<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第36回

宮古平良港_1500
(画像をクリックすると拡大します)

空が広く、その下に海があり、波止場の地面も広々している。
カラーでないのでそれらはおなじ色に統一されている。
この世からちょっとだけ距離を引いた虚構世界のように感じられるのは、このグレートーンのせいだろうか。

頭数を数えてみる。10人いる。
実際にはもっといるだろう。
トタン屋根の小屋は乗船券の発売所で、そのなかには少なくとも券を売っている人がいるし、ほかにも重い荷物の端を台に預けて待っている人がいるはずだ。

待っているとき人は独特な空気に包まれている。
駅であれ、空港であれ、なにかの到着を待っている場所には、必ずそのような気配を漂わせた人がいる。
早く来い!と叫ぼうが、待ちくたびれて苛々しようが、どうしようもない。
自分の意志ではいかんともしがたい状況をただ耐える。
いや、耐えるという意識すらも余計だろう。
ときが流れて「使い道」のない時間を連れ去ってくれるのを願って心を空にするしかない。
そこでは、社長とか校長とか「長」の付く人でもおなじ待つ人の顔になるし、来るときにならないと来ないと諦観する人の姿形をとるのだ。

おしゃべりをしている人はいない。
しゃべればそこに「世間」が生まれるが、
押し黙って使い道のない時間と対しているので、「待つ人」の輪郭がよりくっきりしている。

この静かな光景を構成するひとつの事柄がわたしの目を釘付けにする。
画面の真ん中にいる荷車を引いて立っている馬である。
いろんなポーズを取れずにただ四本足で立っているだけの馬がだれよりも待つ時間を実感させるのだ。
馬がいることでこの写真はより深く「待つ風景」になっている。

クルマに取って代わるまですべての運搬業務は馬が担っていた。
物を運ぶことにかけて彼らほど頼りになる者はいなかった。
荷を載せて「行け!」と言われたら行き、「止まれ!」と言われたら停止する。
飼い主が用足しに行ったり、店で酒をあおっていても、頭を垂れてじっと動かずにいる。
待つことにかけて彼らは人間の上をいく大ベテランであった。

駐車するクルマが耐えているよりはるかに長い時間を待つことにかけてきた馬たち。
自分の意志ではどうにもならない状況を生きるのが彼らの人生であったのだ。
待つ場所で人はほんの少しその馬の運命に近づいていく。

大竹昭子(おおたけあきこ)

~~~~
●紹介作品データ:
川口和之
「沖縄幻視行」
1980年撮影(2015年プリント)
デジタルピグメントプリント
Image size: 20.0x30.0cm
Sheet size: 24.2x33.0cm
Ed.25
サインあり

川口和之 Kazuyuki KAWAGUCHI
1958年 兵庫県姫路市生まれ
1977年「Photo Street」創設メンバー
   兵庫県三田市 在住

主な個展
2015年 「沖縄行」 新宿区 Photographers’ Gallery
2015年 「沖縄幻視行」岡山市 Gallery 722
2011年 「PLATINUM FOREST」 新宿区 コニカミノルタプラザ
2010年 「ONLY YESTERDAY」 新宿区 蒼穹舎ギャラリー
2010年 「DISTANCE Ⅲ」 新宿区 PLACE M
2006年 「DISTANCE Ⅱ」 新宿区 PLACE M
2004年 「DISTANCE」 大阪市 Early Gallery
1994年 「沖縄幻視行」 さいたま市 ギャラリー温温
1979年 「街へ」 新宿区 フォトギャラリーPUT
他 多数

主なグループ展
2015年 TAIWAN Photo 2015 台北市 新光三越
2014年 TAIWAN Photo 2014 台北市 新光三越
2007年 PHOTO STREET SUPER SESSION 30th 兵庫県立美術館
1997年 PHOTO STREET SUPER SESSION 20th 姫路市立美術館
1984年 写真の現在、展 大阪府立現代美術センター
1979年 ぬじゅん in 沖縄・大和 那覇市 ダイナハ
1978年 視覚の現在・姫路展 姫路市民会館
1978年~2015年 PHOTO STREET SUPER SESSION 1~36 姫路市
他 多数

写真集
2015年 「沖縄幻視行」 蒼穹舎
2014年 「気色ばむ風景」PHOTO STREET
2014年 「COUNTRY ROAD」PHOTO STREET
2010年 「ONLY YESTERDAY」 蒼穹舎

受賞歴
2015年「PHOTO STREETの活動」により第27回「写真の会賞」受賞

●写真集のご紹介
上掲の作品が表紙となっている写真集が、蒼穹舍より刊行されています。

川口和之写真集『沖縄幻視行』
2015年8月6日
蒼穹舍 発行
A4変型/上製/装幀:原耕一/600部
モノクロ/96ページ/写真点数:90点
定価:3,500円(税別)

『40年に亘る沖縄とのかかわりの中で、今回はフィルム時代に撮影したものを中心に写真集を編んだ。
長い時を経て光の化石となった膨大なネガに向き合うと、視えないものを見ようともがいていた時代の記憶が瞬時に蘇る。「沖縄幻視行」は37年前に発表した当時のタイトルだが、「写真になったものを通して他者に伝えるコミニュケーション」が写真行為だとすれば、変貌を続ける沖縄の状況に向き合っていく時に意識の底で持ち続けるべき言葉と信じている。
これからも視えないものが見えたと想える時を希求しながら写真と共に彷徨う事を繰り返していくのだろう。』(蒼穹舍HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。