昨日は、筆者(三浦)の誕生日だからということではなかったのですが、お休みをいただき、日帰りで京都へ行ってまいりました。目的は、アサヒビール大山崎山荘美術館で開催されている「山口晃展」を見るためです。山口さんの作品は、デビュー当時から見ていて好きだったものですから、わざわざ出かけて行ったわけです。

朝7時ののぞみで東京を発ち、10時には雨のJR山崎駅に立っておりました。美術館の送迎バスに乗せていただくと、ほんの数分で美術館の入り口に着きます。そこから上り坂を数分歩くのですが、両腿の筋肉が悲鳴を上げるのには充分な距離でした。
山荘は、予想よりは小さな建物でした。安藤忠雄先生のときの忘れものエディション作品に、この大山崎山荘があり(下記参照)、勝手に大きなものだという妄想を描いておりました。
山荘自体は、関西の実業家・加賀正太郎(1888-1954)自身が設計した英国チューダー様式の建物で、大正から昭和初期に建てられたものです。その後、荒廃が激しくなっていたものをアサヒビールの当時の社長・樋口廣太郎氏が修理を引き受け、安藤先生による新館を増築して、1996年美術館として開館しました。

木造の内装の展示室に山口さんの作品が妙にマッチしていました。歴史上の「山崎の合戦」など大山崎をモチーフにしたこの展覧会のための作品がほとんどで、いつものように、一見武者絵でありながら現代のもの、現代にすらないようなものを織り交ぜた、山口ワールドを見ることが出来ます。また、新館にはモネの睡蓮の絵が展示されているのですが、その絵の下に簾が垂らしてあり、「垂簾」というタイトルの山口作品になっていたり、コンクリート打ちっぱなしの壁の何ヶ所かに四角い光が当ててあって、そのコンクリートの微妙な模様を何かに見立てた山口さんの作品になっているという、ユーモラスな面も楽しめます。
美術館の二階には、アサヒビール初代社長の山本為三郎の陶器のコレクションが展示されています。
庭もたいへん美しく、気候の良い時期にまた訪れたくなる、そういうところでした。
安藤忠雄作品「大山崎山荘」をご紹介します。山荘の中にちゃんとこの二点は展示されていました。
安藤忠雄「大山崎山荘 I」
1998年 シルクスクリーン
イメージサイズ:50.0×81.0cm
Ed.35 サインあり
安藤忠雄「大山崎山荘 II」
1998年 シルクスクリーン
イメージサイズ:55.0×82.5cm
Ed.35 サインあり
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朝7時ののぞみで東京を発ち、10時には雨のJR山崎駅に立っておりました。美術館の送迎バスに乗せていただくと、ほんの数分で美術館の入り口に着きます。そこから上り坂を数分歩くのですが、両腿の筋肉が悲鳴を上げるのには充分な距離でした。山荘は、予想よりは小さな建物でした。安藤忠雄先生のときの忘れものエディション作品に、この大山崎山荘があり(下記参照)、勝手に大きなものだという妄想を描いておりました。
美術館の二階には、アサヒビール初代社長の山本為三郎の陶器のコレクションが展示されています。
庭もたいへん美しく、気候の良い時期にまた訪れたくなる、そういうところでした。
安藤忠雄作品「大山崎山荘」をご紹介します。山荘の中にちゃんとこの二点は展示されていました。
安藤忠雄「大山崎山荘 I」1998年 シルクスクリーン
イメージサイズ:50.0×81.0cm
Ed.35 サインあり
安藤忠雄「大山崎山荘 II」1998年 シルクスクリーン
イメージサイズ:55.0×82.5cm
Ed.35 サインあり
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