君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第9回
「『信貴山縁起絵巻』と法輪」
私の修士論文のテーマは、森村泰昌が『信貴山縁起絵巻』の「剣の護法」に扮した作品の研究でした。なぜこのテーマを選んだのかというと、古い仏教美術と現代美術を結びつけるような研究をしてみたかったからです。実際に、イメージ論や造形論だけでは語れない様々な要素があり、苦労しましたが貴重な経験でした。
最初は一般的な仏教美術的な印象だった『信貴山縁起絵巻』ですが、実際研究を進めてみると説話的要素や仏教が伝わる以前の稲作信仰の影響などがあり、仏教的な要素だけでは説明できない絵巻でした。そひて森村泰昌が映像セルフポートレート作品として表現した時、さらに様々な要素が付け加えられたのです。
『信貴山縁起絵巻』は10世紀初め醍醐天皇の時代に実在した僧命蓮にまつわる霊験譚、法力譚を表した絵巻で、現存する最古の縁起絵巻ですが、他の院政期の絵巻と同様に説話的な要素が強く、説話絵巻として制作されたものが後に内容と関係の深い信貴山に納められたと考えられています。鎌倉時代に数多く制作された寺社縁起絵巻のように、寺社の功徳を説明する要素は少なく娯楽的な要素が強いので、現代人の感覚からしても面白い絵巻といえると思います。
特に森村泰昌が扮した「剣の護法」はとっても不思議な存在で、単純に仏ということは出来ませんでした。「剣の護法」は童子の姿で剣を沢山つけた鎧を着ており、手には不動明王と同じ剣と索を持っています。そして法輪を転がしたり、法輪の上に乗ったりしています。『信貴山縁起絵巻』の中でも比較的有名な場面なので、見たことがある方も多いのではないでしょうか。
森村泰昌も法輪を回転させながら空を飛行する「剣の護法」を演じています。仏教の中で法輪は輪宝ともいい、釈迦が説いた法が人間の迷いや悪を破り、駆逐するさまを宝輪にたとえ、舵輪状のしるしにしたものを言います。法輪の図像は、寺院の装飾や仏像の甲冑の装飾などにも広く用いられており、釈迦の教えのシンボルですがが、ひとつのデザインパターンとして普及しているものです。今でもお寺に行くと法輪のデザインをよく見かけます。
私は以前から法輪のデザインが好きだったのですが、回転する様子を躍動的に描いたものは少なかったので、特に『信貴山縁起絵巻』が気に入っていました。そして森村泰昌が、その図像をもとに法輪が回転し飛び回る映像を制作したことで、改めて本来の回転する武器であるということを確認し、器を釈迦の教えに転化するイメージ力はすごいなと感じました。
このような例を見ていると、『信貴山縁起絵巻』のように古くからある美術作品を現代美術として表現することによって、本来の意味が理解できることもあるのではないのかと感じました。

(きみじまあやこ)
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■君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。
◆君島彩子さんのエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。
「『信貴山縁起絵巻』と法輪」
私の修士論文のテーマは、森村泰昌が『信貴山縁起絵巻』の「剣の護法」に扮した作品の研究でした。なぜこのテーマを選んだのかというと、古い仏教美術と現代美術を結びつけるような研究をしてみたかったからです。実際に、イメージ論や造形論だけでは語れない様々な要素があり、苦労しましたが貴重な経験でした。
最初は一般的な仏教美術的な印象だった『信貴山縁起絵巻』ですが、実際研究を進めてみると説話的要素や仏教が伝わる以前の稲作信仰の影響などがあり、仏教的な要素だけでは説明できない絵巻でした。そひて森村泰昌が映像セルフポートレート作品として表現した時、さらに様々な要素が付け加えられたのです。
『信貴山縁起絵巻』は10世紀初め醍醐天皇の時代に実在した僧命蓮にまつわる霊験譚、法力譚を表した絵巻で、現存する最古の縁起絵巻ですが、他の院政期の絵巻と同様に説話的な要素が強く、説話絵巻として制作されたものが後に内容と関係の深い信貴山に納められたと考えられています。鎌倉時代に数多く制作された寺社縁起絵巻のように、寺社の功徳を説明する要素は少なく娯楽的な要素が強いので、現代人の感覚からしても面白い絵巻といえると思います。
特に森村泰昌が扮した「剣の護法」はとっても不思議な存在で、単純に仏ということは出来ませんでした。「剣の護法」は童子の姿で剣を沢山つけた鎧を着ており、手には不動明王と同じ剣と索を持っています。そして法輪を転がしたり、法輪の上に乗ったりしています。『信貴山縁起絵巻』の中でも比較的有名な場面なので、見たことがある方も多いのではないでしょうか。
森村泰昌も法輪を回転させながら空を飛行する「剣の護法」を演じています。仏教の中で法輪は輪宝ともいい、釈迦が説いた法が人間の迷いや悪を破り、駆逐するさまを宝輪にたとえ、舵輪状のしるしにしたものを言います。法輪の図像は、寺院の装飾や仏像の甲冑の装飾などにも広く用いられており、釈迦の教えのシンボルですがが、ひとつのデザインパターンとして普及しているものです。今でもお寺に行くと法輪のデザインをよく見かけます。
私は以前から法輪のデザインが好きだったのですが、回転する様子を躍動的に描いたものは少なかったので、特に『信貴山縁起絵巻』が気に入っていました。そして森村泰昌が、その図像をもとに法輪が回転し飛び回る映像を制作したことで、改めて本来の回転する武器であるということを確認し、器を釈迦の教えに転化するイメージ力はすごいなと感じました。
このような例を見ていると、『信貴山縁起絵巻』のように古くからある美術作品を現代美術として表現することによって、本来の意味が理解できることもあるのではないのかと感じました。

(きみじまあやこ)
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■君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。
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