太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」第22回

「未来派音楽家第一号」プラテッラのCD

太田岳人


突然だが今回は、視覚的な芸術の話からいささかよりみちしたい。先日、大手音楽ショップであるHMVの通販サイトを検索していた際、フランチェスコ・バリッラ・プラテッラ(1880-1955)の曲だけを集めたCDが、2枚も出ていることを初めて知ったためである【図1/図2】。2枚のCDは、それぞれ2019年と2021年にTactusというイタリアのレーベルから発売されたもので、多くの収録作品は「世界初録音」を謳っていたものの、「未開封の中古品」がちょうど在庫にあったためか、手ごろな価格で手に入れることができた。

図1 プラテッラ「「声とピアノのための歌曲集」CD 

図2 プラテッラ「室内楽曲集」CD

「未来派の音楽」と言った場合、飛びぬけて(むしろ唯一)知られているのはルイージ・ルッソロ(1885-1947)であろう。プラテッラとルッソロが未来派の一員として精力的に活動するのは、ともに1910年代から1920年代初頭にかけての時期であるが、後者がより記憶されているのは、ひとえに「騒音楽器intonarumori」のアイディアの斬新さによる。ルッソロが自ら「騒音楽器」を演奏した、あるいは再制作された「騒音楽器」の音源などは、ずいぶん以前からレコードやCDに収められてきた。しかしルッソロは、父親や兄弟が音楽関係者だったものの、本人はブレラ美術学校に進んでいる。これに対し、プラテッラは複数の音楽高校で学んだ後、生涯を通じて専業作曲家・音楽学者であり続けた人物である。また、未来派のマニフェストという点から見ると、ルッソロが「騒音の芸術」(1913年)を発表する以前に、プラテッラは「未来派音楽家宣言」(1910年10月)「未来派音楽技術宣言」(1911年3月)などを出している。未来派運動の中において最初に公認された、いわば「未来派音楽家第一号」はプラテッラと言ってよいだろう【図3】。

図3 未来派に参加していた時期のプラテッラの楽譜 

ボッチョーニ、カッラ、セヴェリーニといった、初期未来派の主要画家たちとプラテッラは同世代人だが、イタリアのクラシック音楽作曲家にそれを求めるならば、イルデブランド・ピッツェッティ(1880-1968)、ジャン・フランチェスコ・マリピエロ(1882-1973)、アルフレート・カゼッラ(1883-1947)らが挙げられる。音楽界におけるプラテッラの同世代人たちは、現在の音楽史では「1880年代世代Generazione dell’Ottanta」と呼ばれ、19世紀のイタリア作曲界を覆っていた劇音楽(≒オペラ)偏重から離れ、器楽を重視しつつ20世紀の「前衛」へと徐々に進んでいったという評価を受けている。プラテッラの活動はこうした音楽界の動向とも軌を一にしており、「未来派音楽家宣言」においては、プッチーニ(1858-1924)やジョルダーノ(1867-1948)といった、日本でもおなじみのヴェリズモ期オペラの旧世代が大いにこき下ろされている。ある程度手心が加えられたのは、彼のペーザロ音楽高校時代の教師の一人であるマスカーニ(1863-1945)だけであった。

しかし現在、プラテッラの存在は未来派と「1880年代世代」という二つの建物のはざまに隠れてしまっている。未来派としては、ルッソロのディレッタンティズムの面白さが現在の観点から評価される分、プラテッラの楽曲や理論的文書の研究は遅れている【注1】。一方、西欧クラシック音楽の全体の文脈で見れば、両大戦間期に最も先鋭的であったのは「新ウィーン楽派」に属するウェーベルン(1883-1945)やベルク(1885-1935)と考えられるが、彼らほどの不協和音や無機性の駆使へは進まなかった。1990年代より有名になったNaxosなど、マイナー作曲家を専門とする音楽レーベルがイタリアの「1880年世代」を取り上げる機会は増えているものの、プラテッラは未来派という別種のブランドに属する存在と見られているせいか、単独でCDやDVDにされる対象ではなかった。現在Naxosが力を入れている、世界のマイナー音源をストリーミング配信するサーヴィスでも、最近までPratellaの日本語表記は「プラレッラ」と誤記されていたくらいである【注2】。

Tactusから発された2枚の作品集は、そうした状況に一石を投じるものである。特に未来派あるいは前衛的な音楽に関心のない、一般的なクラシック音楽ファンでも聞きやすいのは「声とピアノのための歌曲集Liriche per canto e pianoforte」(2019年)の方であろう。収録されている19曲は、1900年代から1920年代にかけてつくられたもので、うち8曲はプラテッラの友人アントニオ・ベルトラメッリ(1879-1930)の詩に基づく歌曲集から採られている。ベルトラメッリはファシズム期にムッソリーニへいち早く接近した作家の一人として知られているが、この音源の内容にはそうした形跡は見られない。後述の「室内楽曲集」でも再び取り上げられ、さらには往年のオペラ歌手ニコライ・ゲッダにもライブ録音が残る「白い道La strada bianca」(1917)など、普通のリサイタルのレパートリーとして使えそうな曲も少なくない。

プラテッラと未来派という観点でより興味深いのは、「室内楽曲集Opere da camera」(2021年)の方である。こちらは、プラテッラ作品の発掘と上演を目的に主催する「プラテッラ・アンサンブル」【図4】を中心に、2015年まで存命であった作曲家の娘エーダの協力を得つつ制作されたものである(実際の録音も2014-2015年)。収録作品の年代は「歌曲集」の選択より広く、1890年代の習作期から1940年代初頭の作品(ボーナストラックには、作曲家が死去する直前に記した覚え書きの朗読も入っている)に及び、そのうち半分ほどが何かしら未来派と関係する内容を含む。「待機」「戦闘」「勝利」の三部構成による器楽曲「戦争La Guerra」(1913年)、オートバイのクラクションや「騒音楽器」を導入したオペラ「飛行士ドロL’aviatore Dro」(1913-1920年)の抜粋は、すでに「前衛音楽」の紹介系の音源でも部分的に取り上げられているが、室内楽向けの編成によって既存の録音と異なる側面を伝える。マリネッティの「自由語詩」を曲にした「未来派マーチMarcia futurista」(1913年)、また彼の戯曲『火の太鼓』のための劇音楽の一つである「マビーマの歌La canzone di Mabima」(1924年)は、未来派における文学と音楽の連結の方向性を示唆するものである。マリネッティに近いパオロ・ブッツィ(1874-1956)による「ルーゴ・バラッカ協会賛歌Inno Asssociazione Lugese “Baracca”」(1920年)は平易な曲だが、作曲家の同郷人でもあった第一次世界大戦期のエースパイロットを記念した、飛行機レース「バラッカ杯」の公式ソングとして企画されたものという点で興味深く、後年合唱用に改作された「バラッカの歌La canzone di Baracca」(1928年)と比較して聞けるのも面白い。

図4 「プラテッラ・アンサンブル」のメンバー

これまでプラテッラの作品群は、断片的かつ別々の企画でごく少数が紹介されるにとどまってきたが、この2枚のCDによって、作曲家が未来派に参加していた時期の前後も含めた、トータルな芸術家像を描きやすくなったのは間違いない。特に「室内楽曲集」の方は、「プラテッラ・アンサンブル」の一人がサンプルを自分のYou Tubeチャンネルにアップしているので、それで試聴してもよいだろう(丁寧なことに、短編版長編版と呼べるものをそれぞれ用意している)。未来派芸術/クラシック音楽双方の、愛好者から研究者まで、これを機会にプラテッラにも注目してほしいと考える次第である。

【掲載図版】
図1:ガブリエッラ・モリージ&アドリアーノ・トゥミアッティ「声とピアノのための歌曲集Liriche per canto e pianoforte」(2017年)、CDブックレット表紙。
※ 図版はルイージ・ルッソロ(1885-1947)《霧の固体性Solidità della nebbia》、1912年(キャンバスに油彩、100×65cm、ジャンニ・マッティオーリ・コレクション、ミラノ)を使用。

図2:プラテッラ・アンサンブル「室内楽曲集Opere da camera」(2021年)、CDブックレット表紙。
※ 図版はエソド・プラテッリ(1893-1982)《歌劇「飛行士ドロ」のための素描Bozzetto per L‘aviatore Dro》、1913年(紙に水彩とテンペラ、44.5×41.5mm、ロッカ・エステンセ〔ルーゴ市庁舎〕)を使用。

図3:マリネッティへの献辞が書き込まれた、プラテッラの楽譜手稿の末尾。
※ Daniele Lombardi e Carlo Piccardi, Rumori futuristi: studi e immagini sulla musica futurista, Firenze: Vallecchi, 2004より。

図4:プラテッラ・アンサンブル「室内楽曲集Opere da camera」(2021年)、CDブックレット裏表紙。一番左のチェロを持った人物が、リーダーのニコラ・バビーニ。

【注】
注1:日本でも、ルッソロの「騒音の芸術」には1980年代より複数の訳出があるのに対し、プラテッラの「未来派音楽家宣言」については、多木浩二『未来派 百年後を羨望した芸術家たち』(コトニ社、2021年)に収録された、多木陽介の翻訳を待たなくてはならなかった。

注2:本稿の初稿を書きつつ、この件についての問い合わせメールを配信会社に送ると、その日のうちに「修正しました」という返事が来た。迅速な修正はよいことであるが、プラテッラの楽曲が当該サーヴィスではじめて公開されたのは2011年とのことなので、この誤植が最近まで放っておかれていたということは、日本のクラシック聴取者あるいは未来派のファンの側が、プラテッラの音楽(または彼自身)の存在を知らない、少なくともそれに興味を持っていなかったという、一つの残念な指標でもある。

おおた たけと

・太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は隔月・偶数月の12日に掲載します。次回は2023年12月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学・東京医科歯科大学・東京工業大学で非常勤講師の予定。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。
E-mail: punchingcat@hotmail.com

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