佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第14回

4月25日の牛

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「はなのすきなうし」という絵本がある。自分も子供の頃何度も読んでもらった記憶があるのだが、いまだに書店に並んでいる名作絵本で、ご存知の方も多いと思う。主人公の牛「ふぇるじなんど」は、まわりの牛たちがマドリードの闘牛場で華々しく闘いたいと憧れるなか、ひとり花の匂いを嗅いでいるのが好きな牛だ。そんな彼があるときちょっとした勘違いからマドリードの闘牛に出場する雄牛として選ばれてしまい、故郷から連れ出されるシーンがある。連れて行かれるふぇるじなんどの背景に描かれている故郷の街には、切り立った崖の間に立派な橋がかかっている。

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それはスペイン南西部、アンダルシア地方にあるロンダという街の、ヌエボ橋だ。高さ100m以上もある渓谷に架けられたその橋は、この街を特異な景観にしているアイコンだ。アンダルシアはポルトガルのお隣さん。日本から行くと飛行機を乗り継がねばならず随分奥地に感じるのだけれど、リスボンからだと飛行機なら1時間、車でも4,5時間で着いてしまう手軽に行ける“外国”だ。崖っぷちぎりぎりに建物が立ち並ぶ光景は、ポルトガルの街並みよりもさらに、イスラム時代の名残を強く感じさせる。

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ロンダにはスペイン最古とも言われる闘牛場が残っている。ちなみにこの闘牛場はヌエボ橋と同じ建築家の設計だ。ロンダはまた伝説的闘牛士フランシスコ・ロメロが活躍し、馬に乗らずに牛と闘うマタドールスタイルの闘牛が確立した場所でもある。ここがふぇるじなんどの故郷に選ばれた理由はわからないが、彼が名も無い平原の野牛ではなく、もしかすると由緒正しい血統かもしれない含みを持たせたりするところに、この物語の独特のトーンを感じる。

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この絵本はアメリカで1930年代に出版されたが、舞台であるスペインでは長らくの間、発禁本だった。それは1975年まで続いたフランコ独裁政権による措置だ。スペイン内戦の真っ只中にあって、ふぇるじなんどの無気力に見えて実は徹底した自由主義者とも取れる態度が、危険思想とされたのも頷ける。マドリードの大舞台に引っ張り出されても、真ん中にゆったり座り込んで客席の婦人の帽子から香る花の匂いをかいでいるだけ。そんな結末は、子供心に「おっとりしているように見えるふぇるじなんどは、実は他のどの牛よりも強いのかもしれない」と思わされたものだ。ガンジーが、影響を受けた本に挙げたと言われるのもよくわかる。

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ポルトガルもスペイン同様、第二次世界大戦後も独裁体制が続いた国である。サラザール失脚後も続いた独裁政権は1974年4月25日に、軍部クーデターによって終わりを迎えた。ほとんど怪我人も出さずに成功した無血革命は、兵士の銃口に市民がカーネーションを刺したことからカーネーション革命と呼ばれる。

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同年代のポルトガル人の友人が昨年実家に帰った時のこと。家族と食事をしていてサラザール時代の話になったとき、お父さんがおもむろに席を立って窓を閉め始めたという。どうしたのと聞くと、「ああもう独裁政権は終わったんだったね」と笑っていたというが、無意識に行動に出てしまうほど強烈な統制社会だったことをもの語る。しかもお父さんが窓を閉めたのは終戦直後ではなくて、つい昨年のことなのだ。

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今年2024年4月25日はポルトガル民主化50周年にあたる記念日だった。リスボンの目抜き通り、リベルダーデ大通りでのパレードに参加してみると、8車線ある道路が自由を謳う人々で埋め尽くされていた。みな赤いカーネーションを手に持ち、「Fascismo nunca mais!」(No more fascism!)の声が響き渡る。通りの中央には大きな戦車が置いてある。戦争を知らない世代の日本人である僕にとって、戦車は物騒なイメージと直結していて、祝賀ムードのパレードの真ん中にカーキ色の屈強な戦車があるのを少し奇妙に感じた。でもそれは浅薄だったかもしれない。全ての戦車が戦意に満ちているわけではないのだ。そう気付いたら、主砲の先に赤い花をさした戦車の姿が、闘牛場の真ん中に悠然と座るふぇるじなんどに見えてきた。

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(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2024年8月20日の予定です。

●本日のお勧め作品はソニア・ドローネーと靉嘔です。
delaunay_02_compo (1)ソニア・ドローネー《コンポジション》
1971年プリント
カラーアクアチント
49.5×40.0cm
Ed.125
サインあり

ayo_41_crushed靉嘔
《クラッシュドレインボー》
1983
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
26.0×20.0×2.0cm
Ed.500
サインあり
*現代版画センターエディション
この作品の肝は<クラッシュド>つまり靉嘔先生が文字通り刷り上がった500部全部をぐしゃっと握りつぶした作品です。
「これを他人がやっちゃあダメなんだ」と仰り、全部ご自分で握り潰しました。

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取り扱い作家たちの展覧会情報(5月ー6月)は5月1日ブログをご覧ください。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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