暗がりの展示室、わらわらとした人だかりの中に、長い白髪とスッと伸びる背中を見つけた。初めて目にしたパティ・スミスの姿だった。

パティ・スミスはアメリカ出身の詩人であり、アーティスト。「クイーン・オブ・パンク」とも称され、次世代のミュージシャンたちに大きな影響を与えてきた。写真家のロバート・メイプルソープと共同生活を送っていたことでも知られている。
今回、私がその姿を目にしたのは東京都現代美術館で6月29日まで開催されている「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展のレセプション会場でのことだった。間抜けなことに、本人が来日していることを当日知った自分は、レジェンドとの突然の邂逅に真正面から話しかける勇気がなく、せめて上掲のうしろ姿を写真におさめたのだった。

会場では、現代音響芸術集団・サウンドウォーク・コレクティヴが世界各地で拾い集めた音の記憶に呼応してパティ・スミスが詩を書き下ろした「往復書簡(correspondence)」の内容を軸に、映像や平面・立体作品、テキストが展示されている。関係者によれば、パティは10年以上にわたって続けてきたこのプロジェクトに「いま一番熱を注いでいる」のだという。
ひときわ目を引くのは、それぞれに異なるテーマを持つという8つの映像インスタレーションが大画面でループ再生されている様子だ。この日は展示期間中に配布されているという映像内容についてのハンドアウトが用意されておらず、かなりの人が椅子のない会場内を行き来していたため、腰を据えてそれぞれの映像に向き合い、その内容を捉えることは残念ながら困難だった。


日本で滞在制作されたのだという「沈黙の岩」(中央)や花のドローイング(右手)
ただ、大きなスクリーンで流れる山火事の映像(パティが生まれてから現在までの78年間に起こった山火事を網羅しているのだという)や絶滅した動物たちの名前の羅列、原発事故や原爆に関する作品群を見ていると、パティと交流のあったジョナス・メカスの遺作『Requiem』のことを思い出さずにはいられなかった。



「No more」と繰り返される原爆についての作品。パティは今回の旅で広島も訪れている
自らがメディアを通して目にしてきた人類の負の歴史や悲劇と、身近に咲く美しい花々を交互に捉えたメカスと、環境破壊を直視しながらも、その傍に芸術家たち(ゴダール、パゾリーニ、タルコフスキー、芥川、太宰……)や、素朴な花の存在、そして自らの詩を位置づけたパティ。

パティ・スミスによる直筆詩

太宰の名が読み取れるドローイング。それぞれの作品には展示直前まで描きこみを続けていたのだという
NYのアンソロジー・フィルム・アーカイブスでパフォーマンスを重ね、訃報の際には追悼コメントを発表するなど、メカスと深い交流のあったパティは、詩人どうし、そして同じ山羊座どうしでもある彼とどんな会話を重ねていたのだろう。『Requiem』は観たのだろうか。思わずそんな想像が膨らむ。
帰宅後、なにげなく「パティ・スミス ジョナス・メカス」と検索してみると、偶然ヒットした畠中実さんによる記事に、今回の展示内容とどこか重なるようなパティの言葉を見つけた。
「ダライ・ラマに会って、「若い人たちが出来る最も大事なこととは何ですか?」と聞いた時、ダイラ・ラマはチベット情勢のことには一言も触れず、開口一番「環境を守らなくてはならない」と言った。領土侵犯、愛国心、移民問題、思想の相違など、人々が反目する原因はたくさんあるけれど、綺麗な空気と綺麗な水を作り、子供たちのために食料を確保し、自然を大事にし、地球を大切にしなくてはならないということに、みんなが一致団結して取り組むべきだと思う。私の夢は、みんなが、それぞれの政府や企業に疲れ果て、自分達を縛っている鎖を引きちぎること。そして、みんなが、「お金がなくても、いい鞄がなくても、二つ携帯電話が無くても、ピカピカの車に乗らなくても、私達は気にしない」と思ってくれること」
受付台で観客とにこやかに談話し終えたパティは、まるで自分の作品を最終点検するような真剣な眼差しで、たった一人会場内を巡っていた。
(スタッフI)
●イベント情報
「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」
2025年4月26日(土)-6月29日(日)
会場:東京都現代美術館
●本日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。
《バラ》
2009年
CIBA print
35.4×27.5cm
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「2025コレクション展3/駒井哲郎、菅井汲、池田満寿夫」
会期=2025年5月21日(水)~5月24日(土)11:00-19:00
※前回展DMで予告していた日程から会期が変更となりました
詳しい出品内容は5月20日のブログに掲載しました。
●松本莞さんが『父、松本竣介』(みすず書房刊)を刊行されました。ときの忘れものでは莞さんのサインカード付本書を頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートークを開催してゆく予定です。
『父、松本竣介』の詳細は1月18日ブログをお読みください。
ときの忘れものが今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
画家の堀江栞さんが、かたばみ書房の連載エッセイ「不手際のエスキース」第3回で「下塗りの夢」と題して卓抜な竣介論を執筆されています。
著者・松本莞
『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。


パティ・スミスはアメリカ出身の詩人であり、アーティスト。「クイーン・オブ・パンク」とも称され、次世代のミュージシャンたちに大きな影響を与えてきた。写真家のロバート・メイプルソープと共同生活を送っていたことでも知られている。
今回、私がその姿を目にしたのは東京都現代美術館で6月29日まで開催されている「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展のレセプション会場でのことだった。間抜けなことに、本人が来日していることを当日知った自分は、レジェンドとの突然の邂逅に真正面から話しかける勇気がなく、せめて上掲のうしろ姿を写真におさめたのだった。

会場では、現代音響芸術集団・サウンドウォーク・コレクティヴが世界各地で拾い集めた音の記憶に呼応してパティ・スミスが詩を書き下ろした「往復書簡(correspondence)」の内容を軸に、映像や平面・立体作品、テキストが展示されている。関係者によれば、パティは10年以上にわたって続けてきたこのプロジェクトに「いま一番熱を注いでいる」のだという。
ひときわ目を引くのは、それぞれに異なるテーマを持つという8つの映像インスタレーションが大画面でループ再生されている様子だ。この日は展示期間中に配布されているという映像内容についてのハンドアウトが用意されておらず、かなりの人が椅子のない会場内を行き来していたため、腰を据えてそれぞれの映像に向き合い、その内容を捉えることは残念ながら困難だった。


日本で滞在制作されたのだという「沈黙の岩」(中央)や花のドローイング(右手)
ただ、大きなスクリーンで流れる山火事の映像(パティが生まれてから現在までの78年間に起こった山火事を網羅しているのだという)や絶滅した動物たちの名前の羅列、原発事故や原爆に関する作品群を見ていると、パティと交流のあったジョナス・メカスの遺作『Requiem』のことを思い出さずにはいられなかった。



「No more」と繰り返される原爆についての作品。パティは今回の旅で広島も訪れている
自らがメディアを通して目にしてきた人類の負の歴史や悲劇と、身近に咲く美しい花々を交互に捉えたメカスと、環境破壊を直視しながらも、その傍に芸術家たち(ゴダール、パゾリーニ、タルコフスキー、芥川、太宰……)や、素朴な花の存在、そして自らの詩を位置づけたパティ。

パティ・スミスによる直筆詩

太宰の名が読み取れるドローイング。それぞれの作品には展示直前まで描きこみを続けていたのだという
NYのアンソロジー・フィルム・アーカイブスでパフォーマンスを重ね、訃報の際には追悼コメントを発表するなど、メカスと深い交流のあったパティは、詩人どうし、そして同じ山羊座どうしでもある彼とどんな会話を重ねていたのだろう。『Requiem』は観たのだろうか。思わずそんな想像が膨らむ。
帰宅後、なにげなく「パティ・スミス ジョナス・メカス」と検索してみると、偶然ヒットした畠中実さんによる記事に、今回の展示内容とどこか重なるようなパティの言葉を見つけた。
「ダライ・ラマに会って、「若い人たちが出来る最も大事なこととは何ですか?」と聞いた時、ダイラ・ラマはチベット情勢のことには一言も触れず、開口一番「環境を守らなくてはならない」と言った。領土侵犯、愛国心、移民問題、思想の相違など、人々が反目する原因はたくさんあるけれど、綺麗な空気と綺麗な水を作り、子供たちのために食料を確保し、自然を大事にし、地球を大切にしなくてはならないということに、みんなが一致団結して取り組むべきだと思う。私の夢は、みんなが、それぞれの政府や企業に疲れ果て、自分達を縛っている鎖を引きちぎること。そして、みんなが、「お金がなくても、いい鞄がなくても、二つ携帯電話が無くても、ピカピカの車に乗らなくても、私達は気にしない」と思ってくれること」
受付台で観客とにこやかに談話し終えたパティは、まるで自分の作品を最終点検するような真剣な眼差しで、たった一人会場内を巡っていた。
(スタッフI)
●イベント情報
「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」
2025年4月26日(土)-6月29日(日)
会場:東京都現代美術館
●本日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。

2009年
CIBA print
35.4×27.5cm
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「2025コレクション展3/駒井哲郎、菅井汲、池田満寿夫」
会期=2025年5月21日(水)~5月24日(土)11:00-19:00
※前回展DMで予告していた日程から会期が変更となりました

●松本莞さんが『父、松本竣介』(みすず書房刊)を刊行されました。ときの忘れものでは莞さんのサインカード付本書を頒布するとともに、年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートークを開催してゆく予定です。
『父、松本竣介』の詳細は1月18日ブログをお読みください。
ときの忘れものが今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
画家の堀江栞さんが、かたばみ書房の連載エッセイ「不手際のエスキース」第3回で「下塗りの夢」と題して卓抜な竣介論を執筆されています。

『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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