<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第19回

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仰向けになって、両手を広げ、やや不機嫌な顔で宙を見つめている。女の子のようだ。
そのとなりには、横を向いて寝ている子どもがいて、こちらは男の子。女子のほうが少し年齢が上だから、兄弟かもしれない。
膝を折り曲げた女の子の両脚は右に傾いている。さっきまで体をそちら側(つまり男の子と反対側)にむけて、横向きに寝ていたのだ。ふっと目が開き、足はそのままに、折り畳んでいた上半身を開いて仰向けの姿勢になった。
女の子を眠りから覚ましたのは、木々のあいだから射し込む光だった。虫メガネで集めたような鋭い光線が、葉のあいだを抜け、目蓋を直撃し、それを振り払うように、あらっぽく衝動的に左手を開いたのだ。
右手は寝ているあいだずっと敷物の上だったが、左手の方は開いた瞬間、反対側にあるものに触れた。右側にあるものと感触がちがい、暖かでやわらかい。
彼女は薄目をあけてむかってくる光を見つめながら、左手が触れているものを感じとっている。それがなにかは半分わかりかかっているが、腕はどけないし、そちらを見ることもしない。
腕に下に感じる静かな生命と、瞳に射し込む光という、真逆の存在が心を波立たせ、腕を上げたり下したりして弟の胸を叩く。気づいた彼がむずかるが、やめない。
光にそそがれる視線はなにも見ていないし、自分がどこにいて、なにをしているかも、わかっていない。その身に理性が灯るまで、彼女はエネルギーが暴れるに任せるだろう。だれのなかにも眠っている、幼なきころの、半人間のような虚ろな状態。
~~~~
●紹介作品データ:
西村多美子
《井の頭、東京都》
1970年代初期
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ: 36.5x54.7cm
シートサイズ: 44.6x54.7cm
Ed.1
サインあり
■西村多美子 Tamiko NISHIMURA(1976-)
1948年東京に生まれる。東京写真専門学院(現東京ビジュアルアーツ)で写真を学ぶ。学生時代の1968年頃アングラ劇団「状況劇場」の写真を撮る。初めての撮影は「由比正雪」で、唐十郎や麿赤児、四谷シモンなどの怪優たちに目を見張ったという。卒業前に、復帰前の沖縄へ初めての一人旅へ出る。
1969年卒業後はアルバイトや雑誌の仕事を行ない、原稿料が入るとカメラを持って旅に出掛けた。撮影地は圧倒的に北海道と東北が多いが、関東、北陸、関西と広範囲にもおよんでいる。1990年代からはヨーロッパ、キューバ、ベトナムなど海外を撮影している。
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

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仰向けになって、両手を広げ、やや不機嫌な顔で宙を見つめている。女の子のようだ。
そのとなりには、横を向いて寝ている子どもがいて、こちらは男の子。女子のほうが少し年齢が上だから、兄弟かもしれない。
膝を折り曲げた女の子の両脚は右に傾いている。さっきまで体をそちら側(つまり男の子と反対側)にむけて、横向きに寝ていたのだ。ふっと目が開き、足はそのままに、折り畳んでいた上半身を開いて仰向けの姿勢になった。
女の子を眠りから覚ましたのは、木々のあいだから射し込む光だった。虫メガネで集めたような鋭い光線が、葉のあいだを抜け、目蓋を直撃し、それを振り払うように、あらっぽく衝動的に左手を開いたのだ。
右手は寝ているあいだずっと敷物の上だったが、左手の方は開いた瞬間、反対側にあるものに触れた。右側にあるものと感触がちがい、暖かでやわらかい。
彼女は薄目をあけてむかってくる光を見つめながら、左手が触れているものを感じとっている。それがなにかは半分わかりかかっているが、腕はどけないし、そちらを見ることもしない。
腕に下に感じる静かな生命と、瞳に射し込む光という、真逆の存在が心を波立たせ、腕を上げたり下したりして弟の胸を叩く。気づいた彼がむずかるが、やめない。
光にそそがれる視線はなにも見ていないし、自分がどこにいて、なにをしているかも、わかっていない。その身に理性が灯るまで、彼女はエネルギーが暴れるに任せるだろう。だれのなかにも眠っている、幼なきころの、半人間のような虚ろな状態。
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●紹介作品データ:
西村多美子
《井の頭、東京都》
1970年代初期
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ: 36.5x54.7cm
シートサイズ: 44.6x54.7cm
Ed.1
サインあり
■西村多美子 Tamiko NISHIMURA(1976-)
1948年東京に生まれる。東京写真専門学院(現東京ビジュアルアーツ)で写真を学ぶ。学生時代の1968年頃アングラ劇団「状況劇場」の写真を撮る。初めての撮影は「由比正雪」で、唐十郎や麿赤児、四谷シモンなどの怪優たちに目を見張ったという。卒業前に、復帰前の沖縄へ初めての一人旅へ出る。
1969年卒業後はアルバイトや雑誌の仕事を行ない、原稿料が入るとカメラを持って旅に出掛けた。撮影地は圧倒的に北海道と東北が多いが、関東、北陸、関西と広範囲にもおよんでいる。1990年代からはヨーロッパ、キューバ、ベトナムなど海外を撮影している。
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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