Follow-up review on collected Dubuffet work
笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」 第13回
「事後検証について」
かなり前のことだった。ニューヨークで失敗をやらかしている。一、二度しか立ち寄ったことがない画廊に、何気なくフラリと入った。以前から気になっていた作家の作品が展示されているではないか……! 何を血迷ったか……、この作品に飛びついた。今、思えばまさに、絵にかいたような衝動買いだ。
しかし、この時、興味はあったが、この作家の作品をコレクションに加える意志は固めてなかった。従って、それへの学習はあまり進んでなかった。
一ヵ月程経った頃、異った画廊に寄ると、同じ作家の同時代、同サイズの作品が眼に止まる。価格を聞くと、ほぼ同じ。「買った作品と比べると、この方が質ははるかに良い。好みにもより近い」 なんとも言いようのない、苦い思いが走った。
「これ、よくある事」では済まされない。富裕層の出ならともかくも、財力が限られた筆者のようなサラリーマン・コレクターがこのような行為を重ね、無計画に≪無駄銭≫を使うと、「いざ」という時の購入資金を減少させることになる。と同時に、このような事を重ねると、コレクションの内容も貧弱になる。さらには、自分の部屋に飾り、しばらくの間見ていると、この手は必ず「ものたりなさ」を強く感じるようになる。挙句の果てに、「自分には作品を見る眼がないのでは……?」など、自戒の念も惹起(じゃっき)させ、精神衛生にもよくない。
幾つかの失敗を体験した後、「これではたまらない」と工夫を重ねだした。
まず、前々回のエッセイで記述したような方法で、≪コレクションする作家≫を決める。その後に、下記のような三つの〔Step〕を順次、必ず、踏むようになった。
〔Step I〕:「作品の購入を計画する」
これに関しては、前回のエッセイで詳述した。選定した美術館で作品を沢山見て、その作家の特性や作品の研究を徹底的に行う。そして、その作家についての正確な市場情報の採集も併せて行う。
作品購入までの過程で、これらが綿密に行われていることが、この「計画」の核となる。これによって、自分の「狙い」や「好みのパターン」もしっかりと定まる。コレクション行為の基礎にあたるものだ。
〔Step II〕:「実行する」
購入行為がこれだ。まず第一に≪好みの作家の作品購入≫を何処でするか? これを定めることが重要だ。コレクションの質に多大な影響が出る。その作家を長期間扱っていて、市場での評価が高く、かつ、眼が良い超一流の画商が条件だ。この選定には力を入れ、作家別に厳密に行った。例えば、デュビュッフェなら、ピエール・マティス画廊、アクアヴェラ画廊〔共に、ニューヨーク〕、バイエラー画廊〔スイスのバーゼル〕を選んだ。
ここは、一瞬たりとも気の抜けない異邦人との実戦の場なので、間違った選択を極力抑えるべく、〔Step I〕で修得した事を、反射的に出てくる<勘>にまで昇華させておくことが理想だ。
〔Step III〕:「事後検証をする」
「購入した作品」の“質”を、機会を見つけて検証することが主目的になる。これを行った結果、質に何んらかの不満点や疑問点が出ると、〔Step I〕や〔Step II〕の過程で、何か欠落した要素があったか、調べるのだ。
これを行うことで、「今後の課題」や「反省点」があぶり出せる。次の実戦への多様な教訓や修正点を導き出すことにもなる。
このような一種のケース・スタディを繰り返し行えば、さらに内容の濃い、質の高いコレクションに向かえるように思った。
三つの〔Step〕はどれも重要なのだが、特に〔Step III〕には重点をおき注意深く行った。これは〔Step I〕で作家別に選定した超一流美術館で行った。要するに、選りすぐりの作品と、自分が購入した作品とをジックリと比較し、「どのような面が、どのように違うのか……」調べる。自分が実際に行った一例を記述すると……。
この作品の購入行為についての、総マトメにも当たる“事後検証”の絶好の機会が突然出現。しかも、これ以上ない最高の場所で、これができるのは夢のような事。肩に力が入った。訪問の3日前から、その折のテーマを考えた。
○〔テーマ1〕:この作品の制作年の“1949年”に対して、キュレーターはどんな位置づけを与えてるのか?
○〔テーマ2〕:展示作品と比較して、今回購入した作品の質は?
○〔テーマ3〕:画商で上質の作品を貸し出したところはどこか? コレクターにも注目。
3階の大展示室を使い展示されていた。1940年代、50年代、60年代、70年代の水彩〔グワッシュ含む〕、墨、インク、マーカー、鉛筆……で、紙に描かれた89点の作品で構成されていた。
まず、注目したのは、最晩期にあたる80年代〔1985年逝去〕の作品〔市場には沢山ある〕は1点も展示されてなかった事、又、70年代の作品への評価が弱い事に驚く。
まず最初にとりかかったのは、作品を細かく1点1点見ながら、その制作年を書きとり、年別の作品分布表を、現場でつくった。ここのキュレーターの視角を把握するとともに、“1949年の位置づけ”をつきとめるためだ。それがこれである。

(i):1940年代の作品重視。7年間で30点〔全展示作品の約3分の1〕。
(ii):1946年の1点、47年の2点がポートレートのシリーズ。
(iii):1949年の作品は4点。40年代後半では2番目に多い作品展示。どれも、ピザージュ・グロテスクのシリーズ。重視している。
(iv):40年代の作品内容は他年代のそれらと比べ、非常に魅力的。
(v):70年代・80年代の作品が非常に少ない。80年代に至っては、0。「一般市場でも、この時代は賛否両論が出ている。価格も他年代よりかなり低い」この現象の裏付けが、ここに出ていた。
(vi):全時代を通して展示作品を注意して見ると、≪人物≫を描き入れた作品が大部分を占める。特に60年代は全部これ。≪人物≫の入ってない抽象性の強いイメージの作品は少ない。それは、50年代に集中していた。キュレーターの学術上のデュビュッフェに対する解釈の一断面を見たような気がした。
(vii):画商ではピエール・マティスとシドニー・ジャニスが極めて上質の作品を出品。コレクターでは、ラルフ・F・コーリン〔アメリカの大コレクター〕が頭抜けて眼がよい。彼はピエール・マティスから作品を購入していた。
(viii):展示作品、ひとつひとつをつぶさにチェック。今回、ピエール・マティスから購入した作品は極上質であること判明。作品を購入する画廊を厳選することの重要性を再確認。
(ix):結論。今回の作品購入に関しては、≪反省点≫や≪欠落点≫見つからず。非常に稀なケースだ。
蛇足ながら、ゲーム感覚で行った≪事後検証≫もあった。美術館でなく、選定した画廊で、である。この事後検証は、冷酷な数字で答が出る。スリルを感じるものだった。次回エッセイで記述してみたい。
(ささぬまとしき)
■笹沼俊樹 Toshiki SASANUMA(1939-)
1939年、東京生まれ。商社で東京、ニューヨークに勤務。趣味で始めた現代美術コレクションだが、独自にその手法を模索し、国内外の国公立・私立美術館等にも認められる質の高いコレクションで知られる。企画展への作品貸し出しも多い。駐在中の体験をもとにアメリカ企業のメセナ活動について論じた「メセナABC」を『美術手帖』に連載。その他、新聞・雑誌等への寄稿多数。
主な著書:『企業の文化資本』(日刊工業新聞社、1992年)、「今日のパトロン、アメリカ企業と美術」『美術手帖』(美術出版社、1985年7月号)、「メセナABC」『美術手帖』(美術出版社、1993年1月号~12月号、毎月連載)他。
※笹沼俊樹さんへの質問、今後エッセイで取り上げてもらいたい事などございましたら、コメント欄よりご連絡ください。
●書籍のご紹介
笹沼俊樹
『現代美術コレクションの楽しみ―商社マン・コレクターからのニューヨーク便り』
2013年
三元社 発行
171ページ
18.8x13.0cm
税込1,944円(税込)
※送料別途250円
舞台は、現代美術全盛のNY(ニューヨーク)。
駆け出しコレクターが摩天楼で手にしたものは…
“作品を売らない”伝説の一流画廊ピエール・マティスとのスリリングな駆け引き、リーマン・ブラザーズCEOが倒産寸前に売りに出したコレクション!? クセのある欧米コレクターから「日本美術」を買い戻すには…。ニューヨーク画商界の一記録としても貴重な前代未聞のエピソードの数々。趣味が高じて、今では国内外で認められるコレクターとなった著者がコレクションの醍醐味をお届けします。(本書帯より転載)
目次(抄):
I コレクションは病
II コレクションの基礎固め
III 「売約済みです」―ピエール・マティスの想い出
IV 従来のコレクション手法を壊し、より自由に―ジョエル・シャピロのケース
V 欧米で日本の美を追う
◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
・frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は毎月5日の更新です。
・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」は毎月8日の更新です。
・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
・井桁裕子のエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
・小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。
・「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
・新連載「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」は英文版とともに随時更新します。
・浜田宏司のエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
・深野一朗のエッセイは随時更新します。
・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイ他を随時更新します。
・故・木村利三郎のエッセイ、70年代NYのアートシーンを活写した「ニューヨーク便り」の再録掲載は終了しました。
・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は終了しました。
・故・難波田龍起のエッセイ「絵画への道」の再録掲載は終了しました。
・森下泰輔のエッセイ「私のAndy Warhol体験」は終了しました。
・ときの忘れものでは2014年からシリーズ企画「瀧口修造展」を開催し、関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
今までのバックナンバーはコチラをクリックしてください。
●臨時ニュース
ご紹介するのが遅くなってしまいましたが、足かけ2年にわたる改修工事を経て、去る4月11日にリニューアルオープンした埼玉県立近代美術館で、5月10日にトークセッションが開催されます。
リニューアルオープン記念展
4/11-5/24「private, private ―わたしをひらくコレクション」
トークセッション 5月10日14:30~16:30 2階講堂 先着70名(無料)
「MOMAT×MOT×MOMAS-コレクション展示の可能性」
鈴木勝雄(東京国立近代美術館主任研究官)
藤井亜紀(東京都現代美術館学芸員)
梅津元(埼玉県立近代美術館主任学芸員)
+「private, private-わたしをひらくコレクション」各セクション担当学芸員
※企画展およびイベント詳細はホームページを参照。
リニューアルオープン記念展「private, private-わたしをひらくコレクション」は、それぞれに特徴的なテーマを掲げた3つのセクション、映像作品によるプロローグとエピローグ、そして、「幕間」として設けられたインターセクションという、個性の異なる構成要素が、互いに交錯しながら共鳴する、そんな重層的かつ立体的な構造の展覧会として企てられています。
メインとなるセクションは、若い世代の学芸員3名が、それぞれひとつのセクションを担当しており、私は「インターセクション」を担当しました。各セクションにはテーマが設けられていますが、インターセクションでは「private」というキーワードをふまえてコレクションを自由に組合せてテーマを補強し、プロローグとエピローグの映像作品とも呼応する、重層的な展示構成を意識しました。プロローグ(工事中の美術館を撮影して制作された作品)、エピローグ(北浦和公園に設置されている「中銀カプセル(住宅モデル)」の内部を撮影して制作された作品/2014年の企画展「戦後日本住宅展」においても上映)は、いずれも、映像作家・中川陽介氏の極めて魅力的な映像作品です。
このように、この展覧会では、作品とゆっくりと向き合う経験を重視するのみならず、コレクションをどのように展示し、展覧会をどのように構成してゆくかという課題への取り組みも意識しています。そこで、会期中に、「コレクション展示」をテーマとするトークセッションを計画しました。
5月10日のトークセッションでは、東京国立近代美術館の鈴木勝雄氏、東京都現代美術館の藤井亜紀氏をお迎えし、当館も含めた各館におけるコレクション展示の歴史、現状、課題などを議論しながら、「コレクション展示の可能性」を探ります。企画展各セクションの担当学芸員3名も随時参加する予定です。
(主任学芸員・梅津元さんからの案内を抜粋)
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●「西村多美子写真展 実存―状況劇場1968-69」より、出品作品を順次ご紹介します。
出品作品の価格はコチラをご参照ください。
出品No.45)
西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(1)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.46)
西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(2)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.47)
西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(3)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.48)
西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(4)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.49)
西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(5)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 15.7x24.0cm
Sheet size : 20.3x25.4cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.50)
西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(6)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.51)
西村多美子
「吸血姫 1971.05 渋谷西武駐車場」(2)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 15.7x24.0cm
Sheet size : 20.3x25.4cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
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笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」 第13回
「事後検証について」
かなり前のことだった。ニューヨークで失敗をやらかしている。一、二度しか立ち寄ったことがない画廊に、何気なくフラリと入った。以前から気になっていた作家の作品が展示されているではないか……! 何を血迷ったか……、この作品に飛びついた。今、思えばまさに、絵にかいたような衝動買いだ。
しかし、この時、興味はあったが、この作家の作品をコレクションに加える意志は固めてなかった。従って、それへの学習はあまり進んでなかった。
一ヵ月程経った頃、異った画廊に寄ると、同じ作家の同時代、同サイズの作品が眼に止まる。価格を聞くと、ほぼ同じ。「買った作品と比べると、この方が質ははるかに良い。好みにもより近い」 なんとも言いようのない、苦い思いが走った。
「これ、よくある事」では済まされない。富裕層の出ならともかくも、財力が限られた筆者のようなサラリーマン・コレクターがこのような行為を重ね、無計画に≪無駄銭≫を使うと、「いざ」という時の購入資金を減少させることになる。と同時に、このような事を重ねると、コレクションの内容も貧弱になる。さらには、自分の部屋に飾り、しばらくの間見ていると、この手は必ず「ものたりなさ」を強く感じるようになる。挙句の果てに、「自分には作品を見る眼がないのでは……?」など、自戒の念も惹起(じゃっき)させ、精神衛生にもよくない。
幾つかの失敗を体験した後、「これではたまらない」と工夫を重ねだした。
まず、前々回のエッセイで記述したような方法で、≪コレクションする作家≫を決める。その後に、下記のような三つの〔Step〕を順次、必ず、踏むようになった。
〔Step I〕:「作品の購入を計画する」
これに関しては、前回のエッセイで詳述した。選定した美術館で作品を沢山見て、その作家の特性や作品の研究を徹底的に行う。そして、その作家についての正確な市場情報の採集も併せて行う。
作品購入までの過程で、これらが綿密に行われていることが、この「計画」の核となる。これによって、自分の「狙い」や「好みのパターン」もしっかりと定まる。コレクション行為の基礎にあたるものだ。
〔Step II〕:「実行する」
購入行為がこれだ。まず第一に≪好みの作家の作品購入≫を何処でするか? これを定めることが重要だ。コレクションの質に多大な影響が出る。その作家を長期間扱っていて、市場での評価が高く、かつ、眼が良い超一流の画商が条件だ。この選定には力を入れ、作家別に厳密に行った。例えば、デュビュッフェなら、ピエール・マティス画廊、アクアヴェラ画廊〔共に、ニューヨーク〕、バイエラー画廊〔スイスのバーゼル〕を選んだ。
ここは、一瞬たりとも気の抜けない異邦人との実戦の場なので、間違った選択を極力抑えるべく、〔Step I〕で修得した事を、反射的に出てくる<勘>にまで昇華させておくことが理想だ。
〔Step III〕:「事後検証をする」
「購入した作品」の“質”を、機会を見つけて検証することが主目的になる。これを行った結果、質に何んらかの不満点や疑問点が出ると、〔Step I〕や〔Step II〕の過程で、何か欠落した要素があったか、調べるのだ。
これを行うことで、「今後の課題」や「反省点」があぶり出せる。次の実戦への多様な教訓や修正点を導き出すことにもなる。
このような一種のケース・スタディを繰り返し行えば、さらに内容の濃い、質の高いコレクションに向かえるように思った。
■ ■
三つの〔Step〕はどれも重要なのだが、特に〔Step III〕には重点をおき注意深く行った。これは〔Step I〕で作家別に選定した超一流美術館で行った。要するに、選りすぐりの作品と、自分が購入した作品とをジックリと比較し、「どのような面が、どのように違うのか……」調べる。自分が実際に行った一例を記述すると……。
+
前回エッセイの頭書で記述したデュビュッフェのグワッシュの小品をピエール・マティス画廊から購入したのが、1986年12月12日。神の思し召しか、この2週程後に、ニューヨーク近代美術館で、デュビュッフェのドローイング展が開かれた。この作品の購入行為についての、総マトメにも当たる“事後検証”の絶好の機会が突然出現。しかも、これ以上ない最高の場所で、これができるのは夢のような事。肩に力が入った。訪問の3日前から、その折のテーマを考えた。
○〔テーマ1〕:この作品の制作年の“1949年”に対して、キュレーターはどんな位置づけを与えてるのか?
○〔テーマ2〕:展示作品と比較して、今回購入した作品の質は?
○〔テーマ3〕:画商で上質の作品を貸し出したところはどこか? コレクターにも注目。
+
December 28. 1986〔at MOMA〕3階の大展示室を使い展示されていた。1940年代、50年代、60年代、70年代の水彩〔グワッシュ含む〕、墨、インク、マーカー、鉛筆……で、紙に描かれた89点の作品で構成されていた。
まず、注目したのは、最晩期にあたる80年代〔1985年逝去〕の作品〔市場には沢山ある〕は1点も展示されてなかった事、又、70年代の作品への評価が弱い事に驚く。
まず最初にとりかかったのは、作品を細かく1点1点見ながら、その制作年を書きとり、年別の作品分布表を、現場でつくった。ここのキュレーターの視角を把握するとともに、“1949年の位置づけ”をつきとめるためだ。それがこれである。

(i):1940年代の作品重視。7年間で30点〔全展示作品の約3分の1〕。
(ii):1946年の1点、47年の2点がポートレートのシリーズ。
(iii):1949年の作品は4点。40年代後半では2番目に多い作品展示。どれも、ピザージュ・グロテスクのシリーズ。重視している。
(iv):40年代の作品内容は他年代のそれらと比べ、非常に魅力的。
(v):70年代・80年代の作品が非常に少ない。80年代に至っては、0。「一般市場でも、この時代は賛否両論が出ている。価格も他年代よりかなり低い」この現象の裏付けが、ここに出ていた。
(vi):全時代を通して展示作品を注意して見ると、≪人物≫を描き入れた作品が大部分を占める。特に60年代は全部これ。≪人物≫の入ってない抽象性の強いイメージの作品は少ない。それは、50年代に集中していた。キュレーターの学術上のデュビュッフェに対する解釈の一断面を見たような気がした。
(vii):画商ではピエール・マティスとシドニー・ジャニスが極めて上質の作品を出品。コレクターでは、ラルフ・F・コーリン〔アメリカの大コレクター〕が頭抜けて眼がよい。彼はピエール・マティスから作品を購入していた。
(viii):展示作品、ひとつひとつをつぶさにチェック。今回、ピエール・マティスから購入した作品は極上質であること判明。作品を購入する画廊を厳選することの重要性を再確認。
(ix):結論。今回の作品購入に関しては、≪反省点≫や≪欠落点≫見つからず。非常に稀なケースだ。
+
この展示〔企画展〕、会期中に3回見に行った。≪作品≫を購入して、興奮もさめやらぬ時期に、こんなにも絶妙なタイミングで作品購入行為に対しての条件のそろった事後検証ができたことは、コレクター人生でも、これが最初で、おそらく最後だろうと思っている。しかも、優秀なキュレーターぞろいのニューヨーク近代美術館でできたなんて……。■ ■
蛇足ながら、ゲーム感覚で行った≪事後検証≫もあった。美術館でなく、選定した画廊で、である。この事後検証は、冷酷な数字で答が出る。スリルを感じるものだった。次回エッセイで記述してみたい。
(ささぬまとしき)
■笹沼俊樹 Toshiki SASANUMA(1939-)
1939年、東京生まれ。商社で東京、ニューヨークに勤務。趣味で始めた現代美術コレクションだが、独自にその手法を模索し、国内外の国公立・私立美術館等にも認められる質の高いコレクションで知られる。企画展への作品貸し出しも多い。駐在中の体験をもとにアメリカ企業のメセナ活動について論じた「メセナABC」を『美術手帖』に連載。その他、新聞・雑誌等への寄稿多数。
主な著書:『企業の文化資本』(日刊工業新聞社、1992年)、「今日のパトロン、アメリカ企業と美術」『美術手帖』(美術出版社、1985年7月号)、「メセナABC」『美術手帖』(美術出版社、1993年1月号~12月号、毎月連載)他。
※笹沼俊樹さんへの質問、今後エッセイで取り上げてもらいたい事などございましたら、コメント欄よりご連絡ください。
●書籍のご紹介
笹沼俊樹『現代美術コレクションの楽しみ―商社マン・コレクターからのニューヨーク便り』
2013年
三元社 発行
171ページ
18.8x13.0cm
税込1,944円(税込)
※送料別途250円
舞台は、現代美術全盛のNY(ニューヨーク)。
駆け出しコレクターが摩天楼で手にしたものは…
“作品を売らない”伝説の一流画廊ピエール・マティスとのスリリングな駆け引き、リーマン・ブラザーズCEOが倒産寸前に売りに出したコレクション!? クセのある欧米コレクターから「日本美術」を買い戻すには…。ニューヨーク画商界の一記録としても貴重な前代未聞のエピソードの数々。趣味が高じて、今では国内外で認められるコレクターとなった著者がコレクションの醍醐味をお届けします。(本書帯より転載)
目次(抄):
I コレクションは病
II コレクションの基礎固め
III 「売約済みです」―ピエール・マティスの想い出
IV 従来のコレクション手法を壊し、より自由に―ジョエル・シャピロのケース
V 欧米で日本の美を追う
◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
・frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は毎月5日の更新です。
・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」は毎月8日の更新です。
・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
・井桁裕子のエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
・小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。
・「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
・新連載「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」は英文版とともに随時更新します。
・浜田宏司のエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
・深野一朗のエッセイは随時更新します。
・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイ他を随時更新します。
・故・木村利三郎のエッセイ、70年代NYのアートシーンを活写した「ニューヨーク便り」の再録掲載は終了しました。
・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は終了しました。
・故・難波田龍起のエッセイ「絵画への道」の再録掲載は終了しました。
・森下泰輔のエッセイ「私のAndy Warhol体験」は終了しました。
・ときの忘れものでは2014年からシリーズ企画「瀧口修造展」を開催し、関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
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●臨時ニュース
ご紹介するのが遅くなってしまいましたが、足かけ2年にわたる改修工事を経て、去る4月11日にリニューアルオープンした埼玉県立近代美術館で、5月10日にトークセッションが開催されます。
リニューアルオープン記念展
4/11-5/24「private, private ―わたしをひらくコレクション」
トークセッション 5月10日14:30~16:30 2階講堂 先着70名(無料)
「MOMAT×MOT×MOMAS-コレクション展示の可能性」
鈴木勝雄(東京国立近代美術館主任研究官)
藤井亜紀(東京都現代美術館学芸員)
梅津元(埼玉県立近代美術館主任学芸員)
+「private, private-わたしをひらくコレクション」各セクション担当学芸員
※企画展およびイベント詳細はホームページを参照。
リニューアルオープン記念展「private, private-わたしをひらくコレクション」は、それぞれに特徴的なテーマを掲げた3つのセクション、映像作品によるプロローグとエピローグ、そして、「幕間」として設けられたインターセクションという、個性の異なる構成要素が、互いに交錯しながら共鳴する、そんな重層的かつ立体的な構造の展覧会として企てられています。
メインとなるセクションは、若い世代の学芸員3名が、それぞれひとつのセクションを担当しており、私は「インターセクション」を担当しました。各セクションにはテーマが設けられていますが、インターセクションでは「private」というキーワードをふまえてコレクションを自由に組合せてテーマを補強し、プロローグとエピローグの映像作品とも呼応する、重層的な展示構成を意識しました。プロローグ(工事中の美術館を撮影して制作された作品)、エピローグ(北浦和公園に設置されている「中銀カプセル(住宅モデル)」の内部を撮影して制作された作品/2014年の企画展「戦後日本住宅展」においても上映)は、いずれも、映像作家・中川陽介氏の極めて魅力的な映像作品です。
このように、この展覧会では、作品とゆっくりと向き合う経験を重視するのみならず、コレクションをどのように展示し、展覧会をどのように構成してゆくかという課題への取り組みも意識しています。そこで、会期中に、「コレクション展示」をテーマとするトークセッションを計画しました。
5月10日のトークセッションでは、東京国立近代美術館の鈴木勝雄氏、東京都現代美術館の藤井亜紀氏をお迎えし、当館も含めた各館におけるコレクション展示の歴史、現状、課題などを議論しながら、「コレクション展示の可能性」を探ります。企画展各セクションの担当学芸員3名も随時参加する予定です。
(主任学芸員・梅津元さんからの案内を抜粋)
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●「西村多美子写真展 実存―状況劇場1968-69」より、出品作品を順次ご紹介します。
出品作品の価格はコチラをご参照ください。
出品No.45)西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(1)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.46)西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(2)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.47)西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(3)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.48)西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(4)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.49)西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(5)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 15.7x24.0cm
Sheet size : 20.3x25.4cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.50)西村多美子
「義理人情いろはにほへと篇 1969.08.01 新宿太宗寺」(6)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 24.0x15.7cm
Sheet size : 25.4x20.3cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
出品No.51)西村多美子
「吸血姫 1971.05 渋谷西武駐車場」(2)
1969(Printed later)
Gelatin Silver Print / RC paper
Image size : 15.7x24.0cm
Sheet size : 20.3x25.4cm(六つ切り)
Ed.5 サインあり
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