杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第97回

ベネディクト教会

今月は日本から旧知の友人が訪れたので、恒例のグラウビュンデン州建築巡りをしました。

クール市付近では、ピーター・ズントーやヴァレリオ・オルジアティ、その父親であるルドルフ・オルジアティ設計の建物を中心としたコースを巡ります。
(ルドルフ設計の建築については、第5回のエッセイで詳しく書いたので、そちらも参考にしてください)

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3月は暖かくなってきたとはいえ、海抜600mのクールから少しでも標高の高いところへ向かうと肌寒く、ベネディクト教会へ訪れる日は曇り空だったため、風はひんやりとしました。そんな天候の時に建物を訪れるのは残念に思う人も多いかもしれませんが、僕は個人的に晴天の時よりも曇りの日を好みます。曇り空で空気が澄んでいるくらいの方が、空に満たされた光が建物全体を均一に明るく照らし、また室内もむしろ光で満たされているように感じます。

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それは太陽によって光と影がくっきりと映り、建物自体の存在が強調されることとは対照的に、空間自体が浮かび上がってくるからです。もちろん、強い光によって素材の表情、凹凸が強調されるという良さもあるのは事実ですが。

また、空気が澄んで神経がピリッとするような時にこそ、建物自体の全容もとてもよく見えます。それは日曜日の早朝に街を散歩すると、誰もいない街路沿いに立つ建物の表情がとてもよく見えることに似ています。僕はあの、自分がたった一人新しい世界に踏み出した感じがとても好きです。

年度末、卒業旅行シーズンということもあって、道中では少なくない建築学生さんらしき人たちも見かけました。この教会は決してアクセスしやすい場所に建っているわけではないにもかかわらず、訪れる度に他の来訪者に出会います。この教会には必ず行きたい。と遠方からでも訪れたくなるような建築を設計できることは、建築家にとって一番嬉しいことではないでしょうか。
僕自身、両手で数えられる以上に足を運んでいますが、それでも毎回一緒に訪れる人たちの感想を聞き、新しい発見を共有できることはとても有意義に思っています。
(すぎやま こういちろう)

杉山幸一郎 SUGIYAMA Koichiro
日本大学、東京藝術大学大学院にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学に留学。2014年から2021年までアトリエピーターズントー。現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で設計を教える傍ら、建築設計事務所atelier tsuを共同主宰。2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

●本日のお勧めは杉山幸一郎です。
sugiyama-lf83"Line & Fill 83"
2021年
水彩
21.0×14.8cm
サインあり
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●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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