Use museums to look for artists' good time.

笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」 第12回

「美術館を利用し、作家の良き時代をさぐる」


 1986年、年も暮れようとしていた寒い土曜日だった。ニューヨークのマンハッタン、ソーホー地区の画廊街をあちこち、ゆったりと見て歩いていると、親しくしているエリート・バンカーの若いアメリカ人のコレクターとバッタリ。
「元気? 最近何か手に入れた?」 彼が先手をうってきた。いつもながらの挨拶がわりの言葉だ。
「1週間程前に、極上質のデュビュッフェを1点、手に入れましたよ」
「いつ頃の作品? シリーズは何?」 矢継ぎ早に、勘所をついた鋭い問が飛んでくる。「1949年のグワッシュ。ピザージュ・グロテスクのシリーズ」“グロテスクな風景”:1949年3月から1950年1月迄の10ヶ月間に、制作された作品のシリーズの名称
「すごい!! 良い時期のものだ。めったお目にかかれないシリーズの作品。ところで、どこでそれ買われたのですか?」
「ピエール・マティス・ギャラリー」〔世界的な超一流画廊で、特に『デュビュッフェに関しては世界でトップ』と言われていた〕
「やっぱりね。『ピエールの眼は桁違いに良い』と言われているので、それ、いい作品なのでしょうね。それにしても、よく買えましたね。『近頃、ピエールは作品を売らなくなった』と言う噂が広まってますしね」
 ニューヨークの画廊街での、親しいコレクター同士のなにげない対話である。
 しかし、冷静に、対話の内容を追ってみると、欧米のコレクターの習性の一面があぶり出されてくる。
 一言で言えば、その作家の作品ならなんでもよいというような動きはしない。好みの作家でも、上質な作品を多く創出した時期、即ち、その作家を語る時にはずせない時期の作品群に“的”をしぼってコレクションしてくる。シッカリとしたコレクターの常道である。そのために、日々多様な習練や情報採集を重ね、コレクションの質を高める努力をおしまない。このような動きが自分のコレクション行為に与えた影響は計り知れない。

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 前回エッセイでの記述の〔2〕:“好みの作家の“特性”をより深く把握する”につき、具体的に見てみると……。
 プロ野球界の天才、長嶋でも、打率3割3分前後を連続打ったのは、16年間の選手人生でたったの3年間〔1959年が0.334、60年が0.334、61年が0.353〕と短い。同様に、高名な作家でも、上質の作品を連続的に産み出す時期がある。しかし、期間は限られている。どうしてと思う程にどうしようもない作品を制作する時期もある。
 他人のゲン〔言〕でなく、自分の眼で、好みの作家のこのような時期をどのようにしてさぐるか……、それを確認する方法をあれやこれや試行錯誤を繰り返した。挙げ句の果て、結論として、美術館を利用するのが最良の策と思った。
 しかも、好みの作家、例えばデュビュッフェなら、どの美術館が上質の作品を多数収蔵していて、かつ、そこにはデュビュッフェを知り尽したキュレーターがいるか、あるいは、過去にいたか、を多様な情報網を利用して多角的にチェックした。その結果、浮き上ってきた美術館がニューヨーク近代美術館とパリのポンピドゥー・センターだった。
 この2館に機会ある度に立ち寄り、デュビュッフェの常設や企画の展示作品を具(ツブサ)にチェックすることを繰り返し、自分なりのパターンをつくった。
 そして、これらから弾き出した“自分のデータ”を、あの最高の眼を持ったピエール・マティスの画廊での展示作品と照合し、その特定時期の内容の特徴までも確認し、自分の行動の正確度をあげることを意図した。
 前述2館での自分の行動が日記に残っている。それらの中から、2例程、ここに記述してみたい。

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 1990年12月2日、ニューヨーク近代美術館では、“現代美術の源流”をさぐる企画展、≪High & Low≫が開かれていた。
 ここの優秀なキュレーターは「どんな切り口を見せるのか?」 又、この特殊な企画展では、「デュビュッフェはどんな位置づけがなされているのか?」
 自分にとって、この2つの重要なテーマを抱えて、これを見にいった。そして、その前夜、「先入観を総て捨て、自然体で見ること」と日記帳のその日の頁の一番上に、自分への警告を書き留めている。真剣だったようだ。
 大きな源流として、≪キュービズム≫と≪ダダ≫をクローズアップ。1920年代にアメリカで、この2つの流れを融合させたスチュワート・デービスをアメリカ美術の源流としていた。これら3つの流れ以外に、さらに異った源流も提示していた。イタリアの未来派のバッラの流れ。これらと全く異質のデュビュッフェの流れ。主要な源流は5つ。デュビュッフェの流れは重視されていて、予想以上に大きく取り上げられているのに驚く。
 デュビュッフェの作品は目立って多く展示されていて、「嬉しかった」のは、≪ピザージュ・グロテスク≫のシリーズの大作2点が、この展示の中心的な存在として、据えられていたことだ。
 この他に、1945年の作品が2点。さらに、≪ポートレート≫のシリーズ1946年8月~47年2月と、47年6月~7月の2つの期間に描かれた。気心を知った友人の肖像を幼児が描くような表現で、人物の外観をそっくりに描くのではなく、その人の性格まで含めた“印象”としての肖像を適格に表現したシリーズは1946年が2点、47年が3点、合計5点。これら以外の年代の作品は展示されず。
 ここで、ハッキリと確認できたこと。
(i):デュビュッフェの極めて重要な時期は40年代後半。
(ii):シリーズで見てみると、≪ポートレート≫と≪ピザージュ・グロテスク≫に代表的位置を与えていた。

 自分のコレクションに自信を持たせる裏打ちを与え、さらに、今後に励みを与えたのがこの企画展だった。

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 1994年6月22日〔CENTRE GEOGES POMPIDOWで〕
 今日は一般展示をジックリ見ることにした。訪問時のテーマは3つ。まず「良質の作品を見て総合的な勘を養うこと」 次に、「ポンピドゥー・センターの現代美術に対する最新の視角をつかむこと」 最後に、「デュビュッフェの展示室の内容分析」
この3番目のテーマの部分だけを日記より抽出すると……。
 デュビュッフェはやはり相当に重視している。展示場のレイアウトが変えられ、かなり変化していたが、作品展示スペースは相変らず広い。今日見た限りだと、アンリ・マティスがトップで、次に位置しているのがデュビュッフェ。巨匠レジェと比べてみても総合的な展示では勝っていた。
 デュビュッフェは21作品が展示され、頭抜けて多かった。他フロアーにも2点展示。この21点を丹念に時間をかけてみた。

第12回 表


デュビュッフェ「Le Metro」_600パリ地下鉄の車内の雰囲気がよく出ている。地下鉄の走る音、車内でのオシャベリも聞える。走る振動も感じる。


 フランスの文化戦略の核となっている、ル・アーブル生れの生粋のフランス人ゆえ、ここでは広き時代にわたって作品を展示している。が、やはり重点は1940年代に置かれている。その中でも、≪ポートレート≫シリーズは、ここでも重視されている。他フロアーにも、ポートレートのドローイングが2点展示されていた。

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 頭書の1986年にピエール・マティスから購入した作品“動物と子供達”(1949)は、2015年3月7日(土)~5月17日(日)まで、東京国立近代美術館の2階の一般展示ギャラリーで展示されてます。又、1975年に南画廊から購入した1947年制作の“3人のベドウィン人”も同時に展示されてます。
 前回エッセイの中の〔3〕の“美術館での購入作品の事後検証”は次回記述します。

(ささぬまとしき)

笹沼俊樹 Toshiki SASANUMA(1939-)
1939年、東京生まれ。商社で東京、ニューヨークに勤務。趣味で始めた現代美術コレクションだが、独自にその手法を模索し、国内外の国公立・私立美術館等にも認められる質の高いコレクションで知られる。企画展への作品貸し出しも多い。駐在中の体験をもとにアメリカ企業のメセナ活動について論じた「メセナABC」を『美術手帖』に連載。その他、新聞・雑誌等への寄稿多数。
主な著書:『企業の文化資本』(日刊工業新聞社、1992年)、「今日のパトロン、アメリカ企業と美術」『美術手帖』(美術出版社、1985年7月号)、「メセナABC」『美術手帖』(美術出版社、1993年1月号~12月号、毎月連載)他。

※笹沼俊樹さんへの質問、今後エッセイで取り上げてもらいたい事などございましたら、コメント欄よりご連絡ください。

●書籍のご紹介
笹沼俊樹『現代美術コレクションの楽しみ』笹沼俊樹
『現代美術コレクションの楽しみ―商社マン・コレクターからのニューヨーク便り』

2013年
三元社 発行
171ページ
18.8x13.0cm
税込1,944円(税込)
※送料別途250円

舞台は、現代美術全盛のNY(ニューヨーク)。
駆け出しコレクターが摩天楼で手にしたものは…
“作品を売らない”伝説の一流画廊ピエール・マティスとのスリリングな駆け引き、リーマン・ブラザーズCEOが倒産寸前に売りに出したコレクション!? クセのある欧米コレクターから「日本美術」を買い戻すには…。ニューヨーク画商界の一記録としても貴重な前代未聞のエピソードの数々。趣味が高じて、今では国内外で認められるコレクターとなった著者がコレクションの醍醐味をお届けします。(本書帯より転載)

目次(抄):
I コレクションは病
II コレクションの基礎固め
III 「売約済みです」―ピエール・マティスの想い出
IV 従来のコレクション手法を壊し、より自由に―ジョエル・シャピロのケース
V 欧米で日本の美を追う

◆笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」は毎月8日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ベン・ニコルソンです。
20150408_nicholson_04ベン・ニコルソン
「作品」
1968年
エッチング、鉛筆、ガッシュ、紙
イメージサイズ:30.0x28.0cm
シートサイズ:43.5x37.5cm
サインあり


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