本日4月29日は、日和崎尊夫先生(1941年(昭和16年)7月31日 - 1992年(平成4年)4月29日))の命日です。お元気であれば今年84歳ですが、1992年に50歳の若さで食道ガンのため高知市の図南病院で亡くなられました。今年は没後33年となります。
木口木版(こぐちもくはん)というあまりやる人もない技法に取り組み、現代版画の世界に新風を吹き込んだ高知県出身の版画家として知られています。
畦地梅太郎の板目木版の講習を受けたことがきっかけで版画の世界と出会い、恩地孝四郎作品や著作等を読んで木口木版を独学で勉強していきます。
木口木版画とは、輪切りにした木の断面をビュラン(彫刻刀)等で刻み込み、紙に刷る版画です。
日和崎先生は「下絵は描かずに湧き出るイメージをアドリブで一気に彫っていく彼の手法は晩年まで変わることは無かった」(『闇を刻む詩人 - 日和崎尊夫 木口木版画の世界 - 』(1995年、高知県立美術館・渋谷区立松濤美術館)より引用)そうです。
白と黒の闇の世界を緻密に描く作品で注目された日和崎先生は、60年代末から70年代にかけて《KALPA》《海渕の薔薇》シリーズや版画集『ピエロの見た夢』『薔薇刑』などの代表作を発表しています。
1968年に上京した後で日和崎先生はノイローゼになってしまい、そのとき『老子』や『法華経』を読んで精神を保っていたそうです。作品タイトルになっている「KALPA(カルパ、劫)」とは、仏教が説く「極めて長い宇宙論的な時間」ですが、日和崎先生にとっては宇宙的な奥行きや内的な深さを示した概念でもあったようです。
「日和崎尊夫が画家にならずに版画家に、それも板目木版から始めながら自らの運命に導かれるように木口木版にのめりこんで、その新たな可能性を斬り開くような版画家になったのは、硬い木口に鑿をふるうその物質的な抵抗感、その確かさと不安のようなものにとらえられたからに相違ない。」
谷川渥「日和崎尊夫 星と薔薇」版画掌誌ときの忘れもの第5号より
■日和崎尊夫 Takao HIWASAKI
1941年高知市生まれ。武蔵野美術学校卒業。日本美術家連盟の版画工房で畦地梅太郎の講習と、加藤清美の腐食銅版画の講習を受講。64年帰郷し、廃れていた木口木版画技法を独学で身につけ、[海渕の薔薇][KALPA]など完成度の高い作品を発表。66年日本版画協会新人賞、67年日本版画協会賞を受賞。77年木口木版画家の会[鑿の会]結成に参加。91年山口源大賞を受賞するが、翌年食道癌のため永逝(50歳)。「時の流れは早く、ビュランの彫りはかぼそい。だが、たとえこの星が微細なまばたきであれ、けっしてその光を消してはならないー。1978年3月 日和崎尊夫」
長谷川潔、駒井哲郎とともに[版]でしか表現できない独自の世界を築き、数々の酒にまつわる武勇伝に彩られた天才画家は50歳で逝き、あとには500点余りの木口木版画が残されました。闇を刻む詩人の精緻な作品には本物だけが持つ品格が備わっています。
ときの忘れものコレクションからお勧めの日和崎作品をご案内します。





日和崎尊夫
《KALPA 74》
1974年
木口木版
イメージサイズ:25.5×20.0cm
Ed.50
サインあり
「木口木版は、柘植(つげ)、椿、梨、楓など硬い木を輪切りにして年輪が渦状に見える状態を版にして彫ります。ビュランという鋭い刃をもった彫刻刀で彫るので、緻密な表現に適し、一見すると銅版画のようです。」
日和崎尊夫の大作と悪戦苦闘「ピエロ」「新世界」より





日和崎尊夫
《夜のモザイク-III》
1979年
木口木版
イメージサイズ:18.7×17.9cm
Ed.50
サインあり
「無邪気な天邪鬼(柄澤齊)とも称される日和崎尊夫は、独学で木口木版画の技術を体得し、日本版画協会展で新人賞を受賞するまでになった。」
栗田秀法「現代版画の散歩道」第11回 日和崎尊夫「詩画集 緑の導火線」より




日和崎尊夫
《薔薇刑・6・凝視》
1970年
木口木版
イメージサイズ:11.0×7.0cm
A.P.2
サインあり
「生きているときは敬遠して逃げ回っていたのに、亡くなられると懐かしさばかりがこみ上げてくる、そんな作家でした。アトリエを守る雅代夫人の協力を得て、遺作展を開き、オリジナル版画入り『版画掌誌第5号』(後刷りではなく、生前の刷り)を刊行することができました。」
没後25年 日和崎尊夫×ディラン・トマス「緑の導火線(THE GREEN FUSE)」より
ぜひコレクションにご検討ください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
お酒の武勇伝が伝えられますが、素面のときは無口で静かな人でした。日和崎先生逝って33年、4歳下の亭主はいたずらに馬齢を重ねるばかり。
ちなみに昨日4月28日は瑛九の誕生日でした。今年は瑛九生誕114年の年です。
「認知症」と言う言葉はいつから使われるようになったのでしょうか。亭主の子供の頃にはそんな言葉はなかった。
<日本は今や世界一ともいわれる超高齢化社会。老いた後の介護をどうすべきか~~~>
先日の2025年4月14日東京新聞朝刊の4面に福岡の「宅老所よりあい」代表<あの人に迫る 村瀬孝生 「すごみ」「出会い」奥深い介護現場>という記事が掲載されました。
「認知症」という病名について、<お年寄りが加齢に伴って変容していく当たり前の状態を病気として捉えることに違和感を持つ>とあります。
老いれば「ぼけ」るのは自然、病気でも何でもない。
これから「ボケ」ました、と威張って言うぞ。きっとボケたからこそ見える風景や、新たなコミニュケーションの可能性もあるのだと思う記事でした。
●松本莞さんが『父、松本竣介』(みすず書房刊)を刊行されました。ときの忘れものでは莞さんのサインカード付本書を頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートークを開催してゆく予定です。
『父、松本竣介』の詳細は1月18日ブログをお読みください。
ときの忘れものが今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
画家の堀江栞さんが、かたばみ書房の連載エッセイ「不手際のエスキース」第3回で「下塗りの夢」と題して卓抜な竣介論を執筆されています。
著者・松本莞
『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

木口木版(こぐちもくはん)というあまりやる人もない技法に取り組み、現代版画の世界に新風を吹き込んだ高知県出身の版画家として知られています。
畦地梅太郎の板目木版の講習を受けたことがきっかけで版画の世界と出会い、恩地孝四郎作品や著作等を読んで木口木版を独学で勉強していきます。
木口木版画とは、輪切りにした木の断面をビュラン(彫刻刀)等で刻み込み、紙に刷る版画です。
日和崎先生は「下絵は描かずに湧き出るイメージをアドリブで一気に彫っていく彼の手法は晩年まで変わることは無かった」(『闇を刻む詩人 - 日和崎尊夫 木口木版画の世界 - 』(1995年、高知県立美術館・渋谷区立松濤美術館)より引用)そうです。
白と黒の闇の世界を緻密に描く作品で注目された日和崎先生は、60年代末から70年代にかけて《KALPA》《海渕の薔薇》シリーズや版画集『ピエロの見た夢』『薔薇刑』などの代表作を発表しています。
1968年に上京した後で日和崎先生はノイローゼになってしまい、そのとき『老子』や『法華経』を読んで精神を保っていたそうです。作品タイトルになっている「KALPA(カルパ、劫)」とは、仏教が説く「極めて長い宇宙論的な時間」ですが、日和崎先生にとっては宇宙的な奥行きや内的な深さを示した概念でもあったようです。
「日和崎尊夫が画家にならずに版画家に、それも板目木版から始めながら自らの運命に導かれるように木口木版にのめりこんで、その新たな可能性を斬り開くような版画家になったのは、硬い木口に鑿をふるうその物質的な抵抗感、その確かさと不安のようなものにとらえられたからに相違ない。」
谷川渥「日和崎尊夫 星と薔薇」版画掌誌ときの忘れもの第5号より
■日和崎尊夫 Takao HIWASAKI
1941年高知市生まれ。武蔵野美術学校卒業。日本美術家連盟の版画工房で畦地梅太郎の講習と、加藤清美の腐食銅版画の講習を受講。64年帰郷し、廃れていた木口木版画技法を独学で身につけ、[海渕の薔薇][KALPA]など完成度の高い作品を発表。66年日本版画協会新人賞、67年日本版画協会賞を受賞。77年木口木版画家の会[鑿の会]結成に参加。91年山口源大賞を受賞するが、翌年食道癌のため永逝(50歳)。「時の流れは早く、ビュランの彫りはかぼそい。だが、たとえこの星が微細なまばたきであれ、けっしてその光を消してはならないー。1978年3月 日和崎尊夫」
長谷川潔、駒井哲郎とともに[版]でしか表現できない独自の世界を築き、数々の酒にまつわる武勇伝に彩られた天才画家は50歳で逝き、あとには500点余りの木口木版画が残されました。闇を刻む詩人の精緻な作品には本物だけが持つ品格が備わっています。
ときの忘れものコレクションからお勧めの日和崎作品をご案内します。





日和崎尊夫
《KALPA 74》
1974年
木口木版
イメージサイズ:25.5×20.0cm
Ed.50
サインあり
「木口木版は、柘植(つげ)、椿、梨、楓など硬い木を輪切りにして年輪が渦状に見える状態を版にして彫ります。ビュランという鋭い刃をもった彫刻刀で彫るので、緻密な表現に適し、一見すると銅版画のようです。」
日和崎尊夫の大作と悪戦苦闘「ピエロ」「新世界」より





日和崎尊夫
《夜のモザイク-III》
1979年
木口木版
イメージサイズ:18.7×17.9cm
Ed.50
サインあり
「無邪気な天邪鬼(柄澤齊)とも称される日和崎尊夫は、独学で木口木版画の技術を体得し、日本版画協会展で新人賞を受賞するまでになった。」
栗田秀法「現代版画の散歩道」第11回 日和崎尊夫「詩画集 緑の導火線」より




日和崎尊夫
《薔薇刑・6・凝視》
1970年
木口木版
イメージサイズ:11.0×7.0cm
A.P.2
サインあり
「生きているときは敬遠して逃げ回っていたのに、亡くなられると懐かしさばかりがこみ上げてくる、そんな作家でした。アトリエを守る雅代夫人の協力を得て、遺作展を開き、オリジナル版画入り『版画掌誌第5号』(後刷りではなく、生前の刷り)を刊行することができました。」
没後25年 日和崎尊夫×ディラン・トマス「緑の導火線(THE GREEN FUSE)」より
ぜひコレクションにご検討ください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
お酒の武勇伝が伝えられますが、素面のときは無口で静かな人でした。日和崎先生逝って33年、4歳下の亭主はいたずらに馬齢を重ねるばかり。
ちなみに昨日4月28日は瑛九の誕生日でした。今年は瑛九生誕114年の年です。
「認知症」と言う言葉はいつから使われるようになったのでしょうか。亭主の子供の頃にはそんな言葉はなかった。
<日本は今や世界一ともいわれる超高齢化社会。老いた後の介護をどうすべきか~~~>
先日の2025年4月14日東京新聞朝刊の4面に福岡の「宅老所よりあい」代表<あの人に迫る 村瀬孝生 「すごみ」「出会い」奥深い介護現場>という記事が掲載されました。
「認知症」という病名について、<お年寄りが加齢に伴って変容していく当たり前の状態を病気として捉えることに違和感を持つ>とあります。
老いれば「ぼけ」るのは自然、病気でも何でもない。
これから「ボケ」ました、と威張って言うぞ。きっとボケたからこそ見える風景や、新たなコミニュケーションの可能性もあるのだと思う記事でした。
●松本莞さんが『父、松本竣介』(みすず書房刊)を刊行されました。ときの忘れものでは莞さんのサインカード付本書を頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートークを開催してゆく予定です。
『父、松本竣介』の詳細は1月18日ブログをお読みください。
ときの忘れものが今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
画家の堀江栞さんが、かたばみ書房の連載エッセイ「不手際のエスキース」第3回で「下塗りの夢」と題して卓抜な竣介論を執筆されています。

『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

コメント