王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥第35回」
「両大戦間のモダニズム」展を訪れて
町田市立国際版画美術館で開催されている「両大戦間のモダニズム 1918-1939 煌めきと戸惑いの時代」(会期:2024年9月14日~12月1日)を訪問した。
同美術館は1987年開館以来の収集活動の成果から、現在、3万点以上のコレクションを所蔵し、定期的に所蔵作品を軸にした企画展を開催している。
版画、写真、印刷物など複製技術が関係する作品の並ぶ展示室でいつも驚くのは、キャプションに示されたそれらの技法の多様さである。版画表現、製版技法、プリント技法など、見分けるのは難しく殆ど理解できない。換言すると、それら技術(工程、道具、材料、化学)に関する知識や経験があれば、二次的な作品理解が可能なのではないか、と想像する。
「両大戦間のモダニズム 1918-1939 煌めきと戸惑いの時代」は、4章の構成で、1章は「両大戦間」のプロローグとして19世紀末のフランスから第一次大戦中のヨーロッパ、2章は両大戦間のフランス・アメリカ・日本・ドイツ・ロシア、3章は両大戦間のヨーロッパの「抽象表現」、「挿絵本文化」、「シュルレアリスム」における版画表現、4章はエピローグとしての戦中・戦後の作品が公開された。2つの戦争をつなぐ展示の中で、繰り返されるモチーフ・イメージ、技法、美術運動、コミュニティなどが浮かび上がってくる。

館内風景

展示風景 1918-1939戦間期年譜 町田市立国際版画美術館作成
1、再評価され探求された木版画
19世紀後半、ヨーロッパではジャポニズムが流行し、浮世絵に見られる木版画が芸術表現として注目されるようになった。パリで活躍した画家・フェリックス・ヴァロットンは他の画家たちとともに新しい表現を求めて1891年から木版画制作に着手した。
1章前半では、ヴァロットンの木版画《大騒ぎ、あるいはカフェの情景》(1892)、《街頭デモ》(1893)、《万国博覧会》シリーズ(1900)が展示されている。戦前のパリでの日常的な大衆の騒動や、パリ万国博覧会開催中の混乱が描かれている。版画の特徴として版の大きさが作品と同じということがあるが、対象を捉える報道的な視線に加え、作品のサイズが速報性を感じさせる。

展示風景
2、技法の再発見と版画のリバイバル運動
エングレーヴィングは最も古い銅版画技法の一種で、ビュラン(彫刻刀)を用いて金属板を直接に線刻し、インクを凹部に入れてプレスする凹版技法である。19世紀にはリトグラフや写真印刷が確立し、エングレーヴィングの作例は減少していた。
フランスの版画家ジャン=エミール・ラブルール(1877-1943)は、エッチングや1章に展示された《通り過ぎていく連隊》(1900)に見られるような木版を制作していたが、第一次世界大戦下、英語が堪能だったため、通訳として英仏連合軍とアメリカ軍に従軍した。戦線でエッチング用の腐食液が入手できなくなったことがきっかけで、エングレーヴィングに取り組み始めた。更に銅板が手に入らなくなると、砲弾の梱包箱や薬莢を板状に伸ばして版材として再利用したこともあったことが解説に書かれている。このように、物資難から古版画の方法を再発見し、戦線での光景を彫った作品が、1章後半で展示された《前線の小さな売り子たち》(1917-21?)、《アメリカの警官(サン=ナゼール)》(1918-19?)である。一時的に滞在している土地での人と人との関わり合いに目が向けられ、兵士や警官は大きく描かれている。

ジャン=エミール・ラブルール《前線の小さな売り子たち》(1917-21?)、町田市立国際版画美術館所蔵
そして、大戦が終結後の1919年、詩人・ロジェ・アラールの著書『娘たちのアパルトマン』にエングレーヴィングで制作した挿絵6点を提供した。2章では、その『娘たちのアパルトマン』(ロジェ・アラール著、ジャン=エミール・ラブルール画、1919 )、同時代に制作された《車掌》(1919-20?)、その更に後に制作された《カクテル》(1931)が展示されている。いずれも自立した活動的な女性、働き、消費するモダンな都市のライフスタイルが描かれている。解説によると、1920年代前半のフランスでは、ラブルールに続くかたちで、画家(版画家)たちの間で「エングレーヴィングのリバイバル」ともいえる潮流が生まれた。
ラブルールは、エングレーヴィングの技法だけではなく、版画の価値を高めることを目的とした版画のリバイバル運動を主導した。3章中盤では、ラブルールはじめフランスの独立版画協会(1923-1935)の作家の作品が紹介されている。

展示風景

ジャン=エミール・ラブルール《アンドロメダ》(1935)、町田市立国際版画美術館所蔵
版画の技法の再評価と探求、リバイバル運動が歴史の中で繰り返されていることが、豊富なコレクションを活かした展覧会の一端に見ることができた。
参考文献
・高野詩織「1910-30年代のフランスにおける版画の新しい潮流」、展覧会図録『両大戦間のモダニズム 1918-1939』、2024年9月
・高野詩織「ジャン=エミール・ラブルールの版画論 戦間期フランスにおけるエングレーヴィング・リバイバルと版画の普及活動」町田市立国際飯が美術館 紀要 第27号、2024年
・武蔵野美術大学 造形ファイル アートとデザインの素材・道具・技法(https://zokeifile.musabi.ac.jp/)
(おう せいび)
●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2024年12月18日更新の予定です。
■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。
●本日のお勧め作品はジャン=エミール・ラブルールです。
《カクテル》
1931年
銅版
20.0x19.2cm
Ed.51
サインあり
額付き
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●パリのポンピドゥーセンターでブルトンのシュルレアリスム宣言100年を記念して「シュルレアリスム展」が開催されています(~2025年1月13日まで)。ときの忘れものは同展に協力し瀧口修造のデカルコマニーを貸し出し、出展しています。展覧会の様子はパリ在住の中原千里さんのレポート(10月8日ブログ)をお読みください。
カタログ『SURREALISME』(仏語版)を特別頒布します。
サイズ:32.8×22.8×3.5cm、344頁 22,000円(税込み)+送料1,500円

●松本竣介展の図録を刊行しました(1,100円+送料250円)。
『松本竣介展』図録
発行:ときの忘れもの
発行日:2024年10月4日
サイズ:25.7×18.2cm
カラー 24P
図版:松本竣介作品13点
執筆:弘中智子(板橋区立美術館学芸員)
大谷省吾(東京国立近代美術館副館長)
編集・デザイン:柴田卓
価格:1,100円(税込) 送料:250円
●松本竣介展の動画を作成しましたのでご覧ください。
(映像制作:WebマガジンColla:J 塩野哲也)
※クリックすると再生します。
※右下の「全画面」ボタンをクリックすると動画が大きくなります。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
「両大戦間のモダニズム」展を訪れて
町田市立国際版画美術館で開催されている「両大戦間のモダニズム 1918-1939 煌めきと戸惑いの時代」(会期:2024年9月14日~12月1日)を訪問した。
同美術館は1987年開館以来の収集活動の成果から、現在、3万点以上のコレクションを所蔵し、定期的に所蔵作品を軸にした企画展を開催している。
版画、写真、印刷物など複製技術が関係する作品の並ぶ展示室でいつも驚くのは、キャプションに示されたそれらの技法の多様さである。版画表現、製版技法、プリント技法など、見分けるのは難しく殆ど理解できない。換言すると、それら技術(工程、道具、材料、化学)に関する知識や経験があれば、二次的な作品理解が可能なのではないか、と想像する。
「両大戦間のモダニズム 1918-1939 煌めきと戸惑いの時代」は、4章の構成で、1章は「両大戦間」のプロローグとして19世紀末のフランスから第一次大戦中のヨーロッパ、2章は両大戦間のフランス・アメリカ・日本・ドイツ・ロシア、3章は両大戦間のヨーロッパの「抽象表現」、「挿絵本文化」、「シュルレアリスム」における版画表現、4章はエピローグとしての戦中・戦後の作品が公開された。2つの戦争をつなぐ展示の中で、繰り返されるモチーフ・イメージ、技法、美術運動、コミュニティなどが浮かび上がってくる。

館内風景

展示風景 1918-1939戦間期年譜 町田市立国際版画美術館作成
1、再評価され探求された木版画
19世紀後半、ヨーロッパではジャポニズムが流行し、浮世絵に見られる木版画が芸術表現として注目されるようになった。パリで活躍した画家・フェリックス・ヴァロットンは他の画家たちとともに新しい表現を求めて1891年から木版画制作に着手した。
1章前半では、ヴァロットンの木版画《大騒ぎ、あるいはカフェの情景》(1892)、《街頭デモ》(1893)、《万国博覧会》シリーズ(1900)が展示されている。戦前のパリでの日常的な大衆の騒動や、パリ万国博覧会開催中の混乱が描かれている。版画の特徴として版の大きさが作品と同じということがあるが、対象を捉える報道的な視線に加え、作品のサイズが速報性を感じさせる。

展示風景
2、技法の再発見と版画のリバイバル運動
エングレーヴィングは最も古い銅版画技法の一種で、ビュラン(彫刻刀)を用いて金属板を直接に線刻し、インクを凹部に入れてプレスする凹版技法である。19世紀にはリトグラフや写真印刷が確立し、エングレーヴィングの作例は減少していた。
フランスの版画家ジャン=エミール・ラブルール(1877-1943)は、エッチングや1章に展示された《通り過ぎていく連隊》(1900)に見られるような木版を制作していたが、第一次世界大戦下、英語が堪能だったため、通訳として英仏連合軍とアメリカ軍に従軍した。戦線でエッチング用の腐食液が入手できなくなったことがきっかけで、エングレーヴィングに取り組み始めた。更に銅板が手に入らなくなると、砲弾の梱包箱や薬莢を板状に伸ばして版材として再利用したこともあったことが解説に書かれている。このように、物資難から古版画の方法を再発見し、戦線での光景を彫った作品が、1章後半で展示された《前線の小さな売り子たち》(1917-21?)、《アメリカの警官(サン=ナゼール)》(1918-19?)である。一時的に滞在している土地での人と人との関わり合いに目が向けられ、兵士や警官は大きく描かれている。

ジャン=エミール・ラブルール《前線の小さな売り子たち》(1917-21?)、町田市立国際版画美術館所蔵
そして、大戦が終結後の1919年、詩人・ロジェ・アラールの著書『娘たちのアパルトマン』にエングレーヴィングで制作した挿絵6点を提供した。2章では、その『娘たちのアパルトマン』(ロジェ・アラール著、ジャン=エミール・ラブルール画、1919 )、同時代に制作された《車掌》(1919-20?)、その更に後に制作された《カクテル》(1931)が展示されている。いずれも自立した活動的な女性、働き、消費するモダンな都市のライフスタイルが描かれている。解説によると、1920年代前半のフランスでは、ラブルールに続くかたちで、画家(版画家)たちの間で「エングレーヴィングのリバイバル」ともいえる潮流が生まれた。
ラブルールは、エングレーヴィングの技法だけではなく、版画の価値を高めることを目的とした版画のリバイバル運動を主導した。3章中盤では、ラブルールはじめフランスの独立版画協会(1923-1935)の作家の作品が紹介されている。

展示風景

ジャン=エミール・ラブルール《アンドロメダ》(1935)、町田市立国際版画美術館所蔵
版画の技法の再評価と探求、リバイバル運動が歴史の中で繰り返されていることが、豊富なコレクションを活かした展覧会の一端に見ることができた。
参考文献
・高野詩織「1910-30年代のフランスにおける版画の新しい潮流」、展覧会図録『両大戦間のモダニズム 1918-1939』、2024年9月
・高野詩織「ジャン=エミール・ラブルールの版画論 戦間期フランスにおけるエングレーヴィング・リバイバルと版画の普及活動」町田市立国際飯が美術館 紀要 第27号、2024年
・武蔵野美術大学 造形ファイル アートとデザインの素材・道具・技法(https://zokeifile.musabi.ac.jp/)
(おう せいび)
●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2024年12月18日更新の予定です。
■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。
●本日のお勧め作品はジャン=エミール・ラブルールです。

1931年
銅版
20.0x19.2cm
Ed.51
サインあり
額付き
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●パリのポンピドゥーセンターでブルトンのシュルレアリスム宣言100年を記念して「シュルレアリスム展」が開催されています(~2025年1月13日まで)。ときの忘れものは同展に協力し瀧口修造のデカルコマニーを貸し出し、出展しています。展覧会の様子はパリ在住の中原千里さんのレポート(10月8日ブログ)をお読みください。
カタログ『SURREALISME』(仏語版)を特別頒布します。
サイズ:32.8×22.8×3.5cm、344頁 22,000円(税込み)+送料1,500円

●松本竣介展の図録を刊行しました(1,100円+送料250円)。

発行:ときの忘れもの
発行日:2024年10月4日
サイズ:25.7×18.2cm
カラー 24P
図版:松本竣介作品13点
執筆:弘中智子(板橋区立美術館学芸員)
大谷省吾(東京国立近代美術館副館長)
編集・デザイン:柴田卓
価格:1,100円(税込) 送料:250円
●松本竣介展の動画を作成しましたのでご覧ください。
(映像制作:WebマガジンColla:J 塩野哲也)
※クリックすると再生します。
※右下の「全画面」ボタンをクリックすると動画が大きくなります。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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