S氏コレクション 駒井哲郎PART II展
会期=2010年10月26日[火]―11月6日[土] 12:00-19:00 ※会期中無休



異色のコレクターS氏が30数年かけて蒐集した駒井哲郎コレクション約100点の中から、昨年は、同じ版から刷られた同じ作品を敢えて複数コレクションするという「異端」ともいえる収集作品を30点展示しました。
町田市立国際版画美術館学芸員の滝沢恭司氏に「コレクションの異端」といわしめた、その展示は多くの人を驚かせました。

S氏の蒐集ときたら、一作品二枚の刷りを入手するどころの話ではない。『反歌』所収の同名作品(PL.12)や同じ詩画集所収の《食卓にて、夏の終りに》(PL.10)などは三枚の刷りを、そして先に触れたように、《死んだ鳥の静物》はなんと四枚の刷りを入手して、微妙な刷りの違いを楽しむように、もっといえばまるでそれらの刷りを違う作品のように見なしてそのまま所蔵しているのである。こうしたコレクションは「主流」とはいえない。むしろ「少数派」である。
言い方を代えてそれを、「独創」とか「異端」ということばで呼んでも差し支えないだろう。しかしそう呼べるコレクションだからこそ、それ自体に主張が感じられ、資料的な価値さえ見出せるのである。
(滝沢恭司「コレクションの異端―S氏駒井哲郎コレクションについて思うこと」2009年12月7日より抜粋)

今年は、駒井哲郎生誕90周年です。
今回第二回となる展示では、「銅版画の詩人」と謳われ、叙情的な面が高く評価される駒井版画の奥底に流れるものを掬いあげ、S氏コレクションの二つ目の特色である「生命あるものへ」の視点を凝縮した展示にします。
S氏コレクションのきっかけともなった《食卓にて》に象徴されていますが、駒井哲郎は樹木、鳥、果実など「いのちあるもの」へのまなざしを生涯もちつづけました。《カタツムリ》《果実の受胎》《調理場》《囚人》《叢》など、一見、地味にみえるそれらの作品に息づく「生命あるものへ」の讃歌を、約30点の展示でさぐります。

駒井哲郎 Tetsuro KOMAI
1920年東京生まれ。35年西田武雄主宰の日本エッチング研究所で銅版画を学ぶ。42年東京美術学校卒業。48年第16回日本版画協会展で入選。51年春陽会会員となる。第1回サンパウロ・ビエンナ−レでコロニ−賞、52年第2回ルガノ「白と黒」国際展覧会で国際次賞受賞。53年資生堂画廊で初個展。浜口陽三、関野凖一郎らと「日本銅版画家協会」を結成。54年渡仏、パリ国立美術学校のビュラン教室に在籍、翌年帰国。56年南画廊の開廊展で個展。57年第1回東京国際版画ビエンナ−レ展出品。58年女子美術大学非常勤講師(63年まで)。59年日本版画協会賞受賞。第5回日本国際美術展でブリヂストン美術館賞受賞。70年多摩美術大学教授(62年から非常勤講師を務める)。フィレンツェ美術アカデミ−の名誉会員となる。72年東京芸術大学教授(59年から非常勤講師を務める)。76年永逝(享年56)。銅版画のパイオニアとして大きな足跡を残す。91年資生堂ギャラリ−で「没後15年 銅版画の詩人 駒井哲郎回顧展」。

S氏コレクション駒井哲郎PARTU展>出品リスト    2010.10.26[Tue] - 11.6[Sat]
No. Image Title Date Technique Measurement
(cm)
Ed. Sign
1 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.2
《カタツムリ》
(No.197)
1966 シュガーアクァチント、
ディープエッチング
10.4x9.4 Hors de Commerce

(Ed.60)
右下に鉛筆サイン
2 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.3
≪小鳥≫
(No.198)
1966 シュガーアクァチント、
ディープエッチング
9.2x10.3 VI/VII 右下に鉛筆サイン
3 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.6
≪年齢について≫
(No.201)
1966 エッチング、
ドライポイント
28.7x72.0 (Ed.60)
4 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.7
≪夕立≫
(No.202)
1965 シュガーアクァチント 11.1x11.7 (Ed.60)
5 <人それを呼んで
反歌という>より
PL.7
「夕立」原版 
(2点1組)
1965 原版(レイエ) 11.3x11.9
6 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.8
≪夕立≫
(No.203)
1966 シュガーアクァチント 27.0x44.0 Ep. d'
Artiste
4/7
右下に鉛筆サイン
7 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.10
≪食卓にて、夏の終りに≫
(No.205)
1965 エッチング、
シュガーアクァチント
27.0x44.0 Ep. d'
Artiste
1/7
右下に鉛筆サイン
8 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.10
≪食卓にて、
夏の終りに≫
(No.205)
1965 エッチング、
シュガーアクァチント
27.0x44.0 Ep. d'
Artiste
4/7
右下に鉛筆サイン
9 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.10
≪食卓にて、
夏の終りに≫
(No.205)
1965 エッチング、
シュガーアクァチント
27.0x44.0 Ep. d'
Artiste
5/7
右下に鉛筆サイン
10 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.10
≪食卓にて、
夏の終りに≫
(No.205)
1965 エッチング、
シュガーアクァチント
27.0x44.0 Ep. d'
Artiste
6/7
右下に鉛筆サイン
11 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.11
《腐刻画》
(No.206)
1966
エッチング 27.0x16.4 III/VII 右下に鉛筆サイン
12 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.15
≪子犬≫
(No.210)
1966 エッチング 6.5x8.0 Ep. d'
Artiste
3/7
右下に鉛筆サイン
13 〈人それを呼んで
反歌という〉より
PL.15
≪子犬≫
(No.210)
1966
エッチング 6.5x8.0 Ep. d'
Artiste
4/7
右下に鉛筆サイン
14 〈からんどりえ〉より
フロントビース
≪葉・Feuillage≫
(No.123)
1960 シュガーアクァチント、
エッチング
29.7x24.7 2/9 右下に鉛筆サイン
15 〈からんどりえ〉より
フロントビース
≪葉・Feuillage≫
(No.123)
1960 シュガーアクァチント、
エッチング
29.7x24.7 9/9 右下に鉛筆サイン
16 調理場
(La Cuisine)
(No.102)
1958 エッチング、
アクァチント
21.1x30.8 6/25 右下に鉛筆サイン
17 果実の受胎
(La Conception du Fruit)
(No.117)
1959 アクァチント、エッチング、ドライポイント  26.4x36.0 Epreuve
d'Artiste
(Ed.20)
右下に鉛筆サイン
18 化石
(No.135)
1960 エッチング、
アクァチント
30.0x36.2 ep. d'
Artiste
右下に鉛筆サイン
19
(No.137)
1960 シュガーアクァチント、
エッチング
(亜鉛版)
31.2x42 4/14 右下に鉛筆サイン
20 阿呆(Fou)
(No.142)
1960 シュガーアクァチント、
エングレーヴィング
29.8x24.8 2/9 右下に鉛筆サイン
21
(No.175)
1962 エッチング
(亜鉛版)
18.5x18.5 7/20 右下に鉛筆サイン
22 審判(La Justice)
(No.169)
1962 エッチング、
シュガーアクアチント
30.1x42.3 Epreuve
d'Artiste
(Ed.14)
右下に鉛筆サイン
23 叢(部分)
(No.192)
1965 エッチング、
シュガーアクァチント
24.7x36.0 (Ed.20)
24 通過
(No.212)
1966 エッチング 15.8x11.2 2/30 右下に鉛筆サイン
25 〈Composition
dela Nuit〉より
≪囚人≫
(No.246)
1969 エッチング 25.2x17.8 15/37 右下に鉛筆サイン
26 蝶(パピオン)
(No.317)
1974 アクァチント
(雁皮刷)
22x20.8 ep. d'
Artiste
右下に鉛筆サイン
27 不詳
(No.166)
c.1962 エッチング 6.3x10.5 VII/XX 右下に鉛筆サイン
28 からみあい
(No.186)
c.1963 シュガーアクァチント 30.1x42.1 7/20 右下に鉛筆サイン
29 静物
(No.309)
1973 エッチング 14.5x14.8 38/75 右下に鉛筆サイン
30 化石
(No.14)
1948 アクァチント、
ソフトグランド・エッチング
13.8x6.0 1/20 右下に鉛筆サイン
31 月の兎
(No.34)
1951 アクァチント 12.2x8.3 6/25 右下に鉛筆サイン

展示風景



コレクターの声 第21回
私の駒井哲郎コレクション・その1 M.S.
2010年10月26日

昨年と今年、コレクション展をさせて頂いているSです。
駒井さんの作品を長い事、少しづつ集めて来ましたが、今まで、人に見せたこともなく、たまたまアートフェアで久しぶりに「ときの忘れもの」さんに顔を出したところ、駒井さんの生誕90年ということでコレクション展の話を頂きました。
駒井さんはファンも多く、それぞれ人により好きな作品もだいぶちがうように思います。
私のは人に見せるつもりもなく、好きで集めたものなので、年代的にもかなり片よりがありますが、60年代の作品が好きです。
中でも、(《鏡》や《審判》、《毒又は魚》などの)62年の作品と(《食卓にて、夏の終りに》、《腐刻画》などの)65年〜66年の反歌関連の作品が特に好きです。
駒井さんを集めるきっかけとなった作品は《食卓にて、夏の終りに》です。これは70年代初め頃、月刊誌の版画特集に載っていたもので、当時の取り扱い画廊、J画廊に問い合わせて見たのですが、既に売れてしまったようで買えませんでした。
この作品がいつか出会ったら欲しい作品となり、その後、だんだんと増えて行きました。
以前、佐谷画廊で開かれた駒井哲郎展(1997年)のパンフレットのあとがきで佐谷さんが、駒井さんとの出会いを書いており、当時サラリーマンコレクターとしてエスパース画廊をさがしあて、詩画集『人それを呼んで反歌という』を買い求めたこと、その中の《食卓にて、夏の終りに》に心を打たれた事などが書かれていました。
この一文に出会った時、あの佐谷さんにも、こんな時代があったのだと知り、うれしかったのをおぼえています。
私が版画を買い始めた頃は、銀座の画廊は敷居が高く、なかなか入って行けませんでしたが、駒井さんを扱う画廊を少しづつ回ってゆく間に自然と平気で画廊を回れるようになりました。
駒井さんを入口にして好きな作家の幅も拡がっていったように思います。
作家との出会い、作品との出会いも長い時間で見るとほとんど運のようなものですが、今回のコレクション(良い作家にはめぐり合っているのですが)良い作品を集められたかどうかはあまり自信がありません。
でも、知り合いに今回のDMを配っているとあらためて、駒井ファンの多い事に気が付きました。
駒井ファンの皆さん、もし、この会期中、お時間があれば、ぜひ「ときの忘れもの」に立ち寄って頂きたいと思っております。(つづく)

駒井哲郎「食卓にて、夏の終りに」
(昨年の展示より)



私の駒井哲郎コレクション・その2 
M.S.
2010年10月29日

昨年と今年、コレクション展をさせて頂いているSです。
何か書いて欲しいと言われたのですが、作者にはその作品を作った時の発想や苦労話もあるのでしょうが、コレクターには好きな作品に出会った時の喜びや、作品を探すまでの苦労話しかありません。
昔のことを少し思い出して書いてみました。
1.《夕立》の原版、《化石(’48)》
十何年も前の週末、いまでもよく見つけたなと思うほど小さな新聞記事で駒井展を知りました。会期を見ると既に始まって一週間になる。週末だったので、あまり期待もせずに、新橋のギャラリーDというところに出掛けて見た。
普通のマンションの一室だったと思うが、ほとんどお客様もいない。しかし展示された作品を見ると、まるで、小さな美術館のようで、状態の良い初期作品がずらりと並んでいた。価格については、あまり覚えていないが、かなり高かったのかも知れない。資金のないコレクターには出会った運も生かせず、(これを不幸と言ったらしかられそうですが)良い作品が目の前にあっても何も出来ずにいました。
とりあえず、最初に目についた《夕立》の原版、価格がついてなかったので、非売なんだろうなと思いながら思いきって聞いてみた。「あの原版は売ってもらえるのですか?」しばらく間があって画廊主は「ちょっと聞いてきます」と階段を降りていった。10分くらいして戻ると「売っても良いと言っています。でも版画一点分ですが良いですか?」と申し訳なさそうに言っている。版画の原版は以前から安く見られていたのは知っていたが、駒井さんの原版がレイエされて関係者に出たのは反歌だけなのでは?と思っていたので、当然、版画一点分より高いものと思っていた。
《夕立》の原版は2点並んで額装されており、色版に緑が残っていてとてもきれいでした。現在、展示されている形はその時のままです)
画廊主が言うには持ち主は下の階にいて、以前、駒井さんをたくさん持っていたが、売ってしまい、これが最後に残った一点だったとのこと。
そのあと、画廊主とゆっくり話していて、「他にどんな作品が好きですか」ということになり「初期の《化石》が好き」というと、思いがけず「ありますよ、今度お見せするので2〜3日したら又、寄ってください」、との答え。
数日後、わくわくしながら行ってみると、出てきたのはなんとエディション1/20でした。海底のイメージや化石は後年くり返し出てくるのですが、最初のこの一点は20代の初々しさがよく出ていて、その中で一番好きな作品です。
ギャラリーDでのこの2点との出会いは、今回のコレクション展示の中でも特に思い出深いものになっています。(この作品はPART1に続き、今回も展示されていますので、前回来られなかった人にも、ぜひ、見て頂きたいと思っています)(つづく)

今回の展示風景

展示作品の詳細は出品リストをご覧ください。



私の駒井哲郎コレクション・その3 M.S.
2010年11月3日

昨年と今年、コレクション展をさせて頂いているSです。
2.《鏡》《審判》
又、二十数年前のことで、申し訳ないが、少し時間があったのである画廊に今、どんな作品があるのか問いあわせてみた。送られてきた在庫表の中にこの2点があった。
以前から、欲しかった作品ではあるが、ともにエディションの少ない(エディション14)ものなので、普通に画廊を回ってもなかなか、めぐり会えない作品である。
この出会いはうれしかったが、実際のコンディションをみるまでは手離しで喜んでしまう訳には行かず、喜びをかみしめながら週末を待った覚えがある。

左)「審判」
右)「鏡」

週末、行ってみると、2点を壁に立てかけて見せてくれた。担当者のTさんは、このあと画廊主催の大きな展覧会が予定されており、そのために集めたもので、今、これを売ってしまうとなかなかこの辺の作品はすぐには補充が効かないのだと言って少し困った顔をしていた(そういうことで集めたものなのでコンディションは、最高であった)。
そのあと、画廊の人たちとお茶を飲みながら雑談をしていたが、たまたま入ってきた他のお客様が、立てかけてある作品をのぞき込んで長い時間、じっとして動かない。急に欲しいなどと言われても困るので早々に買うと決めて、やっと落ちついておいしいお茶が飲めた。この年はこの2点だけで資金を使いはたし、他に何も買えなかったと記憶している。
《審判》は今回PARTIIのDMとして使わせて頂いたのですが、駒井さんの一般的に知られた作品でなく、このDMでPARTIIをみに来てくれる人が増えたら良いなという気持ちがありました。《審判》と言う難しいタイトルがついていますが、個人的にはタイトルを忘れて、この作品のおもしろさはスピードのある軽やかな線と重い黒の固まりが絶妙のバランスで画面の中に収まっているところだと思っています。
《鏡》については、都の現代美術館や、埼玉県立美術館のもの、駒井家のものなど今まで6点程みる機会がありましたが、それぞれちがった(特に鏡の中央の水滴部分など)味わいがあって、とてもおもしろく感じています。
特に今回、銀座・資生堂ギャラリーで見せて頂いた福原コレクションの《鏡》は他の穏やかなものに比べ、少し、荒々しいような新鮮な驚きのある《鏡》でした。
これから、もし銀座の資生堂ギャラリーに行かれるのであれば、ぜひ、《鏡》を見てきて頂きたい。私はこの《鏡》が大好きです。
このように、コレクション当時を少し思い出して見ましたが、何点かの作品には、出会いは一回しかなく、少ない機会を生かせたものだけが残りました。少しはコレクターとして、運を生かせたのかも知れません。(おわり)



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