明治末から昭和戦前期にかけて全国各地で繰り広げられた所謂「創作版画運動」には多くの作家たちが参加し、多彩な版画作品を雑誌(版画雑誌)や展覧会を通じて発表しました。
それら巨大なエネルギーの全貌がだんだんと明らかになってきました。
亭主の駆け出し時代は小野忠重先生の『近代日本の版画』(三彩社、1974年)がバイブルのごときものでしたが、この名著の功罪がその後なかなか研究が進展しない理由でもありました。
美術史は何よりも先ず「実物」研究がもとにならなければなりません。
70年代に、創作版画の実物を大量に、独占的に所蔵していたのは小野先生くらいだった。
小野先生というのは、亭主も往生しましたが、難しい方で、同書の記述もよく言えば文学的、はっきりいえば恣意的です。
美術館はまだ創作版画など収集できる時代ではなく、後進の研究者たちは実物に触れる機会もない。小野先生の名著の掲載図版=創作版画の名品、と無意識のうちに刷りこまれてしまう。
ところがいまや和歌山県立近代美術館はじめ創作版画のコレクションがいくつもできてきた。

2008年には、加治幸子編著『創作版画誌の系譜―総目次及び作品図版1905~1944年』(中央公論美術出版)という1,115ページもの大著が刊行された。同著には、創作版画誌を創刊順に、111種のべ912号の目次と版画作品約9000点が収録され、巻末には収録版画作家索引もつく労作です。
さらに昨年2010年11月には、かんらん舎の大谷芳久さんによる快著『藤牧義夫 眞偽』(学藝書院)が刊行されました。
大谷さんの本はこれまでのぬるま湯的な創作版画研究に巨大な爆弾を投じた一書で、今後の研究者はこの本を読まずしては何も書けなくなるでしょう。鬼気迫るその内容については「玉乗りする猫の秘かな愉しみ」というブログに紹介されていますのでお読みください。
http://furukawa.exblog.jp/11687249/

期せずしてこの数年で、小野忠重先生の『近代日本の版画』を乗り越える水準の、地味だが必須のデータ本と、徹底的な作品の実証的な研究書が2冊刊行されたわけです。

先日、宇都宮美術館で開催された「日本近代の青春 創作版画の名品」展は創作版画の全貌を垣間見るに相応しい好企画でした。

同展に1点だけ出品されていた<春村ただを>という作家がいます。
川西英らと神戸で活躍した後、ぷっつりと消息を断ってしまった春村ただをの生涯が、ようやく判明したことは、以前このブログでご紹介しました。
千葉市美術館神戸市立博物館の気鋭の女性学芸員の二人のお手柄ですが、亭主が創作版画に狂っていた時代には生没年すらわからなかった作家です。

生誕110年 春村ただを展
その成果として、2011年1月18日から3月6日まで神戸市立博物館で「生誕110年 春村ただを展」が開催されています。
お近くの方、ぜひお出かけください。


◆102歳まで生き創作版画の歴史とともに歩んだ平塚運一(1895-1997)と、春村ただを(1901-1977年)より一回り下ですが、戦前の創作版画運動の中で育ち、戦後の版画界を牽引したひとり関野準一郎(1914ー1988年)の木版画をご紹介します。
平塚運一「初秋長瀞」
平塚運一「初秋長瀞」
木版 21.3×27.2cm
版上サイン

関野準一郎「草津」
関野準一郎「東海道五十三次より・草津」
木版  32.5×45.5cm
signed

関野準一郎「メキシコ鳥と蘭」
関野準一郎「メキシコ鳥と蘭」
1974年 木版 Ed.75
28.0×21.5cm signed

関野先生は創作版画の時代と作家についての素晴らしい著書を遺されましたが、同僚の作家たちへの公平な目、何よりご自身がたいへんなコレクターだったことはいつか書いておきたい。
アトリエに伺うと、壁面には長谷川潔や駒井哲郎の作品が飾られ、亭主が誌上オークションなど開催すると真っ先に電話をかけてきてエスティメートを尋ねる人でした。

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