佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第18回

冬の日

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ポルトガルの冬は雨が多い。今年はそれほどでもないけれど、年によっては数ヶ月も雨の日が続き、空気中の湿度は限りなく100%に近く、気を抜くと家中がカビだらけになる。日本の夏の湿気も過酷だけれど、ポルトガルの冬の湿気もまたとても厄介だ。

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夏は知らない人でもすれ違いざまに目が合えばニコッと挨拶をしてくるポルトガル人だが、冬は如実にテンションが低い。体調を崩す人も多く、予定をキャンセルしようと連絡すると向こうも寝込んでいた、なんて事もよくある。人種、性別や個人のバイオリズムを簡単に凌駕する気候の力。熱でうなされている時は孤独なものだが、同時にみんなで乗り越えていると思うと少し励まされる。

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ポルトガルの医療レベルは意外にも(?)高いと言われる。しかも医療は居住権を持つ人なら分け隔てなく、どんな内容でも無料で受けられる。MRIも無料。出産も無料。バチスタ手術だって無料。これは素晴らしい仕組みで、一見日本よりも優れているように思えるが、大きな落とし穴がある。病院が常にパンクしているのだ。

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1~2時間待つのは当たり前、僕は最大8時間待った事がある。深刻な病状でなければ待てるけれど、一刻を争うような事態では笑えない。救急病院の場合トリアージがあり、病人を見て即座に赤・黄・緑の3段階で緊急度を振り分ける専門医がいるが、混雑は同じ。大量の病人を捌くだけあって、赤と判定されることはかなり稀である。娘が倒れて救急車で運ばれた時もトリアージは黄で、30分近く待たされて親としては生きた心地がしなかった。トリアージの基礎として、病状を強く訴えてくる病人は緊急性が低い、というものがある。本当に緊急な病人は訴える事すらできない。確かにその通りで、トリアージという仕事の気苦労は想像を絶する。

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そんなわけで、大混雑の公立病院を避けて私立病院を選択する人も多い。もちろん医療費はかかるので、そのための医療保険も多数存在する。そうなると私立に行けない人々の受け皿として最低限の医療を提供する公立、という図式になりそうだが、そう単純でないのがポルトガルの面白いところ。友人の話では、ポルトガルのトップレベルの医師たちは、私立病院より公立病院に多いらしい。決して裕福な国ではないけれど、この国の矜持をそこに見る。弱者に対しても、無料で最高の医療を受ける道が確保されている。

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病院で8時間待っていたとき、具合の悪い人々でごった返す待合室の中でも、ポルトガル人たちはなるべく良い雰囲気を作ろうと努力する。世間話に花を咲かせる。辛そうな病人に、自分も病人であるにもかかわらず順番を譲る人もいる。けれど体調の悪い自分にそんな寛容さもない。待ちくたびれてウンザリしていた頃、看護師がやってきて、白い箱を全員に配り始めた。なんだろう?開けてみると、スープとパンと果物。確かに今日ここに来てから何も食べてなかったな。。暖かくてほとんど具がないそのスープは、優しい味がした。

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(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2025年4月20日の予定です。

*画廊亭主敬白
ポルトガルに家族で移住された佐藤さんからの便り、かの国と私たちの住む国との違いを感じるとともに、「どこでも人情は篤いなあ」とも感じます。
<ポルトガルのトップレベルの医師たちは、私立病院より公立病院に多いらしい。決して裕福な国ではないけれど、この国の矜持をそこに見る。弱者に対しても、無料で最高の医療を受ける道が確保されている。>
亭主は大学4年間を、親からの仕送りなし、アルバイトと奨学金、友人の支援で乗り切りました。結構遊び、旅行もしていた。最近の若い人たちの貧困を聞くと、そんなことは無理らしい。
教育と医療、日本の未来を担う子供たちのことが心配ですね。

●本日のお勧め作品は熊谷守一です。
kumagai_12 (1)《茄子と仔猫》
2018年(※原作1961年作)
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
23版24色31度刷り
イメージサイズ:23.7×32.8cm
シートサイズ:32.2×41.9cm
Ed.80
枠外に印章と限定番号及び、エンボス
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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