我々は現代をみることなく、現代芸術を生むことはできない」瑛九

宮崎県立美術館(7月16日~8月28日)に続き 、埼玉県立近代美術館と、うらわ美術館の2会場で同時開催してきた「生誕100年記念瑛九展」はいよいよ明日11月6日が最終日です。
宮崎瑛九展2正面玄関宮崎県立美術館

亭主は社長のお供で3館すべての展示を拝見しました。
今まで開催された瑛九の回顧展ではもっともよくまとまって(整理されて)見ごたえのある展示で、1974年以来さまざまな瑛九展を見てきた亭主はほんとうに「生きてて良かった」と思ったのでありました。
「フォトデッサン」の重要性をこれほど明確に意識した回顧展はいままでありませんでした。亭主は長年「瑛九がもし国際的に評価されるとすれば、フォトデッサンによってである」と言い続けてきましたが、その願望を見事にかなえてくれたことに感謝の念を抱かずにはおられません。担当学芸員のご努力に深く敬意を表したいと思います。

それぞれの美術館の規模や歴史、学芸員のセンスなどの違いによるのでしょうか。同じ作品を使いながら随分と展観後の印象が違いました。
スタートの宮崎県立美術館での展示は四百数十点の作品と資料を狭い会場にぎっしり詰め込んだため、窮屈な感じでした。会場がないのなら仕方ありませんが、他に展示スペースがありながら、夏休み対策か「子供向け」の展示に二つものスペースを使ってしまったせいでしょう。少々残念な展示でした。

その点、宮崎で並べた全作品を、今度は埼玉県立近代美術館とうらわ美術館が二つにわけて余裕をもって同時開催したのは、とてもいいことでした。
私は3館の担当学芸員がどのような議論をして出品作品を確定し、どのように埼玉とうらわで分け合ったのか全く知りませんでしたが、おそらく作品の分捕り合戦になったのではないかと邪推していました。行くまではときの忘れものから貸し出した作品がどちらに展示されているのかもわかりませんでしたが、実際にはカタログの構成通り、「瑛九をめぐる8つのトピック」に基づき、作品群をわけた展示になっていました。
すなわち、
1:文筆家・杉田秀夫から瑛九へ(うらわ)
2:エスペラントと共に(埼玉)
3:絵筆に託して(うらわ)
4:日本回帰(うらわ)
5:思想と組織(埼玉)
6:転移するイメージ(埼玉)
7:啓蒙と普及(うらわ)
8:点へ・・・・・(埼玉)

埼玉とうらわの展示の比較ですが、
一定の作品群をどう見せるか、自館の特色を生かせるか、経験はもちろん、作家の理解度、過去の展示への敬意と新たな視点の提示が学芸員の課題となります。
わが国の公立美術館の先輩格の埼玉と、新米美術館のうらわではやはり埼玉に一日の長がありました。
埼玉の展示はまさに現在の美術状況に真っ向から対峙するハイレベルな展示として大成功したと、亭主は讃嘆しました。
埼玉・瑛九展
重点が置かれたフォトデッサン群と点描を中心とする油彩群、かつてないほど丁寧に集められた資料群、この三つが今生きている私たちに直接訴えかける展示になっていました。死んで半世紀以上経った作家の作品が、全然古くない、むしろ新しささえ感じる。見事でした。
それに対してうらわ美術館の展示はせっかくの作品群を生かす「うらわ」らしさに欠けていたように思います。

うらわ瑛九展
うらわ美術館は収集のコンセプトとして美術作品としての「本」に重点を置いてきたと仄聞しています。ホームページによれば<挿絵本だけでなく、装丁本や詩画集、さらには本をテーマとした立体作品など、皆さんに様々な表現による「本をめぐるアート」を紹介していきます>と自負してる。今回の瑛九展でもフォトデッサン作品集『眠りの理由』(1936年)と、『真昼の夢』(1951年)の完全セットをせっかく展示しながら、オリジナルとリプロダクションの違いや、新発掘の別バージョンについての言及も通りいっぺんで、あれでは瑛九のフォトデッサンが国際的にも注目すべき先駆的な仕事であることがわかりません。
埼玉が自館所蔵のフォトデッサン型紙群を大量に出品し、メディアと技法における瑛九の先駆性をわかりやすく展示したのに、うらわは1936年当時にプリント(『眠りの理由』はオリジナルから複写したポートフォリオです)を限定40部制作したことの意義にもまったく言及しておらず、もっと「本をめぐるアート」としての展示に工夫が欲しかったと思いました。

全体を通じて今回の出品作品選定で疑問に思ったのは、瑛九が影響を受けたとされるクレー、オノサト・トシノブ、三岸好太郎、古賀春江の作品を借りてきて展示したことです。
カラーコピーか何かで参考資料として見せればいいことで、わざわざオリジナルを瑛九の作品の間に展示する必要があったのでしょうか。
なぜこの4人なのか(長谷川三郎は写真でした、それで十分)もわからない構成でした。
どうせ他の作家を展示するのなら植田実さんの言うように、同時代作家である草間彌生のドット作品を並べた方がよほど気が利いていると思いませんか。

随分といいたい放題のことを書き連ねてしまいました。
無いものねだりのたわごととお笑いください。
とにかく、素晴らしい回顧展であることは保証します、ぜひお見逃しなく。

なお、ときの忘れものでは来年お正月早々から「第22回瑛九展」を開催します。
初期から晩年までの、油彩、水彩、フォトデッサン、版画(木版、銅版、リトグラフ)を網羅した展覧会です。どうぞご期待ください。

生誕100年記念 瑛九展カタログをときの忘れもので頒布しています。
『生誕100年記念 瑛九展』カタログ
生誕100年記念 瑛九展』カタログ
2011年
発行:宮崎県立美術館、埼玉県立近代美術館、うらわ美術館、美術館連絡協議会
編集:高野明広、小林美紀(宮崎県立美術館)、大久保静雄、梅津元(埼玉県立近代美術館)、山田志麻子(うらわ美術館)
292ページ 25.5x21.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから