佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第10回

外部と内部

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テラス席と店内席があるお店では、たいていテラスから埋まっていくのがポルトガルだ。凝ったインテリアが売りのレストランなのに、石畳で不安定にガタつく路上のテーブルは満席で、中はガラガラなんて事もある。なぜテラスが人気なのかと言えば理由は単純、屋外がこの上なく快適だからだ。日本の夏との一番の違いは湿度で、リスボンは夏の数ヶ月の間、ほとんど雨が降らない。そのためまとわりつくような暑さはなく、汗もほとんどかかない。過乾燥の状態ではあるのだけれど、リスボンは大西洋沿い(正確にはテージョ川沿い)にあるから海風が吹く。大西洋の水温が低いためかその風はとても涼しく、水気を含んでいて、風ってこんなに心地よいものなのかと改めて思うほど。そんなわけで、今日もみんな道端のパイプ椅子を選ぶ。

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ポルトガルにはすばらしい建築家が多くいて、感動的な建築がたくさんある。でもあえてひとつ挙げるとすれば、僕は公園の中にあるキオスクが一番好きかもしれない。それはたいてい六角形か八角形で、全方位に庇を広げたキノコのような形をしている。建築の原初は一本の傘だ、という話があるが、機能を柄の中に備えた傘のようでもある。内部の半分ほどが厨房とカウンター、その他食品庫やトイレになっている。多角形なので全方位からアクセスできるのがいい。厨房とトイレは内部では壁一枚で繋がっているけれど、外部からの入口は真反対にある。つまり注文待ちの列を横切ってトイレに入る、という無粋なことが起こらない。食品庫への納品や品出しも動線を邪魔せずスムーズ。給排水はセンターに集中して、配管も最短ルートだ。

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ルイス・カーンという建築家が、建築空間はサーブドスペース(居間・食堂・寝室など、生活する空間)とサーバントスペース(台所・納戸・浴室など、生活を支える空間)のふたつに分けられると言ったけれど、このキノコ小屋はサーバントスペースだけを建築化している。そして、サーブドスペースは全部外、という潔さ。それが前述のようにみんなが大好きなテラス席なのだから問題は何もない。公園の木々が木陰を作り出していて、人々は勝手に椅子やテーブルを移動して、極上の憩いスペースが即席で出来上がる。店内という概念がないので、席が足りなければサーブドスペースは無限に広がっていく。どんな小さいキオスクでもビールサーバーだけは必ずあって、キリッと冷えたグラスに注がれるビールの美しいこと美味しいこと。必要最低限の設備なのに、これ以上何も要らないと思わせられる。

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人間の身体の消化器官は上から下まで空洞で繋がっている。単純化すれば「ちくわ」のように一本の筒なので、胃や腸の中は実は外部だ、という考え方がある。今飲んだビールが外にあるままだとは感覚的には捉えづらいのだけれど、理屈からすれば確かに皮膚の内側よりも外部なのだ。なぜ感覚は理屈通りに捉えないのだろう。ここに個体の都合と環境の都合のせめぎ合いがある。海風に吹かれながら、ぼんやりそんなことを考える。

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ものや人間は必ず環境の中に存在する。そのため、従来ものは環境との折り合いの元に生まれてきた。大量生産という仕組みは、そんな支配的だった環境からの脱却を目指したイデオロギーでもあったと僕は思う。「ものは環境から独立して、いつでもどこでも誰が使っても同じ利便性を提供できるはずだ。」その考え方は民主主義と同期して、平等で豊かな未来を描いているように思えた。事実その製品たちによって世界中のあらゆる場所で多くの課題が解決し、人々の生活は随分楽になった。

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ものは可搬性があるがゆえに、コンテクストから容易に切り離せると僕たちは考えがちだ。けれどそれは本当だろうか、とも思う。実は環境と個体は一体で、見る角度が違うだけなのかもしれない。胃の内部は外部であるにも関わらず、お腹が空くのは紛れもなく自分なのだ。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2023年12月20日の予定です。

●本日のお勧め作品は、オノサト・トシノブです。
onosato_228《作品》
1968年
キャンバスに油彩
53.0×72.8cm
Signed
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◆埼玉県立近代美術館で「イン・ビトウィーン」展が始まりました(会期:2023.10.14 [土] - 2024.1.28 [日]、出品作家:早瀬龍江、ジョナス・メカス林芳史、潘逸舟)。
のちほどレビューを掲載しますが、ときの忘れものも少しお手伝いしました。招待券が若干あるので、ご希望の方はメールでお申込みください。

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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