》ほか


武蔵野美術大学 美術館・図書館では、寄贈受入の当初から監修を担当する大日方欣一氏との共同作業で運用を検討し、アーカイブの形成、保存、研究上の活用に取り組んできました。写真の表現者として、同時代芸術の目撃者として、写真教育の実践者としての、大辻清司の制作と思考が辿った軌跡を後世に伝えていくことと同時に、写真アーカイブにどのような在り方が可能であるのか、新しい価値創造への契機をどのように提起できるかを探りながら、今後もアーカイブのさらなる活用を推進していきます。

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手作りカメラ「ワイドプレス69」


(会場撮影:佐治康生)


■作家紹介
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大辻清司(おおつじ・きよじ)
写真家。1923年東京生まれ。1940年代末にシュルレアリスムからの影響を色濃く窺わせる写真作品《いたましき物体》を発表し創作活動を開始。1950年代にはインターメディアの前衛芸術グループ「実験工房」に参加。さまざまな芸術ジャンルのアーティストと交流し、20世紀末まで約半世紀にわたり制作と思索の営みを続けた。さまざまな技法を実験して創造的な造形表現を追求し、そこに〈モノ〉が在ることの不思議さをレンズを通して捉えようとした表現者であり、写真というメディウムの特性と新しい表現への可能性を考察した優れた写真論の書き手として、また教育者としても、重要な足跡を残している。主著に『写真ノート』(美術出版社、1989)。代表作に《陳列窓》(1956)、《無言歌》(1956)、《東京むかし》(1967)、《日が暮れる》(1975)ほか。2001年に逝去。享年78。

■武蔵野美術大学 美術館・図書館所蔵「大辻清司フォトアーカイブ
写真家大辻清司が半世紀にわたって制作したプリント作品とそのフィルム原板、作品が掲載された出版物、直筆の制作メモや原稿、撮影機材・暗室道具などからなるコレクションにより「大辻清司フォトアーカイブ」を形成。資料の物理的な整理/保存にとどまらず、内容を明らかにする調査研究をおこなう。2012年には展覧会「大辻清司フォトアーカイブ:写真家と同時代芸術の軌跡1940―1980」を開催。2016年には写真プリントの整理研究の成果を『大辻清司:武蔵野美術大学 美術館・図書館 所蔵作品目録』に編纂して発表。2017年からは撮影フィルムを作品主題に鑑みたテーマで掘り下げて1コマ単位で考証する目録シリーズ『フィルムコレクション』を刊行開始し、現在までに7冊を出版(以後続刊)。他機関と連携したアーカイブの活用にも積極的に取り組んでいる。

■展覧会情報
生誕100年 大辻清司 眼差しのその先 フォトアーカイブの新たな視座
会 期 2023年9月4日(月)―10月1日(日)
会 場 武蔵野美術大学美術館(東京都小平市小川町1-736)
開館時間 午前11時から午後7時まで(土・日・祝日は午前10時から午後5時まで)
休館日 水曜日
観覧料 無料
https://mauml.musabi.ac.jp/

「大辻清司フォトアーカイブ」特設サイト
https://otsujikiyoji.musabi.ac.jp/

❖関連展示
表現工房Vol. 7「大辻清司『フォトアーカイブの新たな視座』を支えた技術」
会 期 2023年9月22日(金)―12月15日(金)
会 場 DNPプラザ B1F(東京都新宿区市谷田町1-14-1 DNP市谷田町ビル)
開館時間 午前10時から午後8時まで
休館日 日曜日
観覧料 無料

❖当館「大辻清司フォトアーカイブ」は大辻清司の生誕100年を記念する展覧会に協力しています
「前衛」写真の精神:なんでもないものの変容 瀧口修造・阿部展也・大辻清司・牛腸茂雄
千葉市美術館 2023年4月8日(土)―5月21日(日)
富山県美術館 2023年6月3日(土)―7月17日(月・祝)
新潟市美術館 2023年7月29日(土)―9月24日(日)
渋谷区立松濤美術館 2023年12月2日(土)―2024年2月4日(日)

MOMATコレクション 小特集「生誕100年 大辻清司」
東京国立近代美術館 2023年5月23日(火)―9月10日(日)

■執筆者プロフィール
村井威史むらい・たけふみ
武蔵野美術大学 美術館・図書館の図書館職員。2005年から現職に就き、アートライブラリアンとアーキヴィスト、ふたつの要素をもつ業務に携わる。同館所蔵の特別コレクション「大辻清司フォトアーカイブ」や「杉浦康平デザインアーカイブ」の企画・構築・編集を担当。企画編集した書籍/プロジェクトは『大辻清司:武蔵野美術大学 美術館・図書館所蔵作品目録』(武蔵野美術大学 美術館・図書館、2016年)、大辻清司フォトアーカイブ『フィルムコレクション』シリーズ(2017年―)、杉浦康平デザインアーカイブのウェブ版作品集「デザイン・コスモス」(2021年6月開設/2023年6月リニューアル)ほか。

●本日のお勧め作品は山口勝弘です。
yamaguchi_06_sizukanasyouten《静かな昇天》
1981年
シルクスクリーン
イメージサイズ:54.5×36.0cm
シートサイズ:63.0×49.0cm
Ed.50
鉛筆サインあり

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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