瀧口修造展Ⅱ -大谷省吾さんのギャラリートーク-
イベントレポート担当のスタッフSこと新澤です。
先日3月15日(土)18時より、大谷省吾先生(東京国立近代美術館主任研究員)によるギャラリートークを開催いたしました。

亭主の紹介によると、大谷先生にはすでに20年以上にわたってお世話になっており、亭主が編集した『資生堂ギャラリー七十五年史』に、当時まだ大学院生だった大谷先生に最年少の執筆者として参画していただいたのがその発端だったそうです。その後、竹橋の近代美術館の研究員となられ、日本のシュルレアリスム美術のエキスパートとして、「地平線の夢」展や「靉光」展などを手掛けてこられましたが、なぜか瀧口修造を正面から採り上げる機会はなかった。そこで、ときの忘れものが本年の目玉としている「瀧口修造展Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ」には是非ともご出馬いただかなくてはと、亭主たっての希望に応え、満を持してのご登場です。すでに「瀧口修造展Ⅱ,Ⅲ」のカタログテキストも頂いており(今秋刊行予定)、15日のギャラリートークにも、工藤哲巳展でお忙しい中、貴重なお時間を割いていただきました。そういえば、カタログテキストの方も博士論文執筆と並行して進めていただいたそうで…。重ね重ねありがとうございました。
大谷先生のお話は、本展で展示しているデカルコマニーという技法がどんなものであるかや、その歴史から始まりました。瀧口修造についても分かりやすくお話いただき、画廊スタッフとしてはいささか予備知識に欠ける自分にはとてもためになる時間でした。そもそもデカルコマニーという言葉自体この画廊に勤めて初めて聞いた言葉で、作品を見るのも今回が初めて。つまりデカルコマニー=瀧口修造作品だったわけですが、デカルコマニーの技法はむしろ瀧口修造のようにデカルコマニーのみで完結することの方が珍しく、瀧口から遡ること100年、ジョルジュ・サンドなどによる初期のデカルコマニーでは、模様からイメージを想起して描き加えたり、あるいは想定したイメージに合わせて絵具を拡げたりすることが主流だということを、今回の大谷先生のお話でようやく知りました。あるがままを良しとする日本人と、状況をコントロール下に置きたがる欧米人の違いというものでしょうか。
昨今ではとても希少な資料を多数お持ちいただいたのですが、何よりもこのギャラリートークのために、手ずから来場者全員分のA4サイズの小冊子を作って下さったことに一番驚き、感激しました。内容は瀧口修造やデカルコマニーについての貴重な雑誌記事の写しで、正にファン垂涎の一品。

ご持参いただいた資料の一つ、『現代詩手帖』。
表紙に女性の彫刻のようにも見える瀧口修造のデカルコマニーが使われています。
自分は瀧口がデカルコマニー、というか創作活動に勤しみ始めたのは戦後であるという先入観があったのですが、そんなことはなく戦前にも創作はしていたという話に驚かされました。じゃぁ何故それがあまり知られていないのかというと、「戦争ですべてを焼失したから」と聞き、何ともやるせない気にさせられました。まぁ確かにあんな焼け野原で都合よく絵画作品だけが残るワケもありません。画家だった綾子夫人も戦前は展覧会等に出品されていたそうですが、その作品は戦災ですべて失われ、またどういうわけかその後制作を止めてしまったので、残る記録は僅かな白黒雑誌の記事ばかり。「瀧口との共作のデカルコマニー」など、聞くだけで面白そうな作品の記録はあるのに、あぁ勿体無い…
ともあれ、シュルレアリスムにおいてオスカー・ドミンゲスが創始したとされるデカルコマニーに初めて瀧口が触れたのは1936年、フランスで美術雑誌「ミノトール」第8号に掲載されたアンドレ・ブルトンの「対象の予想されないデカルコマニーについて」だったようです。瀧口はその記事をいち早く翻訳し、同年12月に日本の美術雑誌「阿々土」に掲載しました。そこにはデカルコマニーの制作方法についても述べられているのですが、どうやら翻訳しているうちに自分も挑戦したくなったらしく、この記事のすぐ後に瀧口は自らデカルコマニーを制作して展覧会に出品しています。
この展覧会というのが後に瀧口の妻となる鈴木綾子が創立メンバーとして関わっていた新造形美術協会第5回展(東京府美術館、1937年3月)でした。日本で初めてシュルレアリスト集団を名乗ったこのグループですが、大谷さん曰く、「知っている人は相当のマニア」とのこと。後にこのグループは分裂してしまい、瀧口はその間を取り持とうと奔走したそうですが、結局目的を達することが出来なかったようだ、という話が特に印象に残りました。瀧口修造といえば日本のシュルレアリスムにおいては神様のような人物というイメージが強かっただけに、その影響力をもってしても、自らを先駆者と自負する作家たちのもつれた人間関係を解きほぐし、また糾合するには十分ではなかったのかと、複雑な想いを抱かされました。
1960年代初め頃に再び瀧口修造がデカルコマニーの制作を開始した事情について、大谷先生は吸取紙に着目されていました。ドローイングや水彩を乾かすために吸取紙を用いたと、瀧口自身が語っているのですが、この吸取紙を押し当てて剥がすという過程は、デカルコマニーの制作過程と全く同様であり連続しているというお話で、そう言われてみるとまさにそのとおり、眼から鱗が落ちるようなご指摘だと思いました。といっても、自分あたりの感想ではあまり説得力はないかもしれませんが…。
このギャラリートークの内容は「瀧口修造展Ⅱ,Ⅲ」のカタログテキストに詳述されていますので、どうぞ秋の刊行にご期待ください。
(このレポートは自分ひとりではとても書き上げられなくて、当日のギャラリートークに参加されていた土渕信彦さんに添削指導を賜りました。土渕さん、ありがとうございました。)
(しんざわ ゆう)

■ときの忘れものは2014年3月12日[水]―3月29日[土]「瀧口修造展 II」開催しています(※会期中無休)。

今回は「瀧口修造展 Ⅰ」では展示しなかったデカルコマニー30点をご覧いただきます。
●出品作品を順次ご紹介します。
瀧口修造
《Ⅱ-20》
デカルコマニー、紙
※Ⅱ-21と対
Image size: 14.2×9.3cm
Sheet size: 25.8x19.0cm
瀧口修造
《Ⅱ-21》
デカルコマニー、紙
※Ⅱ-20と対
Image size: 15.5x9.3cm
Sheet size: 25.7x19.0cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
このブログでは関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
●カタログのご案内
『瀧口修造展 I』図録
2013年
ときの忘れもの 発行
図版:44点
英文併記
21.5x15.2cm
ハードカバー
76ページ
執筆:土渕信彦「瀧口修造―人と作品」
再録:瀧口修造「私も描く」「手が先き、先きが手」
価格:2,100円(税込)
※送料別途250円(お申し込みはコチラへ)
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●本日のウォーホル語録
「セックスは、シーツの間よりも、スクリーンの上や、ページとページの間の方がはるかにエキサイティングだ。子供たちに、それについて読ませ、期待させ、現実に直面する直前に、もう、いちばんすてきなところはすでに知ってしまって、あとにしてしまったということを知らせてやりなさい。
―アンディ・ウォーホル」
ときの忘れものでは4月19日~5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催しますが、それに向けて、1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介して行きます。
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イベントレポート担当のスタッフSこと新澤です。
先日3月15日(土)18時より、大谷省吾先生(東京国立近代美術館主任研究員)によるギャラリートークを開催いたしました。

亭主の紹介によると、大谷先生にはすでに20年以上にわたってお世話になっており、亭主が編集した『資生堂ギャラリー七十五年史』に、当時まだ大学院生だった大谷先生に最年少の執筆者として参画していただいたのがその発端だったそうです。その後、竹橋の近代美術館の研究員となられ、日本のシュルレアリスム美術のエキスパートとして、「地平線の夢」展や「靉光」展などを手掛けてこられましたが、なぜか瀧口修造を正面から採り上げる機会はなかった。そこで、ときの忘れものが本年の目玉としている「瀧口修造展Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ」には是非ともご出馬いただかなくてはと、亭主たっての希望に応え、満を持してのご登場です。すでに「瀧口修造展Ⅱ,Ⅲ」のカタログテキストも頂いており(今秋刊行予定)、15日のギャラリートークにも、工藤哲巳展でお忙しい中、貴重なお時間を割いていただきました。そういえば、カタログテキストの方も博士論文執筆と並行して進めていただいたそうで…。重ね重ねありがとうございました。
大谷先生のお話は、本展で展示しているデカルコマニーという技法がどんなものであるかや、その歴史から始まりました。瀧口修造についても分かりやすくお話いただき、画廊スタッフとしてはいささか予備知識に欠ける自分にはとてもためになる時間でした。そもそもデカルコマニーという言葉自体この画廊に勤めて初めて聞いた言葉で、作品を見るのも今回が初めて。つまりデカルコマニー=瀧口修造作品だったわけですが、デカルコマニーの技法はむしろ瀧口修造のようにデカルコマニーのみで完結することの方が珍しく、瀧口から遡ること100年、ジョルジュ・サンドなどによる初期のデカルコマニーでは、模様からイメージを想起して描き加えたり、あるいは想定したイメージに合わせて絵具を拡げたりすることが主流だということを、今回の大谷先生のお話でようやく知りました。あるがままを良しとする日本人と、状況をコントロール下に置きたがる欧米人の違いというものでしょうか。
昨今ではとても希少な資料を多数お持ちいただいたのですが、何よりもこのギャラリートークのために、手ずから来場者全員分のA4サイズの小冊子を作って下さったことに一番驚き、感激しました。内容は瀧口修造やデカルコマニーについての貴重な雑誌記事の写しで、正にファン垂涎の一品。

ご持参いただいた資料の一つ、『現代詩手帖』。
表紙に女性の彫刻のようにも見える瀧口修造のデカルコマニーが使われています。
自分は瀧口がデカルコマニー、というか創作活動に勤しみ始めたのは戦後であるという先入観があったのですが、そんなことはなく戦前にも創作はしていたという話に驚かされました。じゃぁ何故それがあまり知られていないのかというと、「戦争ですべてを焼失したから」と聞き、何ともやるせない気にさせられました。まぁ確かにあんな焼け野原で都合よく絵画作品だけが残るワケもありません。画家だった綾子夫人も戦前は展覧会等に出品されていたそうですが、その作品は戦災ですべて失われ、またどういうわけかその後制作を止めてしまったので、残る記録は僅かな白黒雑誌の記事ばかり。「瀧口との共作のデカルコマニー」など、聞くだけで面白そうな作品の記録はあるのに、あぁ勿体無い…
ともあれ、シュルレアリスムにおいてオスカー・ドミンゲスが創始したとされるデカルコマニーに初めて瀧口が触れたのは1936年、フランスで美術雑誌「ミノトール」第8号に掲載されたアンドレ・ブルトンの「対象の予想されないデカルコマニーについて」だったようです。瀧口はその記事をいち早く翻訳し、同年12月に日本の美術雑誌「阿々土」に掲載しました。そこにはデカルコマニーの制作方法についても述べられているのですが、どうやら翻訳しているうちに自分も挑戦したくなったらしく、この記事のすぐ後に瀧口は自らデカルコマニーを制作して展覧会に出品しています。
この展覧会というのが後に瀧口の妻となる鈴木綾子が創立メンバーとして関わっていた新造形美術協会第5回展(東京府美術館、1937年3月)でした。日本で初めてシュルレアリスト集団を名乗ったこのグループですが、大谷さん曰く、「知っている人は相当のマニア」とのこと。後にこのグループは分裂してしまい、瀧口はその間を取り持とうと奔走したそうですが、結局目的を達することが出来なかったようだ、という話が特に印象に残りました。瀧口修造といえば日本のシュルレアリスムにおいては神様のような人物というイメージが強かっただけに、その影響力をもってしても、自らを先駆者と自負する作家たちのもつれた人間関係を解きほぐし、また糾合するには十分ではなかったのかと、複雑な想いを抱かされました。
1960年代初め頃に再び瀧口修造がデカルコマニーの制作を開始した事情について、大谷先生は吸取紙に着目されていました。ドローイングや水彩を乾かすために吸取紙を用いたと、瀧口自身が語っているのですが、この吸取紙を押し当てて剥がすという過程は、デカルコマニーの制作過程と全く同様であり連続しているというお話で、そう言われてみるとまさにそのとおり、眼から鱗が落ちるようなご指摘だと思いました。といっても、自分あたりの感想ではあまり説得力はないかもしれませんが…。
このギャラリートークの内容は「瀧口修造展Ⅱ,Ⅲ」のカタログテキストに詳述されていますので、どうぞ秋の刊行にご期待ください。
(このレポートは自分ひとりではとても書き上げられなくて、当日のギャラリートークに参加されていた土渕信彦さんに添削指導を賜りました。土渕さん、ありがとうございました。)
(しんざわ ゆう)

■ときの忘れものは2014年3月12日[水]―3月29日[土]「瀧口修造展 II」開催しています(※会期中無休)。

今回は「瀧口修造展 Ⅰ」では展示しなかったデカルコマニー30点をご覧いただきます。
●出品作品を順次ご紹介します。
瀧口修造《Ⅱ-20》
デカルコマニー、紙
※Ⅱ-21と対
Image size: 14.2×9.3cm
Sheet size: 25.8x19.0cm
瀧口修造《Ⅱ-21》
デカルコマニー、紙
※Ⅱ-20と対
Image size: 15.5x9.3cm
Sheet size: 25.7x19.0cm
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このブログでは関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
●カタログのご案内
『瀧口修造展 I』図録2013年
ときの忘れもの 発行
図版:44点
英文併記
21.5x15.2cm
ハードカバー
76ページ
執筆:土渕信彦「瀧口修造―人と作品」
再録:瀧口修造「私も描く」「手が先き、先きが手」
価格:2,100円(税込)
※送料別途250円(お申し込みはコチラへ)
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●本日のウォーホル語録
「セックスは、シーツの間よりも、スクリーンの上や、ページとページの間の方がはるかにエキサイティングだ。子供たちに、それについて読ませ、期待させ、現実に直面する直前に、もう、いちばんすてきなところはすでに知ってしまって、あとにしてしまったということを知らせてやりなさい。
―アンディ・ウォーホル」
ときの忘れものでは4月19日~5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催しますが、それに向けて、1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介して行きます。
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