佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第98回

大阪と香川の現場の話

インドから日本に戻ってきて、東北・関東・近畿・四国のそれぞれの現場を行ったり来たりしているうちにあっという間に一ヶ月がたってしまいそうな勢いである。日本を不在にしていた分だけ結局仕事が堆積し続けるので、やむを得ないところでもある。そして実は、こんなに遠い現場が複数同時にあるのも自分は初めてなので、現場に頻繁には通えないことから別種の工夫が必要となっていることも痛感している(自分はいままで現場に通い詰めることで、どうにかこうにかやってきたという自覚があるゆえに、これはおそらく他の人よりも大きな課題)。現場で施工してくれている方々とのやり取りはメールなりラインなりで色々と密にやることは可能なので、ある種の判断は都度できる。けれども、自分が現場で向き合ったときに得られていた新しいアイデア、当初のプランを軌道修正していく展開のトリガーのようなものを、現場から離れた場所で得ることが自分にはとても難しく、いろいろ頑張っている。現場での得られるだろう体験をスケッチ作業の中で想像したり、なるべく詳細はCGモデルを作ってグルグル回しながら全容把握を試みたり。大きめの模型を作ったりもしている。実のところはこの模型作りによって現場を緻密に想像、そして構想までが可能になればとても良いのだが、実のところ模型で得られる解像度の限界も一方では痛感している。ともかく、そんな現場外での藻掻き、足掻きにちかいトライアルを続けているのだが、どんなにやっても結局のところ不安は減ることなく巨大に横たわっているのだ、いつも。

数日前に、福島の建設会社さんと一緒に大阪・関西万博での建物の調整作業をやってきた。建物はすでに昨年の秋に完成していたのだが、実際に中を使うテレビ局さんやスポンサーさんの看板を取り付けたりなどの作業があった。その建物は全体を木の板で仕上げている。基礎も木の丸太でできている。なので、その正面に局の看板を取り付けた時の、建物との素材的な差異が少し気になり続けていた。看板は耐候性を考慮してラミネート加工がしてある。それで、現場入りするまでにいろいろと考え、検討して、最後はエイヤと、看板横の大きな窓の下の方をシルバー塗装することに決めた。塗装の輪郭は周囲に転がっている基礎の丸太の形状を意識しつつ。細かな形状はダンボールを型紙にして壁に当てながら、墨を出していった。

こんな看板や、壁への塗装一つで、建築の表情はガラリと変わる。シンプルに、あるいは事細かかつ統一的にまとめていればいくほどに、ある種の外的なモノを受け付けなくなり、その全体性はとても脆い。最近、自分自身はそんな統一性をどこまで保持すべきか、あるいは保持しないべきか迷い続けている。数年前はもっとヤンチャに、拡散的にやっていた気もする。

そんな迷いが中途半端な形で、この万博の自分のプロジェクトの中には漂い続けていた。けれども、この窓の下に塗装を施したことで、霧がすこし晴れて向こう側が見通せるようになったきがしている。要素が増えて、その建築自体の有り様はさらに複雑なものになった。他の人たち(設計屋)にはなかなか理解されないかもしれない。けれども、そのあたりに自分は生き延びるための強度を感じ始めてもいる。

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(塗装作業成果の一部。写真に写っているカンテレさんを始め、各局のキャラクターの可愛らしさにインスパイアされたきらいもある。)

大阪の現場の前後の日程で、香川の高松港でやっている現場の、設置した制作物の確認作業に向かった。こちらは石の基礎に鉄パイプを立て、開閉式の大きなサンシェードを付けている。足元には木の角材を並べたベンチを組み合わせている。かなり即物的な異種素材の組み合わせだが、その接触部分はそれぞれの専門業者さんの工夫が緻密に施されている。塗装部分を青系の色でまとめているのは、上で書いた統一性への試みでもあった。けれども実は、出来上がった風景を見て、迷いが生じてもいる。実はこの後、自分でいくつかのボルト・ナットの部分に別の彩色を施そうと考えている。統一性、という怪しいモノに若干の揺さぶりをかけてみようとしている。

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(高松港の制作物。石を見立てながら人為的に直線の加工を施すことで得られた断面がとても特徴的だった。美術家の五十嵐靖晃さんはその断面を眺めて「瀬戸内の海に浮かぶ島々の輪郭に似ている」と言っていて、すごいと思った。)

大阪の海では木をゴロリと、香川の海では石をドスンと置いている。瀬戸内海を通じてそれらは向かい合っており、自分としてはそれぞれを対置して考えてもいる、実はこっそりと。

(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2018年12月初個展「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」をときの忘れもので開催。2022年3月第2回個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を、2024年11月第3回個展「佐藤研吾展 くぐり間くぐり」をときの忘れもので開催した。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
sato-80《くぐり抜けるためのハコ2》  
2024年
木(ケヤキ、アラスカ桧、ラワン)、アルミ、柿渋、鉄媒染
W30.0×D50.0×H155cm
サインあり
*本作品はただいま開催中のアートフェア東京に出品展示しています。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。



●「アートフェア東京19(2025)」に出展参加しています
佐藤研吾さんは明日3月8日(土)15:00ごろ-19:00までブースにいます。
3000d520
会期=2025年3月6日(木)~3月9日(日)
会場:東京国際フォーラム B2FホールE/B1Fロビーギャラリー
出品作家:靉嘔、瑛九、倉俣史朗、佐藤研吾、塩見允枝子、ジョナス・メカス、細江英公、松本竣介
詳細は2月21日のブログに掲載しました。
皆様のご来場お待ちしております。


没後60年 ル・コルビュジエ 建築讃歌
会期:2025年3月11日(火)~3月22日(土)  11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊
ル・コルビュジエは 建築設計とともに油彩、彫刻、版画を精力的に制作しました。本展では版画作品を紹介するとともに、磯崎新安藤忠雄マイケル・グレイブス六角鬼丈高松伸など建築家のドローイング、版画作品も併せてご覧いただきます。
出品作品の詳細は3月1日ブログに掲載しました。
没後60年ル・コルビュジエ展 案内状 表面

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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