新連載・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第2回

ル・コルビュジエ財団での研修のためパリに滞在していた間に、暇をみては建物の見学にも行っていました。その中でも強く印象に残ったのはピエール・シャローの「ガラスの家」でした。
ピエール・シャローは20世紀前半に活躍したフランスの家具・インテリアデザイナーで、「ガラスの家」は友人の医師夫妻のために既存の建物を大幅に改修してつくられた彼の代表作です。昨年汐留ミュージアムで開催されていた《建築家ピエール・シャローとガラスの家》展がご記憶に新しい方も多いでしょう。この重要な建物は現在は個人所有なのですが、週に何度か行われるツアーに参加すれば見学することができます。
見学のために申し込みをしたとき、参加資格を問われることや見学後15日以内に感想文を提出しなければならないという決まりごとに少し戸惑いました。しかし、当日ツアーに参加して、その制約にも納得させられました。
ツアーを担当していたのは、ガラスの家をテーマに博士論文を書いたという女性。なるべくこの自宅兼医院が使われていた当時のままに残しているという邸内を丁寧に案内してくれました。医院にはインテリアデザイナーらしい細かな工夫が随所に凝らされており、目を見張るようでした。当時は工場で使われていたというゴム製の床材は清掃に便利。赤色の鉄骨は防火の効果があります。わずかに傾斜をつけたレールのおかげで、音もなく自然に閉まるドア。患者の視線を考えた動線。船のデザインを参考にしたという階段や、当時は少なかった水洗式のお手洗い。ドアを開けると自動で点灯、閉まると消灯する照明。これらの工夫が竣工当時の時代にどのような意味を持っていたか。ガイドの女性の研究テーマは近代建築における衛生設備とのことでした。技術の革新とそれによる衛生環境向上の志向が建築の近代化を後押しした一因とも言えます。重要視されたのは、空気の循環、そして光。最先端の技術を応用することは医院としての当然の要求であったでしょうし、それに応えて新しい素材・造形が考えられたでしょう。そして、住居部分には当然それまでの文化と連続した生活上の要請が反映されている。この革新的な建物が医院兼住居であったことは、歴史的な必然であるとも思えます。
このガラスの家は1925年頃から構想され、31年頃に完成しました。時代としてはフィリップ・ジョンソンが「インターナショナル・スタイル」を提唱する少し前です。素材としては鉄やガラスを多用していますが、シャローは一貫してあくまで具体的な要請から空間を創造していたように感じます。ガラスの家のデザインは具体的で細やかで、時に偏執的と思えるほどです。シャローの合理性と同時に、この作品にかけた情熱が随所から伝わってくるようでした。(後半に続く)

●リンク
・《建築家ピエール・シャローとガラスの家》展(パナソニック汐留ミュージアム、2016.7.26-10.13)
 http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/14/140726/

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、ル・コルビュジエです。
20151022_corbusier_13_tougyuuル・コルビュジエ
「闘牛(牡牛)」
1963年
リトグラフ(カラー)
110.0×75.0cm
刷込サインあり


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