毛綱毅曠の釧路をあるく

井内佳津恵


 筆者は、2020‐22(令和2‐4)年の3年間、北海道立釧路芸術館に勤務しながら、毎年、釧路市内の毛綱建築をバスで巡るツアーを企画した。釧路市立美術館さんとの実行委員会による企画であり、釧路市立美術館さんの「まなぼっと号」という中型バスを使わせていただくことで実現した企画だった。しかし必ずしもバスを使わなくても、徒歩で毛綱建築を巡り歩くことも、エリアによっては可能である。ここでは、釧路川両岸を中心とするコースをご紹介したい。

北大通から富士見町へ-毛綱建築半日徒歩コース
 JR釧路駅を出ると、目の前に「北大通」(北海道道24号釧路停車場線)がひろがる。この北大通を釧路川に向かって歩いていくと、まもなく左手に「NTT DOCOMO釧路ビル」が見えてくる(1998年、非公開)。最初期の《北国の憂鬱》(1969年、姉夫婦の自宅、現存せず)から既に用いられている丸窓を特色とする造形はもちろん外から見ることが出来る。しかし内部は非公開であり、ステンドグラスは見ることが出来ない。非公開となった経緯はわからないが、たいへん惜しまれる。

NTT DOCOMO
NTT DOCOMO釧路ビル(1998年)

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《北国の憂鬱》(1969年 釧路市緑ヶ岡、現存せず)『都市住宅』(鹿島出版会)1969年10月号から転載

 北大通をさらに釧路川に向かって進むと、右岸に「釧路フィッシャーマンズワーフMOO」があらわれる。釧路川の下流に沿って左右に長く横たわるこの建築は、対岸のレストラン「釧路倶楽部」から眺めると、絵画的な意匠がよくわかる。特に夜はライトアップされてロマンティックな雰囲気が醸し出される。反対に、MOOの釧路川に面したテラスからは、対岸の「南大通」-かつての釧路の中心部-が見渡せ、釧路川対岸から一気に隆起している力強い地形も良く把握できる。一方で、内部の構造は迷いやすい。MOOの見学を引率した際、通路が長い坂道となっているため、自分はいま何階にいるのか?と混乱しがちであった。MOOにおいては、港町の坂道へのオマージュという意味合いが大きいと思われるが、MOOに限らず、釧路の毛綱建築では、高低差を体感しながら、空間の造形的変化へと導かれることが少なくない。

フィーッシャーマンズワーフ

 さて、釧路川にかけられた幣舞橋には、「春」「夏」「秋」「冬」を女性裸像によって表現した彫刻《四季の像》がある。舟越保武、佐藤忠良、柳原義達、本郷新、4人の彫刻家による競作は、いずれも具象だが、それぞれにはっきりと異なる造形志向を打ち出しており、4人の主張の明快さがすがすがしい。女性裸像という象徴的モティーフであるからこそ、釧路湿原に発した釧路川の野生の造形と対峙し、人間存在を主張して一歩も譲らない、といった感があり、日本の公共彫刻の中でも、優れた成果をあげた例だといえる。この幣舞橋を渡りきると、釧路センチュリーキャッスルホテル(元・釧路キャッスルホテル、1986年)が河岸にたたずんでいる。ちなみに右隣は、旧日銀釧路支店。釧路市が購入したのはすばらしいことだ。ただ、アスベストの処理が進んでおらず、内部を見学できないのが惜しまれる。

釧路センチュリーキャッスルホテル

 センチュリーキャッスルホテルは、外観、中でも上部の装飾性はもちろん大きな魅力なのだが、内部に入り、チャペルのある階までのぼると、テラスに出られる。このテラスからの眺めがすばらしい。釧路川を上流に向かって、MOOももちろん視界に入れながら、見下ろすことが出来る…ということは、「世界三大夕日」もこのテラスから眺められるのだ。ここでは、テラスからの眺めについてふれたが、釧路の毛綱建築では、「ここでしか見られない釧路」というディープな視界を体験できる。釧路という生まれ故郷の街の地理的構造を、深く理解していた建築からだからこそ可能な造形である。

 なお、半日徒歩コースでは、ランチが必須だが、前述の「釧路フィッシャーマンズワーフMOO」でご当地グルメ「さんまんま」を食べていただく(釧路|さんまんま (sanmanma.com)、あるいは釧路センチュリーキャッスルホテルのランチもまた、味もボリュームも文句なしだ。

 さて、釧路センチュリーキャッスルホテルを後にして、急坂を頑張って登り、富士見町に出る。NHK釧路放送局のすぐそばに、建築家が母のために建てた住宅「反住器」(1972年、非公開)がある。

反住器

 以前は両側面を建物に挟まれ、竣工当時の造形性をうかがうのが難しかったが、現在は南面が駐車場となっているため、対角線をくっきりと強調しながら、直角三角形が三つ入れ子になるガラス面の分割を思う存分鑑賞することが出来る。この建築の図面は失われたと思われていたが、釧路出身の建築史家・駒木定正先生が、反住器を施工した会社の社長から複写させてもらった青焼きが存在することをご教示くださり、現在、複製が北海道立釧路芸術館に寄託されている。《反住器》からひとしきり西に歩くと浦見町に《ふくしま医院》(2000年)があったが、昨年、市場に出された(買い手が決まった模様)。音響が良く、週末にはコンサートなども開催されていた建築であり、今後も、コミュニティに対して開かれた存在となってほしいと、個人的に念願している。

 ここまでが、半日、徒歩で巡り歩ける釧路川両岸を中心とする毛綱建築、ということになる。釧路市の中心部は、そのまま「毛綱毅曠建築博物館」といってもよいほどなのだ。実はこのルート上には、北海道立釧路芸術館(象設計集団設計)や釧路市立美術館、石川啄木の記念館である「港文館」(旧釧路新聞社)などのミュージアムがあり、一日コースにもできる。筆者は2020‐22(令和2-4)年の3年間、日常的風景の中に毛綱建築を望むという得難い時間を過ごさせていただいた。ぜひ多くの方に、釧路を訪れていただき、建築家・毛綱毅曠の造形を堪能していただきたい。

 なお、釧路市内には、春採湖周辺エリアに釧路市立博物館、釧路市立幣舞中学校、少し離れて釧路湖陵高校同窓会館があり、近郊の町では、白糠町立茶路小中学校がある。本来は、これらも含めて紹介するべきところだが、近刊予定の『釧路市立博物館40周年記念誌』(釧路市立博物館)に掲載の拙稿「私が体感した毛綱毅曠の建築」と併せてお読みいただければ幸いである。

◆井内佳津恵(いうちかつえ、北海道立三岸好太郎美術館上席専門員)
1962(昭和37)年北海道ニセコ町生まれ。1985(昭和60)年、北海道大学文学部国語国文学専攻課程卒業。北海道立旭川美術館、北海道立近代美術館、北海道立文学館、北海道立函館美術館、北海道立釧路芸術館を経て現職。単著に『田上義也と札幌モダンー若き建築家の交友の軌跡』(北海道新聞社、2002)、共著に『黒田辰秋の世界 目利きと匠の邂逅』(世界文化社、2014)、主な展覧会企画に「日韓近代美術家のまなざし―『朝鮮』で描く」(2015‐2016、北海道立立近代美術館ほか国内6会場巡回、「美連協大賞」受賞)。

北海道立三岸好太郎美術館では、10月19日(土)に街歩きツアーを企画されているそうです。

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「わがこころの街」展 チラシ表
「わがこころの街」展 チラシ裏

●本日のお勧め作品は毛綱毅曠です。
mozuna_1《題不詳》
1985年
紙にドローイング、コラージュ
イメージサイズ:94.0×36.0cm
シートサイズ:94.0×36.0cm
フレームサイズ:107.0×50.0cm
サインあり
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*画廊亭主敬白
< すごく揺れましたが、私は無事です。
熊本地震の時は24時間後に本震もきたので、どうか用心してください。
片付けるより、補強を。
(20240808/青井美保さんのtwitterより)
昨日の宮崎の大地震、被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
備えあれば憂いなしといいますが、明日は我が身と覚悟して用心しましょう。

建築家・毛綱毅曠先生が若くして亡くなられたのは2001年9月2日でした。
それから間もない2005年1月に、北海道釧路に建つ石山修武と毛綱毅曠の建築を訪ねて雪の平原を走りまわりました。まだ毛綱先生のお母さまもご健在で、名作「反住器」にお住まいで隅から隅まで見せていただきました。
2005年1月30日ブログ参照
http://blog.livedoor.jp/tokinowasuremono/archives/53526676.html
あれからもう20年近く経ちます。
釧路の建築にお詳しい井内佳津恵先生に「毛綱毅曠の釧路をあるく」をご寄稿いただきました。
原稿はかなり前にいただいていたのですが、私どもの都合で掲載が今日になってしまいました。井内先生にお詫びするとともに、ご寄稿を感謝します。

「杣木浩一×宮脇愛子」展カタログを刊行
1200-杣木宮脇ときの忘れもの 2024年 25.7×17.2㎝ 24P
執筆:杣木浩一
図版:26点掲載(杣木浩一13点、宮脇愛子13点)
編集:尾立麗子(ときの忘れもの)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:1,100円(税込み)+送料250円
オンラインでも販売中です。

取り扱い作家たちの展覧会情報(7月ー8月)は7月1日ブログに掲載しました。

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
photo (12)〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。