王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」第34回

軽井沢高原文庫 夏季特別展「生誕110年立原道造展 夭折の生涯を辿って」を訪れて

 半年ほど前、「ヒアシンスハウス」がテレビ東京「新美の巨人たち」で取り上げられた。立原道造(1914-1939)の根強い人気と評価の高さを感じた。「ヒヤシンスハウス」は「風信子荘」とも書かれ、立原が構想したスケッチをもとに、2004年にさいたま市別所沼公園の沼畔に建てられ公開されている。玄関前に旗竿と旗があり、元は洋画家の深沢紅子に旗のデザインが依頼されていた。ヒヤシンスは中国語でも風信子(外来語として音があてがわれ、風の便りという意味)で、旗がはためくことで主人の在室を伝える。

 今回訪れた軽井沢高原文庫は、軽井沢タリアセンのすぐそばにあり、有島武郎の別荘「浄月庵」、堀辰雄の1412番山荘、野上弥生子の書斎といった軽井沢・北軽井沢にあった小説家の家屋を移築保存している。プロダクトデザイン分野で特に名作を残している名門、GKデザイングループのGK設計が設計し1985年に完成した。開館以来、少なくとも1989年、2014年、2020年に立原道造を主題にした展覧会を開催している。
 ときの忘れもの「建築を訪ねて」シリーズ「辻邦生展~磯崎新~坂倉準三のレストラン(2009年9月7日)」で紹介されているように、軽井沢タリアセンにはレーモンドの「夏の家」が移築されている。藤森照信氏は、対談「小さな家」(*1)の中で、これら「夏の家」と「堀辰雄1412番山荘」が、「ヒヤシンスハウス」のイメージ源として影響を与えたと指摘している。

*1:対談「小さな家」、鈴木博之・藤森照信・津村泰範、「風信子忌」2005年3月26日於鴎外荘、『立原道造記念館』第35号、2005年9月29日発行

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軽井沢高原文庫 外観

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軽井沢タリアセン所有「軽井沢夏の家(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)」(現:ペイネ美術館) 

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軽井沢高原文庫所有「堀辰雄の住んだ軽井沢一四一二の山荘」

1、展示について
 2階の展示室に、写真、幼少時の遊具、スケッチ帳、尋常小学校成績物、日記、中学の教科書、手作り詩集、書簡、原稿、パステル画、中学と一高での提出作品、大学の課題設計、卒論構想と卒業設計エスキス(色鉛筆を多用、赤、青、茶の彩色)、戸籍謄本、履歴書、経歴書、給料袋など、所狭しとレイアウトされていた。独自の表現の世界を模索した立原の姿に着目して、4点の展示資料を記したい。

 「住宅・エッセイ」(『建築』東京大学発行、昭和11年7月)の冒頭の見開きページの展示。その中で、住宅と小随筆の本質は一致していることを述べている。「一切の平面計画する機能主義風の考へ方を一先づ除かう」と断り、住宅は、「外に見える形態でなしに、内にひそんでゐる精神」である、と。そして、小随筆は、「家常茶飯の人生に触れ(略)人生から離れることの出来ない藝術」「藝術専門家を要しない、人間でさへあれば、人生に真摯に生きさへすれば、よきエッセイは彼から生れる」としている。建築家で大学の先輩にあたる堀口捨己が大正初期に『アルス』に発表した短歌を挙げ、繊細なエッセイの感覚と優れた住宅作品に見る感覚が同じだと例をあげている。大正時代、昭和初期、現代以上に短歌、和歌を含む詩作が、現代以上に表現・芸術(文芸)として身近にあった。

 立原が遺した詩集7種のうち、1933年5月頃に母親に献じた詩集『日曜日』、1933年一高3年生時の『散歩詩集』、1937年に卒業設計「浅間山麓に位する藝術家コロニーの建築群」(1937年3月)を構想していた頃に綴じた『ゆふすげびとの歌』が展示されている。
 『日曜日』の紙函は、墨と水彩絵具で描かれた題が貼られている。一高入学から1年間の寮生活で帰宅を楽しみにしていた日曜日を記念して題が付けられた。詩集には、題を赤インク、詩を黒インクで手書きで書かれた自由詩10篇が編まれている。
 『散歩詩集』は、詩集10枚と異稿4枚から成り、文字は赤、青、緑、黄、橙、茶、灰、黒の柔らかい穏やかな印象の8色の水彩絵具で書き分けられている。

 終盤の展示に卒業設計のエスキスがある。赤、青、茶の色鉛筆で鮮やかに描かれていて、前述の『散歩詩集』と共通のセンスが感じられる。卒業設計は「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」という題で、美術館、図書館、音楽堂と芸術家の小住宅が計画された。設計趣旨に「仕事部屋は住む者が、書家、彫刻家、詩人、音楽家、建築家、工芸美術家であるに従つてその平面と断面とをそれぞれ異にするべきものである」「住む者の気分的個性に従つて各戸が自由な立面図を持たねばならない・・・ここに描いた二三の立面図は単に一人の建築家が自己の気分的個性に従って基本平面基本断面に興えたものにすぎない」とある。エスキスの内容はインテリアであり、卒業設計として完成させる提出物と、個人の趣味の世界を往き来していたことが想像される。
 ちなみに、「小住宅は住む者が独身であるときには厨房を欠いている(略)」とある。ヒヤシンスハウスには厨房が存在せず、立原は1937-1938年の間、何人もの友人にヒヤシンスハウスの計画についての手紙を送っていた。分離派建築会や創宇社らと同様、若さと高い理想に推され生き急いでいる感じが初々しい。


2、立原道造関連史料について
 主としてマスターピースを展示する美術館と異なり、多用な媒体・性質の史料が展示されていたことで、立原道造に関する史料の量と深さが感じられた。また、それらの史料の収集には軽井沢高原文庫に加え、立原道造記念館の功績が大きいことを知った。
 軽井沢高原文庫所蔵の立原道造関連史料は、2019年~2020年に立原道造記念会(前・立原道造記念館下部組織)から寄贈された史料が中心となり、2021年に立花隆(評論家)旧蔵の立原関係書籍、2024年に生田勉(建築家、東京大学教授)の立原書簡などがそれぞれの遺族から寄託、寄贈されている。

 1階では、立原道造記念館がかつて発行していた館報が販売されており、手にとってみた。記念館での調査、選別といった収集活動と、専門家へ委託された解題や研究が丁寧に報告されている。発行時点で寄贈ではなく寄託として書かれているものもあり、収集活動が慎重で年数のかかることを物語っている。リスペクトしたい館報が複数あったので、最後に2件紹介したい。

 ひとつめは、『立原道造記念館』10号、1999年6月29日で、宮本則子氏(現・立原道造記念会会長、当時立原道造記念館副館長)により、立原道造記念館が小場晴夫氏(東京帝国大学建築学科の友人)から資料整理の依頼を受けての選別し寄贈を受けたことが記されている。更にその後の追加の資料整理において小場氏が「処分してよい」と判断していた資料の中に新発見の論文があり、「寄託」を受けたことが記されている。新発見の論文というのが、今回も展示された小論文「建築衛生学と建築装飾意匠に就ての小さい感想」(200字詰原稿用紙8枚)であった。同館は、佐々木宏氏(建築家・建築評論家)に解題を依頼し、佐々木氏による小論文「「建築衛生学と建築装飾意匠に就ての小さい感想」の解説とその歴史的意義」の抜粋が館報で紹介された。

 ふたつめは、『立原道造記念館』27号(2003年9月29日)で、小山家から小山正孝氏(詩人)旧蔵のパステル画、建築設計図などの「寄託」を受けたことが記されている。それらの中に東京帝国大学での課題提出図面8種18枚が含まれており、鈴木博之氏(建築史家)にその解題が依頼された。掲載された鈴木博之氏による「小山家から発見された学生時代の課題図面」では、岸田日出刀氏(当時教授)が出題した模写の課題「ルイ一四世様式のオテル入り口の図面コピー」、「東京・某氏邸・設計図」のほか、学内の即日設計や卒業設計直前の最終課題などについて分析、解説されている。

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立原道造記念館館報

(おう せいび)

夏季特別展「生誕110年 立原道造展~夭折の生涯を辿って~」
2024年7月13日(土)~2024年10月14日(月)  ※会期中無休
会場:軽井沢高原文庫
料金:大人800円 小中学生400円/電話:0267-45-1175
10/15,16,17休館

「高原文庫 第39号 生誕110年 立原道造展 夭折の生涯を辿って」
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軽井沢高原文庫 2024年 A5 63P
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●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2024年10月18日更新の予定です。

王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。

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