2006年8月〜の展覧会

弊廊「ときの忘れもの」の2006年8月〜の企画展・常設展のご案内を申し上げます。 


◆第133回企画展 詩画集『Chromatopoiema(クロマトポイエマ)』展 
詩・西脇順三郎、画・飯田善國


会期=2006年8月18日[金]〜9月2日[土] 12:00―19:00 *日曜・月曜・祝日は休廊
詩・西脇順三郎、画・飯田善國による合作詩画集。西脇命名による『クロマトポイエマ』というタイトルはギリシア語からの造語で、「chroma」=「色」、「poiema」=「詩」を意味する単語を合成し、「クロマ」と「ポイエマ」・・・「クロマトポイエマ」=「色彩詩」と表した。
『Chromatopoiema』(版元:南天子画廊)は、詩人・西脇順三郎による書下ろし英詩に、彫刻家・飯田善國が版画を加えたもの。飯田はアルファベット26文字にそれぞれ色を決め、文字を色に置き換えるという方法を考案した。西脇の18篇の英詩を画面に散りばめ、飯田は同一のアルファベットどうしを決められた色の帯でつなげることにより、「色彩詩」という独自のアートを誕生させた。異なる領域で互いに異質な才能を世に放つ二人の作家のコラボレーションが生んだこの詩画集は、かつてない詩(文字)と造形芸術の見事な融合であった。飯田の彫刻家としての才能が、詩人の言葉(文字)を一定のルールのもとに色彩化させ、躍動する画面を作り上げた。これほど豊かな色彩と清潔な造形に満ちた詩画集はほかにあっただろうか。

飯田善國(いいだ よしくに 1923-2006)
足利市に生まれる。1949年慶應義塾大学(美学美術史学専攻)卒業後、東京芸術大学に再入学し、1953年同大学油画科を卒業。1956年、絵画を勉強しにローマに渡るが、彫刻家ファッツィーニに塑像を学ぶ。ウィーン、ベルリンなどヨーロッパ各地で活躍し、数々の賞を得る。67年帰国後、彫刻やステンレスのモニュメントや評論、詩作など多彩な活動を続ける。 1983年法政大学工学部建築学科教授となる。
主な著書:著書『見えない彫刻』(1977 小沢書店)、『ピカソ』20世紀思想家文庫5(1983 岩波書店)、詩集『見知らぬ町で』(1983 思潮社)など多数。
西脇順三郎(にしわき じゅんざぶろう 1894-1982)
新潟県に生まれる。英語の勉学に励む。1911年画家を志し、白馬会に入会するが断念。後に詩に興味を抱き、英詩を試みる。1917年慶應義塾大学理財科卒業。1922年慶應義塾留学生として渡英。英文詩集『Spectrum』を自費出版し反響を得る。帰国後、慶大教授となり、英文学史などを担当。 シュールレアリスムの理論家として指導的位置を占め、現代詩の代表的詩人となる。1971年文化功労者として顕彰される。
主な著書:『超現実主義詩論』(初版1929 厚生閣書店)、『Ambarvalia』(1933 椎の木社)、『荒地』(1952 創元社)、詩集『第三の神話』(1956 創元社)、長詩『失われた時』(1960 政治公論社『無限』編集部)、『西脇順三郎全集』全10巻(1971-1973 筑摩書房)など多数。

<Chromatopoiema>works List     2006.8.18〜9.2
No. Title Date Technique Size
(cm)
Ed. Signed
1 『Chromatopoiema No.1 a pristine』 1972 screen print 75.0×55.0 50
2 『Chromatopoiema No.2 berenson』 1972 screen print 75.0×55.0 50
3 『Chromatopoiema No.3 fortune』 1972 screen print 75.0×55.0 50
4 『Chromatopoiema No.4 vision and』 1972 screen print 75.0×55.0 50
5 『Chromatopoiema No.5 the fate』 1972 screen print 55.0×75.0 50
6 『Chromatopoiema No.6 dawns』 1972 screen print 75.0×55.0 50
7 『Chromatopoiema No.7 a ating of
a wasp』
1972 screen print 55.0×75.0 50
8 『Chromatopoiema No.8 illusory』 1972 screen print 75.0×55.0 50
9 『Chromatopoiema No.9 flimsy』 1972 screen print 55.0×75.0 50
10 『Chromatopoiema No.10 stop illusion 』 1972 screen print 55.0×75.0 50
11 『Chromatopoiema No.11 boukolika』 1972 screen print 55.0×75.0 50
12 『Chromatopoiema No.12 conscience』 1972 screen print 55.0×75.0 50
13 『Chromatopoiema No.13 a packet of』 1972 screen print 55.0×75.0 50
14 『Chromatopoiema No.14 a working at』 1972 screen print 55.0×75.0 50
15 『Chromatopoiema No.15 lineaments』 1972 screen print 55.0×75.0 50
16 『Chromatopoiema No.16 the blood of』 1972 screen print 55.0×75.0 50
17 『Chromatopoiema No.17 a pot of』 1972 screen print 55.0×75.0 50
18 『Chromatopoiema No.18 the medici』 1972 screen print 55.0×75.0 50
19 『Chromatopoiema portrait』 1972 screen print 75.0×55.0 50
20 『Chromatopoiema portrait』 1972 screen print 75.0×55.0 50
21 『Chromatopoiema portrait』 1972 screen print 75.0×55.0 50
22 『Chromatopoiema portrait』 1972 screen print 75.0×55.0 50


見積り請求(在庫確認)フォーム

ご購入希望No.  作家名  題名など

お名前:
郵便番号:
ご住所
E-mail
電話番号
御質問、御興味のある作家、お探しになっている作品等ございましたら御記入下さい


  在庫確認後、お返事させていただきます。

展示風景


不可視の碑をもとめて

西脇順三郎・飯田善国合作
クロマトポイエマ讃
滝口修造

 人はみな重力から遁れるために、鳥のように日々の糧にいそしむ。銅像も重力の衣を脱ぎ捨てようとして、物自体よりも重くなってしまった。人が絵画を発明したのも束の間の永遠であった。なんと途方もない曖昧性が歴史よりも長く生き延びていることだろう。かつて時計のプロフィルを思考した男もこの世を立ち去った。時間の彼方へ、おそらく虚像の塒へ旅立ったのだ。ところで詩と絵画のあいだの細道に佇んだ人間は挾まれた人間であり、それは今のこの私であろう。人はみな間を歩くときは自由を夢みて近道を探すが、それは鳥類返りの幻想でなければ、坐してそら待ちのほかはない。第三者は詩よりも多くの言葉を弄ぶものだが、心にもなく私も例外ではない。ここに詩人と彫刻家の、あたかも二人の匿名人のそれにも似た優雅な巡り会いに、ふとこの私が立ち会ったのも、運命のかなり長い糸の仕業であると睨まれたのである。確かに、これは何か知らない秘められたものへの招きであろう。とはいえ、秘められることによって披かれるもの、披かれることによって秘められるもの、二つのもの同志が或る一点に結晶するのを見ようなどとは不可能の可能であって、もはやそれは謎というよりも誘惑という存在そのものではないか。詩はひと足早く難儀を知ったが、彫刻もすでに難かしい年令を迎えたからには、使い慣れた透視法的種明しは無効であろう。すべては舞台の照明に俟っばかり、といっても所詮は小屋のそとの月明りとさほどの隔たりはないのだ。人の心のやすらぐのも、実はこうした瞬時の危機なのである。とある残酷な季節に、父なる詩人がふと英語で、ambigousと書くとき、「何やらゆかし」以上に、当の詩人のシルエットが印影鮮やかに時間のシルエットと完全に重なり、何はともあれ時空の境界線を攪乱するときだと知らされた。かつて学校では詩人の弟子であった彫刻家が、新宿の夜景から遠くフォーロ・ロマーノの咲き乱れるアカンサスの間に立って以来、その長い旅路をいまも続けているが、すべての旅程表もいまや時空の連続性が平たく図解される状況という奴の上に印刷される今日この頃である。おそらく赤と緑の標識を行先きと錯覚するものはいまい。それこそ事故のものだ。ノエシスにも口に言えぬ色彩があったはずだが、それとは似てもつかぬ、行く手は誰にも掴めぬという状況標識であった。およそ彫刻家が彫刻の未知の地図という逆説の図面を引くのは、このあや目もわからぬ地上の記号迷路へ踏み込むことであり、そこに出会うものこそ意表外の不条理そのものであろう。そこには言葉の物体がある。見たことのないものが見たもののように起り、見たものが見たためしのないもののように起る。羽の生えた手斧と帚の叫びとが互いに共謀もなく起る。壷のすぼみと花のつぼみの悲しくもおどけた出会いがある。アフリカ奥地に烈しい郷愁を抱く黄色人の知覚変動がある。行先き告げぬ旅人の爆発がある。そこにわれらの詩人の世界を連想するしないは自由である。とはいえ、わが大陸間頭韻詩人の世界が果して未来の人類学的俳詣を予想しえないものであろうか、などと、つまりは好悪を問わずすべてが起りうるような一種の無重力を地球上に装う陽炎状態の極度の具体性とでも辛うじて口にしうるような世界を、私はふと考えたのである。
 詩人は識のどこかに知らに穴ぼこをつくり出しているものだが、これが時空をつなぐものかどうかは実証されていないにしても、それが却って詩の光栄ある時間空間錯誤を担うことになるのであろう。ところで、われらの詩人が意外な碑銘の名人であったことを今さらのように気附いたが、この秘められた天分もかの穴ぼてに負うものではないか。詩は本来、何に書かれるものか、という唐突な疑問がいまふと頭を掠めるものだが、すでに容器のない詩銘がはじめて書かれたのだ。こうして碑は虚空に投げられた見えない骰子のようなものではないか。彫刻家はいまやフォーロ・ロマーノから遙かに、あの穴ぼこ、時空の連続性のなかで振られた骰子の彩られた図面を引くことによって、碑と銘との前代未聞の鋳型に達したのではなかろうか。仮りの姿を永遠にとどめようとする古典的な慾望を、記号の右往左往する十字路で験すことは、それだけでひとつの逆説であろう。さらに、あの影像のすべてが未知の空気に曝される。さて、いったい彼らはどのような骰子の目を狙うのだろう。詩もまた未知の客である何ものかを待つ仮りの容器であるのか。すべては交互的なものか。これは何の碑かと問う暇なく、詩人はふたたび陽炎の里へ、仮りの名をもつ野の草をたづねて長い旅に出で立つだろう。

『クロマトポイエマ』より再録

「色彩の海あるいは渦巻く言葉の川/詩画集Chromatopoiema展」中村惠一
               <コレクターの声>第4回

 詩または言葉、つまり詩句においては、いくつかの性格の異なる側面がある。通常、我々は詩を意味という側面で読み、解釈をする。詩集を黙読しながら、その意味を読み取っているという状態である。通常、詩を読むといった場合には、こうした行動を想像するであろう。
 だが、詩は音でありリズムである。詩は音読できる。音読されることで具体的なリズムが生まれる。このように詩の音の側面に重きをおいた場合、ポエトリー・リーディングとかサウンド・ポエトリーとかよばれるパフォーマンスになる。
 一方、詩、言葉、文字は形をもっており、その形そのものにポエジーは内包されている。また、その形を組み合わせたり、集積したりすることで造形が創造される。このように詩の形の側面に重きをおいた場合、コンクリート・ポエトリー(具体詩)とかヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)とよばれる表現になる。音素であるアルファベットではなく、象形文字である漢字を母国語の一部として使っている日本人には、文字の形態的な側面に注目する造形は親しみやすいのではないだろうか。それは、たとえば人の顔の輪郭を描いた中に目、耳、鼻、口を配置することによって顔が描けてしまうというように。
 このように、言葉を素材としたアートである詩は言葉の音、形、意味のそれぞれの側面に特化してみることによって様々な表現を獲得したのだった。

 『Chromatopoiema(クロマトポイエマ)』展を見た。詩人・西脇順三郎の英語詩18篇に対するは彫刻家・飯田善國。1972年に刊行された二人の詩画集である。詩画集と名付けながら通常の詩画集のようなつくりではない。フリージャズのセッションのようにコラボレートしているのだ。これは、飯田が「絵と詩をまったく同格にして結合するにはどうしたらいいか」と悩み続けた結果獲得できた、過去にまったく類例のない対象化手法の発見であったのではないかと思うのだ。もちろん悪戦苦闘の末の発見だろうが、アルファベットを色彩に置換して絵画の中に構成することをみつけだした。
 詩句に色彩という新たな側面が与えられた瞬間である。26個のアルファベットが26色の色彩になる。詩は色から発生する新たなリズムを紙面上に生み出していく。画面にちりばめられた英語の詩句が割り当てられた色彩に置き換えられ、お互いに干渉をはじめる。その干渉や構成の様子は30年以上を経過した今でも新鮮に見える。詩が、文字が色彩の海をうみだしていく。色は波をうったり、渦をえがいたりしながらリズムをもった造形を形作り、そこに新たなポエジーを生み出すにいたっている。しかし、面白いのは、この造形は彫刻家である飯田善國が作りあげたのではなく、詩人である西脇順三郎の詩句によって作り上げられる点である。彫刻家はきわめて厳格にルールを守っている。メソッドを重視し、「方法」的に表現を尖らせている。それによって、「詩」そのものが彩られた平面に変化したのであった。
 このアルファベットを色彩に置き換える手法は、飯田に新たな展開を準備した。『Chromatopoiema(クロマトポイエマ)』の立体化である。ステンレスの造形と色のついたナイロンストリングによる彫刻の誕生である。これらの彫刻は飯田の代表作としてなじみのある作品ではないかと思うのだが、原点は平面、しかも実際の詩の言葉を色彩におきかえるというコラボレーションが出発点であった。飯田の色紐を使った彫刻は彼の詩であり、彼の世界認識の具体的な表現であり、言語的な主張でもある。色のついた紐は文字にあたり、文字の構成は詩句を生む。詩句には、冒頭に記述したように意味、音、形の側面があり、それがもともとの造形との関係で世界を構築する。その重層的な表現が飯田の彫刻による「詩」であったのだと私は読んだ。

   2006年8月23日    (なかむらけいいち)


*画廊亭主敬白/前回の日和崎尊夫展に続き中村さんに寄稿していただいた。
怠惰な画廊亭主の感慨を記せば、8月18日〜9月2日の会期で開催中の<西脇順三郎・飯田善國 詩画集Chromatopoiema展>で、私自身はじめてこの作品の全貌を知ることができた。
この詩画集が出たとき(つまり30年前)私の大切な顧客であった詩人F氏に頼まれ飯田先生からこの詩画集を直接わけていただき、F氏を飯田先生のアトリエにご案内したことがある。
詩の言葉を色に置き換えるアイデアにいたる経緯を作品を見せながら飯田先生が熱心に説明してくださったのだが、なにせ大きな詩画集で全部を広げられない。全体像がわからずこの詩画集のすばらしさを実感できなかった。
その後、別のコレクターから入手した「詩画集Chromatopoiema」はながくときの忘れものの在庫としてしまいこんだままだった。
今回はじめて全部を展示することができ、30数年前の作品とは思えぬ新鮮は迫力に圧倒された。
不明を恥じるばかりである。
ときの忘れものの大きな窓からはいる光がときどき思わぬ外の風景を映し出す。
自然の光に満ちたこの空間で、飯田先生の色彩が躍動する、既に故人となられた飯田先生、F氏のお二人を偲んで日々のうつろいを楽しんでいる。



【TOP PAGE】