◆ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート
第9回


日時:2018年11月24日(土)15:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
今回は午後3時開演です。
ちょうど近くの六義園の紅葉のライトアップの時期です。
*要予約=料金:1,000円

定員に達したため、締め切りました。

 

今回は、武久源造さんにバッハ(1685-1750)より少し年上のクーナウ(1660-1722)とクープラン(1668-1733)をチェンバロで演奏していただきます。楽器と曲の解説は、武久さんご本人に書いていただきました。

ここでは、現代のアートギャラリーでバロック期の音楽を聴くこと、について考えてみました。

バロック期、と縛ったのは、この時代の「音楽」という言葉の持つ意味が今とは若干違うのではないかと感じているからです。音楽は中世から近世にかけて自由七科=セブンリベラルアーツのひとつとして位置づけられていた理系の学問でした。文系3科は、文法・論理学・修辞学、理系の4科が幾何学・算術・天文学そして音楽です。音楽が理系の学問だというところが面白い。これは、ピタゴラスが音程という概念を発見したといわれている時代から受け継いだ伝統だと思いますが、音楽は、幾何学や算術そして天文学のような目に見えない象徴的なものを扱う学問と同じカテゴリーの学問として定義づけられていました。同時代のライプニッツは「音楽は魂が知らず数える算術の実践だ」と言っています。

この時代、音楽は現代一般のように作曲家や演奏者個人の感情を一方的に表現する手段などではなく、数学的理論、組織的語彙に裏付けされた共通認識として存在していました。作曲者・演奏者も、聴衆も、音楽の要素が持つ様々な語彙を互いに共有していて、その上で音楽が伝わる。音楽が伝えようとする内容は、音型、調性など、全て意味ある要素によって構成されていて、無駄な音要素はひとつもない、このことがバロック期の音楽の特徴ではないかと思います。ならば、バロックの曲を聴くには、音要素ひとつひとつの象徴的な意味を理解した上で曲の内容を咀嚼するといった困難な作業や、歴史家や考古学者のように時空を超えた場所に自分を置くことが求められているようでもあり、それでは現代人の我々にとって、あまりにハードルが高いのではないか?と腰が引けるかも知れませんが、そんなことは気にしなくても聴いていたらなんだか気持ちがいい。なぜなら、これらの作品は、天与の数学的比例の原理に基づいて、人智を超えた美しさで設計されているのですから。

さて、バッハの晩年には啓蒙思想の嵐がヨーロッパを襲います。啓蒙「くらいものをひらく」とは実に巧い翻訳だと思います。原義は「光を当てる」(Enlightenment)、見えなかったものを見えるようにするということ。この啓蒙思想時代に、音楽は個人の感情に光をあて、感情を表現するものに変わってきました。目に見えない象徴的なもの、を扱う学問のひとつであった音楽が、身近に目に見えるものを扱う表現手法に変容していったとも言えそうです。ただ、明るくなってしまうと、失われたものもあるのかもしれません。

現代のアートギャラリーは、もちろん全て啓蒙思想後の美術の流れの中にあります。作家の自己表現としてのアートが一般化した今、制作の背景を知っていたり作者との共通体験を持っていたりする場合は作品を見て大いに感動することもありますが、作者自身や作品の背景を知らない場合にはその作品をどう受取れば良いのか窮する場合も多々あります。私的な感覚としては、今は現代美術が袋小路に入り新しい時代に向かって胎動が始まっている時期だと思っています。バロック期の音楽に耳を傾けて、見えないものに目を向けることは、視覚芸術にとってこの時代を突破するひとつの契機になるのではないでしょうか。
(おおの こう・20181019)

 

武久源造さんからのメッセージ:

今回お持ちする楽器は、チェンバロです。チェンバロはイタリア語ですが、英語でハープシコード、フランス語ではクラヴサン、ドイツ語ではフリューゲルなどと呼ばれ、要するに金属弦を鳥の羽軸ではじいて発音し、木製の共鳴箱によって響きを増幅する鍵盤楽器です。つまり鉱物、動物、植物の自然界の三大要素が出あって、チェンバロの音は産まれるのです。

チェンバロはペルシャのサントゥールなどを起源とし、古くから、少なくとも15世紀以前からヨーロッパ中で愛奏されていましたが、17世紀に至って、数学的にも、美術的にも完成されたデザインに達したと言われます。この時代には著名な画家がチェンバロの蓋や響板に絵を描いたりすることもしばしばで、ルーベンスの作などが現存しています。

私のチェンバロは、1728年にクリスティアン・ツェルというハンブルクの名工が創った楽器を元に、1993年に、私のアメリカの友人、フロリダ在住の製作家フィリップ・タイアーが製作した物です。従ってもう25年も、私が弾き続けてきたチェンバロということになります。このタイプは、おそらく、バッハも弾いていた可能性が大いにあります。(バッハがいったいどんな楽器を弾いていたのかということは、実は、あまり良く分かっていないのです。)25年間、絶えず弾いていると、さすがに、楽器もこなれてきて、今は、大変素晴らしい響きです。

このチェンバロを使って、今回は、バッハの先輩にあたるフランスとドイツの大作曲家二人を登場させます。バッハはこの二人の作品から直接多くを学びました。これらの作曲家はバロック時代の住人で、この時代には大野さんが指摘しておられるように、音楽は未だ理数系の学問領域に含まれていました。

ところで17世紀の芸術的大事件と言えば、それはなんといっても演劇と文学の爆発でした。無論音楽もこの影響を受け、明確なストーリー性が聴いて分かることが求められたのです。言い換えれば、聴き手の心のスクリーンに、生き生きとしたドラマが映し出されることが、この時代の音楽の真骨頂でした。ただし、ドラマといっても、現代のように個人の感情がメインになるような物ではなく、あくまでも代表的な人間による象徴的な行動がテーマとして選ばれました。つまり、簡単に言えば、万人の心に訴えるようなテーマが好まれたということです。

さて本日のプログラムの最初は、フランソワ・クープランです。クープランは音の細密画と言えるような描写的作品を数多く残しました。その中から本日は、秋に因んだ「恋ヤツレ」、「田園詩」、「収穫祭の踊り」の3曲。そして、少し大きな作品である「フランスのフォリア、または、ドミノ」を聴いてください。ドミノというのは、仮面舞踏会でかぶるための変装用の帽子のことです。ここでは12種類の様々なドミノが登場し、洒脱なドラマを展開します。

このクープランは実に優雅で繊細な音楽を作曲しましたが、彼本人はというと、太り気味の、ちょっと熊を連想させるようなたたずまいを持った人であったようです。そのクープラン氏その人を描いた曲を、同時代のフォルクレという作曲家が書いていますので、次にそれを演奏します。その題名はずばり、「クープラン」。

本日の後半では、バッハのライプツィヒにおける前任者で会ったヨーハン・クーナウの聖書ソナタを聴いてください。クーナウはオールラウンドの作曲家である上に、法学、ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語をも収め、文筆家としても辣腕をふるった大変な教養人でした。その点、職人気質のバッハとはある意味対照的な人物でした。このクーナウの最も有名な作品が6曲の聖書ソナタです。これは、旧約聖書の有名なエピソードを六つ取り上げ、それを鍵盤楽器一つでもって、劇的に表現しようとする意欲作です。本日はその第1番、「ダヴィデとゴリアトの戦い」を聴いてください。このお話は、第1サムエル記の17章に書かれている物で、後にイスラエルの歴史の中でも最も有名な王となるダヴィデが、初めて登場してくる所です。これは、ペリシテ人の巨大な戦士ゴリアトを少年ダヴィデが打ち負かす、実に、胸のすくような場面なのですが、これをクーナウは音型や音の身ぶりなどを使って、実に巧みに描写しています。クーナウは楽譜の中に状況説明の言葉を書き込んでおりますので、私も演奏しながら、適宜説明を加えたいと思います。

さて、ヨーロッパの音楽は、この後18世紀に入って、激動の変化の時代を迎えます。それについては、また次回をお楽しみに。
(たけひさ げんぞう)



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■武久 源造 Genzoh Takehisa [スクエア・ピアノ]
1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。以後、国内外で活発に演奏活動を行う。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。
91年よりプロデュースも含め30数作品のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1〜9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集 Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画・2002年)。1998〜2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。


■大野 幸(建築家) Ko OONO, Architect
本籍広島。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同修士課程修了、同年「磯崎新アトリエ」に参加。「Arata Isozaki 1960/1990 Architecture(世界巡回展)」「エジプト文明史博物館展示計画」「有時庵」「奈義町現代美術館」「シェイク・サウド邸」などを担当。2001年「大野幸空間研究所」設立後、「テサロニキ・メガロン・コンサートホール」を磯崎新と協働。2012年「設計対話」設立メンバーとなり、中国を起点としアジア全域に業務を拡大。現在「イソザキ・アオキ アンド アソシエイツ」に参加し「エジプト日本科学技術大学(アレキサンドリア)」が進行中。ピリオド楽器でバッハのカンタータ演奏などに参加しているヴァイオリニスト。


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