◆ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート
第8回


日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円

定員に達したため、締め切りました。

 

今回から3回の予定で、鍵盤奏者/作曲家の武久源造さんが登場します。武久さんには「映像喚起的な曲」というテーマをお伝えし選曲していただきました。アートギャラリーで行われるコンサートに相応しく、視覚と聴覚を横断するようなプログラムが構成されています。

武久さんは、バッハやブクステフーデなどバロック時代の鍵盤曲の名手として知られていますが、今回は、使用するスクエアピアノの製作年代にあわせ、彼のレパートリーとしては新しく感じる19世紀前半、ロマン派の曲が並んでいます。

17世紀末に発明されたピアノは、時代を経るに従って工夫を重ね、大きな変化を遂げてきました。この変化は、19世紀も後半になって、専用ホールを会場とした興行としてのコンサートという制度ができてからは、大編成のオーケストラにも拮抗しうる独奏楽器として、大音量の出るマッチョなピアノを設計する方向に向かいます。現代のコンサートホールに備えられているグランドピアノはその到達点です。しかし、コンサートホールがまだ一般的でなかった時代のスクエアピアノは、大コンサートホールで演奏されることを想定していません。住宅規模の空間にあって、普段は蓋を閉めて四角いテーブルや作業台、つまり家具のひとつとして用いられ、弾く時だけ蓋を開けて楽器になる、といった使われ方をしていました。日常生活に溶け込んだピアノだったようです。このスクエアピアノの設計にとって、大音量は必ずしも優先事項ではありませんでした。

今回武久さんが演奏するスクエアピアノは、もともと音楽大学の博物館が所蔵していたとのことですが、長年メンテナンスもされぬまま使われていませんでした。武久さんの手元に来てから、彼が自分で弦を張替え、時間をかけて調整した挙句、ようやく息を吹き返して音が鳴るようになったとのことです。その硬質で透明度の高い音を何かに喩えると「水晶を叩いたような音」といえるでしょうか。音量も音質も現代のピアノとはまるで違う、もはや別の楽器のような印象ですが、シューマンやシューベルトがピアノ曲の創作にあたり前提としていたのは、この水晶のような音だったと思われます。

「ときの忘れもの」の、まさに住宅規模の空間で演奏されるスクエアピアノの音は、2世紀前の音楽家が描いていたイメージを現代に引き寄せて、まだ誰も知らない新しい景色を見せてくれるでしょう。
(おおのこう・20180721)

 

武久源造さんからのメッセージ:

今回使用する楽器は、1830年代にウィーンでSeuffert & Seidler社によって作られたスクェア・ピアノです。それで今回は、ほぼその時代にウィーン周辺で作られた曲をメインにしました。

R.シューマン アラベスク 作品18
これは、シューマンが1839年に創った曲。その前年の1838年からシューマンは、恋人のクララとウィーンに逃避行をしておりました。シューマンは病気のために、指が動かなかったり、いろいろと体の不調がありました。後には、とうとう精神を病んでしまうわけです。そのことをうすうす知っていたクララの父親は、絶対に彼らの結婚を認めようとはしませんでした。しかし、シューマンは、なんとしてもクララと結婚する意志を捨てず、それがこの時期の作品の原動力になったようです。折も折、トルコから伝わったアラベスクは、ちょうどこのころからヨーロッパ中で流行し始めます。これをシューマンは史上初めて、音楽に取り入れたわけです。1839年といえば、ちょうど私のスクェア・ピアノが作られた時期で、まさに、ピンポイント的に、このピアノのカラフルな響きの中で、シューマンが作曲した曲だと言えます。

F.シューベルト 即興曲 作品90より2〜4番
この有名な曲集は、シューベルトが1827年に作曲したものですが、その翌年に彼は世を去っています。これもまた、時代的に、今回用いるピアノが作られたのと同じ時期の作品です。このピアノの時にハープのような、また、ツィンバロンのような音色によって、これらの曲の絵画的要素を存分に引き出すことができます。特に第4番は、波打つ水に映る光の織りなす風景を巧みに描写していると言われています。

F.シューベルト 四手連弾のためのファンタジー へ短調 作品103 
共演:山川節子
この曲は、シューベルトがまさに世を去る1828年に書かれた大作です。この中にはバロック的なスタイルも顔を出し、シューベルトが最も得意とした、歌唱的でロマンティックな旋律が全体の基調を成しますが、バッハ風のフーガが最後を締めくくるという壮大な設計です。このピアノの骨太の低音、チェンバロのように倍音の多い高音は、この曲の魅力を大いに引き出してくれます。

なお、本コンサートではこの他に、シューマンがやはり同時期に書いたトロイメライや、メンデルスゾーンの無言歌の中から紬歌など有名な曲も、時間の許す限り弾こうと思っています。
(たけひさ げんぞう)

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■武久 源造 Genzoh Takehisa [スクエア・ピアノ]
1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。以後、国内外で活発に演奏活動を行う。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。
91年よりプロデュースも含め30数作品のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1〜9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集 Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画・2002年)。1998〜2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。


■大野 幸(建築家) Ko OONO, Architect
本籍広島。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同修士課程修了、同年「磯崎新アトリエ」に参加。「Arata Isozaki 1960/1990 Architecture(世界巡回展)」「エジプト文明史博物館展示計画」「有時庵」「奈義町現代美術館」「シェイク・サウド邸」などを担当。2001年「大野幸空間研究所」設立後、「テサロニキ・メガロン・コンサートホール」を磯崎新と協働。2012年「設計対話」設立メンバーとなり、中国を起点としアジア全域に業務を拡大。現在「イソザキ・アオキ アンド アソシエイツ」に参加し「エジプト日本科学技術大学(アレキサンドリア)」が進行中。ピリオド楽器でバッハのカンタータ演奏などに参加しているヴァイオリニスト。


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