佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第19回

アルコバッサに進路を取れ

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ポルトガル人は車の運転が荒い。普段穏やかで優しいポルトガル人が、運転時は豹変する。無理な追い越しや、カーブを猛スピードで突っ込んで、ガードレールもろとも大破。そんな痕跡の不自然にひしゃげたガードレールを街中至る所で見ることができる。つまり安全運転は技術ではなく運。そんな国で初めてレンタカーした。

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100km程度の目的地をマップに入力すると、なんと途中7ヶ所で故障車発生マーク。出発前から手に汗にぎる。こちらの高速道路は車線の増減が激しく、しかも場所によって低速側である走行車線が消えて追越車線に一本化されたりするので、気が休まらない。追越車線に入った瞬間にあおられる。やっと走行車線が現れたのですぐに移る。後続車がかすめるように追い抜いていく。ホッとしたのも束の間、車線が無くなるのでまた追越車線に割り込む。するとあおられる……どうして走行車線の側を消すのか。

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そこまでして何処を目指すのかといえば、修道院である。ポルトガルには世界遺産の修道院が4つある。リスボンにあるジェロニモス修道院はポルトガルに訪れる多くの人が立ち寄る定番スポットだ。ベレンの駅からすぐだし、近くにパステル・デ・ナタ(エッグタルト)の美味しい店もあるものだから、ピクニック気分で出かけられる。残りの3つ、トマール修道院、バタリャ修道院、アルコバッサ修道院は、それぞれポルトガル中部の丘陵地に点在する。バスでまわることも不可能ではないが、やはり車の方が融通が効くだろうと覚悟を決めた結果、今こうしてあおられている。

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無計画がたたって、一番遠いトマールの修道院には立ち寄る時間がなくなり、バタリャ修道院に向かう。ポルトガルの歴史を変えた一戦「アルジュバロータの戦い」での勝利を記念して1386年に創建された修道院で、「バタリャ」は戦闘を意味する。緩やかなカーブを曲がりながら山あいを抜けていくと、眼下に小さな街が見えてくる。その中央に、そこだけ時が止まったかのような威容で静かに佇んでいる建物。街の規模に対して随分大きく感じる。

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ポルトガルには大航海時代に生まれたマヌエル様式という建築様式がある。リスボンのジェロニモス修道院はその傑作と言われる。空間形式というより装飾的なもので、貝やロープや天球儀など航海にまつわるモチーフが所狭しと彫り込まれ、その密度とボリュームに圧倒される。細やかな技巧に目を見張る反面、栄華を誇示するがゆえに過剰でもある。うまい例えではないがラーメンでいうと二郎系、一つ見ただけでかなり満腹になる。

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バタリャ修道院は建設期間が2世紀に及ぶため、ゴシックをベースにしながらルネサンスも混ざって行き、後半にマヌエル様式が入ってくる。そのため装飾具合に適度なムラがあり、それがちょうど良い。礼拝堂は完成を見ずに放棄され屋根がないのだけれど、この美しさと言ったらない。その時は小雨が降っていて、屋内だったはずの床にうっすら水溜まりができていて、タルコフスキーの映画のような静謐さ。雨ざらしで黒ずんだ細かいレリーフはアンコール・ワットのようでもある。命を賭けて運転してきた甲斐があった。

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ところで「ポルトガル的」と言われるものは、どうも一様に濃い。ジェロニモス修道院しかり、シントラのペーナ宮殿や、エヴォラの人骨堂、ボルダロの陶器、ポーラ・レゴの絵画等々、濃いものを挙げたらきりがない。具象的で、人によってはグロテスクとすら感じるかもしれない。疑問なのは、それらとアルヴァロ・シザに代表されるポルトガル現代建築の隔たりだ。シザの建築は、ほとんどが真っ白で極端にすっきりとした形をしている。二郎系からそうめんが生まれるなんてことがあるだろうか。

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次の目的地アルコバッサ修道院に着いて、数年思っていたそんな疑問が氷解していった。アルコバッサ修道院は1178年創建でバタリャ修道院より古く、ポルトガルの建国とほぼ同時期だ。マヌエル様式以前の建築だが、それ以上に全く装飾的な部分がない。理由は明らかで、厳律で知られるカトリック教シトー派修道会(シトー会)に寄進された修道院だからである。シトー会は教会内の一切の装飾を禁じている。寄進した意図にはポルトガル初代国王アフォンソ1世の政略があるのだけれど、ポルトガルがアルコバッサ修道院と共に始まったことの意味は大きい。二郎系は後世に訪れた一大ブームであって、元はそうめんだったのだ。

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アルコバッサの空間の質を、シザは見事に現代に引き継いでいるように見える。その質はモダニズムともミニマリズムとも似て非なる、ポルトガル特有のものに感じる。そこにはあまり合理化の気配を感じない。確かに装飾は削ぎ落とされシンプルなのだけれど、ミニマルではない。それはシトー会の厳律が目指したものに似ているのかもしれない。厳しい戒律によってむしろ豊穣な精神が育まれる、そんな豊かさが空間に満ちているのを感じる。ポルトガル産のピンクがかった大理石が持つ、透き通るような柔らかさも一役買っている。こんな美しい建築が、ポルトガルのルーツと共にあったのだ。

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雨の高速道路を、車線変更を繰り返して無事に帰宅した。正確には無事ではなくて、駐車場から出る際に花壇を巻き込んで右前ドアが凹んだのだった。翌朝レンタカーを返却すると、スタッフは気の毒にという顔をしつつしっかり確認して、「損傷は右前ドアと、シャーシ、それに右後ドアにも小さい傷があるので、3パーツですね」ポルトガルの修道院はどれも同じようなものだろうと思っていた自分の勉強代と考えれば高くはない……かな。請求書はピンクがかっていて、大理石の色にちょっと似ていた。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2025年6月20日の予定です。

●本日のお勧め作品は宮脇愛子です。
miyawaki-46《無題》
1980年
エッチング
35.8×20.0cm
Ed.25
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。


「ポートレイト/松本竣介と現代作家たち」展
2025年4月16日(水)~4月26日(土)11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
377_a出品作家:松本竣介、野田英夫、舟越保武、小野隆生、靉嘔、池田満寿夫、宮脇愛子+マン・レイ、北川民次、ジャン・コクトーほか

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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