「刷り師・石田了一の仕事」第6回「ベタも絵のうち」
石田了一
「これはね、黒い色ではなくて、暗い色なんだよ」
熊谷守一の優しく深い教えであった。
古い漆黒の『獅子頭』のテスト版を千早町のご自宅にお持ちし、見てもらったのは“仙人”が
最晩年95歳の時。
版元の都合で作品化されなかったけれど、以来、そのひと言は、私にとって、色への心構えの大切な宝物となった。
次女の榧さんが私設の熊谷守一美術館を1985年に開設されてからは、年に一度、シルクのポスターを作るようになった。
初期の頃は、掲示板のご案内のようなものだったが、その内、周年記念展の展示のために他の美術館などからお借りしてくる絵の中から1点選び、写真や画集をお手本に、熊谷守一が使うであろう色を想定して、刷り上げるようになっていった。
ポスターは会期前に出来ていなければいけないのが、実物の絵を目にするのは展覧会が始まってからになる。微妙に外れた色もあったりするが、各々のベタ色がしっくり嵌った時はしてやったり。
小品を作ることに決まっている絵の時は、ポスターであっても、収蔵している美術館に色合わせに行った。
色合わせといっても、想定した色を刷ったカラーチップ(色見本)を色ごとに何枚も持参して、原画と見比べ、目に焼き付け、明度・彩度などの塩梅をメモして来るだけである。
毎年一度、熊谷守一のチャーミングな色づかいに接する楽しみが28周年のポスターまで続いた。
文字のレイアウトは、単純に上下だけにして、中央にほぼ原寸サイズの作品を配置した。
あとで、作品だけ切り離して飾ることが出来るようにしたのである。
年を追うごとに完成度は高まり、単独のシルク作品としてもおかしくない域に達した頃、
版画として流通しないよう、ポスターの絵の裏に「これはポスターである」と記して欲しいとの要請があった。
「2匹の蟻さんとThe ○○th anniversary poster」をうすく刷り込むことにした。
これはこれで、クマガイモリカズのポスターをめぐるシュールなお話である。
榧さんとのご縁で、没後の熊谷守一の版画は小品も入れると40点近く刷ったことになる。

「あげ葉蝶」 9色刷り(+文字2色)
96歳(1976年)、絶筆の油絵。

「ヤキバノカエリ」 17色刷り(+文字2色)
守一さん、次女の榧さん、長男の黄さんに白く抱かれた
長女の萬さん。

「猫」 11色刷り(+表文字3色+裏文字1色)
愛知県美術館の収蔵庫へ行って色合わせをした。
このポスターのみ300部。いつもは100部である。
2007年、美術館は豊島区立となる。
2009年、副都心線が開通した。

ポスターの絵の裏に小さく刷り込んだ、2匹の蟻と文字。
表の絵に影響を与えないように極薄色で。

「兎」 7色刷り(+表文字3・裏文字1色)
諸々の事情で紙面は少し寂しくなったが、
兎は愛くるしい。

「冬の夜」 8色刷り(+表文字3色・裏文字1色)
最後のシルクポスターとなった。

熊谷守一 「夕暮れ」 刷り1992年
本人は、自画像だと言っていた。

熊谷榧 『山の12ヶ月』より「雪の八方」 刷り1975年
榧さんの“はり絵”のシルク版画集。
1958年から冬の間、この八方の山麓に13年住んでいた。
80歳代まで、日本はもとより世界で山スキーを楽しんだ。
雪崩に埋もれたこともあるという。

熊谷榧 岳人表紙シリーズより「山スキー靴」 刷り1983年
山の動物や草花など、30点ほどのシルク版画が制作された。

写真は、わたくしの“山みちスキー”
1965年(高2)の1月、吹雪の止んだ朝、雌阿寒(野中)温泉の
宿の主人が貸してくれたスキーで山道を下る。
国道まで出たら、板は道の脇に差しておけばいいからと。
この主人(野中正造さん)は、2019年『113歳』まで、ずっと
この山奥で暮らしていたギネス認定の世界最高齢男性であった。
温泉の話はいずれまた。
(いしだりょういち)
■石田了一(いしだりょういち)
シルクスクリーン刷り師・石田了一工房主宰
1947年北海道根室生まれ、1970 年美學校で岡部徳三氏に師事。
1971年、宇佐美圭司展(南画廊)で発表された<ボカシの 40 版>の版画で
工房をスタート。これまでにアンディ・ウォーホル、安藤忠雄、磯崎新、
草間彌生、熊谷守一、倉俣史朗、桑山忠明、五味太郎、 菅井汲、関根伸夫、
田名網敬一、寺山修司、鶴田一郎、萩原朔美、
毛綱毅曠、元永定正、脇田愛二郎、脇田和 他 ,
様々なジャンルのアーティストのシルクスクリーン作品を手掛ける。
●連載「刷り師・石田了一の仕事」は毎月3日の更新です。次回は2024年12月3日を予定しています。どうぞお楽しみに。
●本日のお勧め作品は熊谷守一です。
《揚羽蝶に百日草》
2011年(※原作1971年作)
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
20版12色27度刷り
イメージサイズ:33.0×24.0cm
シートサイズ:41.9×32.2cm
Ed.80
枠外に印章と限定番号及び、エンボス
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

石田了一
「これはね、黒い色ではなくて、暗い色なんだよ」
熊谷守一の優しく深い教えであった。
古い漆黒の『獅子頭』のテスト版を千早町のご自宅にお持ちし、見てもらったのは“仙人”が
最晩年95歳の時。
版元の都合で作品化されなかったけれど、以来、そのひと言は、私にとって、色への心構えの大切な宝物となった。
次女の榧さんが私設の熊谷守一美術館を1985年に開設されてからは、年に一度、シルクのポスターを作るようになった。
初期の頃は、掲示板のご案内のようなものだったが、その内、周年記念展の展示のために他の美術館などからお借りしてくる絵の中から1点選び、写真や画集をお手本に、熊谷守一が使うであろう色を想定して、刷り上げるようになっていった。
ポスターは会期前に出来ていなければいけないのが、実物の絵を目にするのは展覧会が始まってからになる。微妙に外れた色もあったりするが、各々のベタ色がしっくり嵌った時はしてやったり。
小品を作ることに決まっている絵の時は、ポスターであっても、収蔵している美術館に色合わせに行った。
色合わせといっても、想定した色を刷ったカラーチップ(色見本)を色ごとに何枚も持参して、原画と見比べ、目に焼き付け、明度・彩度などの塩梅をメモして来るだけである。
毎年一度、熊谷守一のチャーミングな色づかいに接する楽しみが28周年のポスターまで続いた。
文字のレイアウトは、単純に上下だけにして、中央にほぼ原寸サイズの作品を配置した。
あとで、作品だけ切り離して飾ることが出来るようにしたのである。
年を追うごとに完成度は高まり、単独のシルク作品としてもおかしくない域に達した頃、
版画として流通しないよう、ポスターの絵の裏に「これはポスターである」と記して欲しいとの要請があった。
「2匹の蟻さんとThe ○○th anniversary poster」をうすく刷り込むことにした。
これはこれで、クマガイモリカズのポスターをめぐるシュールなお話である。
榧さんとのご縁で、没後の熊谷守一の版画は小品も入れると40点近く刷ったことになる。

「あげ葉蝶」 9色刷り(+文字2色)
96歳(1976年)、絶筆の油絵。

「ヤキバノカエリ」 17色刷り(+文字2色)
守一さん、次女の榧さん、長男の黄さんに白く抱かれた
長女の萬さん。

「猫」 11色刷り(+表文字3色+裏文字1色)
愛知県美術館の収蔵庫へ行って色合わせをした。
このポスターのみ300部。いつもは100部である。
2007年、美術館は豊島区立となる。
2009年、副都心線が開通した。

ポスターの絵の裏に小さく刷り込んだ、2匹の蟻と文字。
表の絵に影響を与えないように極薄色で。

「兎」 7色刷り(+表文字3・裏文字1色)
諸々の事情で紙面は少し寂しくなったが、
兎は愛くるしい。

「冬の夜」 8色刷り(+表文字3色・裏文字1色)
最後のシルクポスターとなった。

熊谷守一 「夕暮れ」 刷り1992年
本人は、自画像だと言っていた。

熊谷榧 『山の12ヶ月』より「雪の八方」 刷り1975年
榧さんの“はり絵”のシルク版画集。
1958年から冬の間、この八方の山麓に13年住んでいた。
80歳代まで、日本はもとより世界で山スキーを楽しんだ。
雪崩に埋もれたこともあるという。

熊谷榧 岳人表紙シリーズより「山スキー靴」 刷り1983年
山の動物や草花など、30点ほどのシルク版画が制作された。

写真は、わたくしの“山みちスキー”
1965年(高2)の1月、吹雪の止んだ朝、雌阿寒(野中)温泉の
宿の主人が貸してくれたスキーで山道を下る。
国道まで出たら、板は道の脇に差しておけばいいからと。
この主人(野中正造さん)は、2019年『113歳』まで、ずっと
この山奥で暮らしていたギネス認定の世界最高齢男性であった。
温泉の話はいずれまた。
(いしだりょういち)
■石田了一(いしだりょういち)
シルクスクリーン刷り師・石田了一工房主宰
1947年北海道根室生まれ、1970 年美學校で岡部徳三氏に師事。
1971年、宇佐美圭司展(南画廊)で発表された<ボカシの 40 版>の版画で
工房をスタート。これまでにアンディ・ウォーホル、安藤忠雄、磯崎新、
草間彌生、熊谷守一、倉俣史朗、桑山忠明、五味太郎、 菅井汲、関根伸夫、
田名網敬一、寺山修司、鶴田一郎、萩原朔美、
毛綱毅曠、元永定正、脇田愛二郎、脇田和 他 ,
様々なジャンルのアーティストのシルクスクリーン作品を手掛ける。
●連載「刷り師・石田了一の仕事」は毎月3日の更新です。次回は2024年12月3日を予定しています。どうぞお楽しみに。
●本日のお勧め作品は熊谷守一です。

2011年(※原作1971年作)
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
20版12色27度刷り
イメージサイズ:33.0×24.0cm
シートサイズ:41.9×32.2cm
Ed.80
枠外に印章と限定番号及び、エンボス
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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