スタイケン写真展に寄せて・第2回  小林美香

今回の展覧会で展示されるポートフォリオには、1920年代から30年代にかけて撮影された写真が数多く含まれていることからもあきらかなように、世界大戦間期はエドワード・スタイケンが写真家として華々しく活躍し、アメリカで最も商業的にも成功した写真家として名声を確立した時期でもありました。前回の経歴でも述べたように、スタイケンは、1923年からコンデナスト社の主任写真家に就任、商品広告、ファッション写真、著名人のポートレート写真などを数多く手がけました。

7エドワード・スタイケン7.Edward STEICHEN
Ann Harding, Beverly Hills, California
1931(Printed in 1986)
Gelatin Silver Print
33.7x26.6cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

8エドワード・スタイケン8.Edward STEICHEN
Conrad Veidt and Lupe Velez, Hollywood
1928(Printed in 1986)
Gelatin Silver Print
33.5x27.0cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

13エドワード・スタイケン13.Edward STEICHEN
Merle Oberon, Hollywood
1935(Printed in 1986)
Gelatin Silver Print
33.5x27.0cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

彼は第一次世界大戦前のピクトリアリズム隆盛の時代からも著名人や芸術家の卓越したポートレート写真で名を馳せていましたが、この頃にはとくにハリウッド映画で活躍する俳優、女優を数多く撮影しています。世界大戦間期は、サイレント映画からトーキー映画へと移行し、ハリウッドがアメリカの映画文化と映画産業の中心地になった時代でもありました。ポートフォリオに収録されている作品としては、舞台・映画女優のアン・ハーディング(Ann Harding, 1902-81)、多重露光で重ね合わせられたコンラート・ファイト(Conrad Veidt 1893-1943)とルーペ・ヴェレス(1908-44)、マール・オベロン(Merle Oberon, 1911-79)を撮影したものがありますが、とくにマール・オベロンのポートレートに明らかに見て取られるように、モデルの顔立ち、表情を際立たせるような照明効果を駆使しています。ピクトリアリズム時代の写真では、撮影後の印画法にいよって、ハイライトを強調し、影を背景の中に溶け込ませるような表現を多用していた(例えばJ.P.モーガンのポートレート(1906)などがその典型でしょう。)のに対して、この時期のポートレートは、背景から輪郭を浮き上がらせ、画面全体での黒と白のシャープなコントラストが作り出されています。女優グレタ・ガルボのポートレート(1928)もまた、巧みなライティングで端正な顔立ちを際立たせ、黒いドレスと背景のコントラストが作り出された典型例と言えるでしょう。
このようなポートレート写真は、グラフ雑誌や新聞、ポスターなどの印刷物を通して銀幕のスター俳優・女優のアイコンとして広く人々の目に触れ、記憶にとどめられるようになります。コントラストが明確な画面は、印刷物の中に掲載されたときによりそのインパクトが強められるのです。ギャラリーに展示されたり、芸術的な写真を志向する写真家たちの機関誌に掲載されたりして、限られた人たちによって享受されるような作品ではなく、マスメディアを通して大衆を惹きつけるようなイメージを作り出すこと、スタイケンはこのような明確な意識を持って撮影に取り組み、消費社会の拡張に伴って隆盛しつつあったマスメディアで活躍する写真家の先駆者的な存在になりました。
当時の状況を補足して説明しますと、20年代初頭では、図入りの広告で写真が使用される割合は15パーセントにも満たなかったのに、30年代には80パーセント近くの広告で写真が使用されるようになりました。このような状況からも、広告産業の基盤がこの時期に急速に形成され、その中でいかに膨大な量の写真が人々の目に触れるようになったのか、ということが伺い知られます。

2エドワード・スタイケン2.Edward STEICHEN
Miss Fanny Haven Wicks, Newport, Phode Island
1924(Printed in 1987)
Gelatin Silver Print
24.0x19.0cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

スタイケンがこの時期に切り拓いた撮影のテクニックは、モデルや商品の輪郭を浮かび上がらせ、鮮鋭なディテールを精緻に描き出すと同時に、卓越したライティングのテクニックによって、見る人を蠢惑的な幻想の世界の中へと誘い、商品やサービスの魅惑を強く印象づける力を備えていました。(近年開催された展覧会Edward Steichen: In High Fashion, the Condé Nast Years, 1923 –1937のウェブサイトでは、この時期にスタイケンが撮影した魅惑的なポートレートやファッション写真の一端に触れることができますので、ご参照下さい。)
このようなスタイケンの華々しい活躍は、第一次世界大戦時の従軍で、調査・偵察という明確な目的に適うように空中写真を撮影すること、情報としての写真の価値を認識すること、さらに組織の中でチームワークとして仕事に取り組むこと、といった経験によって培われてきた考え方にも根ざしていたといえるでしょう。アートディレクターやクライアントとの協同作業、映画やファッションといった新興産業の中で活躍の場を広げていったスタイケンは、写真家というだけではなく、プロデューサーとしての力量も備えていたのです。
 最終回となる次回では、物や風景をとらえた写真について見ていきましょう。
(こばやし みか)

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*画廊亭主敬白
さすが写真研究家と自称されるだけあって、小林美香さんはスタイケンの写真について、また彼の歩んだ道について簡潔に述べてくださり、コレクターにとっては良き導きのエッセイと思います。スタイケンの名品、どうぞコレクションに加えてください。
先日のブログのお薦めの展覧会で栃木県立美術館の川上澄生展に「行こう」などとうっかり書いてしまったせいか、同館のK先生から丁寧なお誘いの手紙とカタログまで送っていただいた、そしてネットで調べたら、宇都宮美術館では何と「日本近代の青春 創作版画の名品」展が開かれているではないか。
明日(いやもう今日)行きます! 宇都宮へ。

◆ときの忘れものは、2010年12月15日(水)~12月25日(土)まで「エドワード・スタイケン写真展」を開催しています(会期中無休)。
スタイケン案内状600
エドワード・スタイケンは、20世紀のアメリカの写真にもっとも大きな影響を与えた写真家であるだけでなく、キュレーターとして数々の写真展を企画し、写真界の発展に多大な貢献をしました。
1986年と1987年に写真家のジョージ・タイスによってオリジナルネガからプリントされた、1920年代か30年代の作品を中心に、ヌード、ファッション、風景、ポートレートなど17点を選び展示いたします。
ぜひこの機会に古典ともいうべきスタイケンの写真作品をコレクションに加えてください。
出品リスト及び価格はホームページに掲載しています。

◆第4回「写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」のご案内
日時:12月17日(金)19:00~20:00
ホスト:原茂(写真コレクター)
ゲスト:風間健介(写真家)
※要予約(参加費1,000円/参加ご希望の方は、電話またはメールにてお申し込み下さい。
Tel.03-3470-2631/Mail.info@tokinowasuremono.com
風間健介1_600
風間健介<風を映した街>より「三笠奔別炭鉱跡」
第4回目のゲストは、写真家・風間健介さんをお迎えして開催いたします。
炭鉱の町、夕張に暮らしながら撮り続けた作品をご紹介します。
特別に通常より割引価格でプリントをお求めいただけますので、ぜひご参加ください。

風間健介 Kensuke KAZAMA
1960年三重県生まれ。20代のときにカメラとともに日本を放浪した後、北海道に移住。2005年に出版した写真集『夕張』(寿郎社)によって、2006年日本写真協会新人賞、写真の会賞を受賞。

◆今月のWEB展は、12月16日から2011年1月15日まで「根岸文子展」を開催しています。
根岸さんは昨2009年はVOCA展に選ばれ、今春2010年6月にはマドリッドで個展を開催するなど内外で活躍しています。

◆ときの忘れものは通常は日曜・月曜・祝日は休廊ですが、企画展の開催中は会期中無休です。
年内は12月28日(火)まで営業し、12月29日~2011年1月4日まで冬季休廊いたします。
新年は2011年1月5日(水)より開廊します。