藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第8回

建築資料を所蔵している世界の機関が加盟している建築博物館連盟(International Confederation of Architectural Museums)の倫理規定には、「資料の起源である国や共同体における組織での資料管理および収集を促進すべきである」という記載があります※1。実際に、美術館がコレクションするケース以外では、その地域と縁もゆかりもない資料を包括的に収蔵する機関はまずみられないと考えてよいでしょう。しかし、国境を超えることは稀であっても、国際的に名の知れた機関は、中央集権的にその国の資料を集めていることが多いです。アーカイブは文化資源としては貴重であっても、経済的に利潤を生み出すことはあまりありませんから、地方で膨大な資料を保持する負担は大きく、大きな機関に頼りがちだという理由もあります。また、建築家の拠点は都市部に集中しがちなため、結果的に大都市にある大規模機関が国を代表する資料を集めていることになるということもあります。しかしフランスなどでは、それに加えて意識的に国家が建築資料を中央に集めて文化を牽引していこうという意志が感じられました。フランスの建築アーカイブを所蔵しているCité de l’architectureは、博物館(展示機関)、教育機関、そしてアーカイブ機関を備えた、スタッフ数は全部で140人という大規模な組織です※2。博物館で聞き取りをした際、応じてくれたキュレーターは「フランスの建築文化はフランス政府が責任を負う」と明言していました。世界的に有名な組織である英国建築家協会の建築図書館※3やオランダの建築博物館(2014年デザイン博物館に統合)※4、フィランドの建築博物館※5などもそれぞれの国の建築資料を集中的に収集しています。しかし一方で、地方分散型のアーカイブも多くみられました。ドイツは州ごとに資料が集約されていますし、前述のアントワープ地方やカタルーニャ地方は首都圏とは完全に独立した形で資料を集約しています。これはヨーロッパのそれぞれの国の成り立ちをそのまま反映しているように見えます。また、近年では建築家の遺族などが個別に資料公開・発信をしている例も増えているようです。ケルン近郊のオズワルド・マティアス・ウンガースの資料は、資料整理・公開は追いついていないものの、ウンガースの蔵書を利用したレクチャーや自邸見学会の実施で積極的に発信しています※6。マドリッドのアレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団は、独自にシステムを開発して、デ・ラ・ソタのみならず、スペイン国内の近現代建築家の資料群を結びつけようとしています※7。ジローナのラファエロ・マソ財団は、マソの自邸公開と共に資料を展示・公開しています※8。

都市部に資料が集約されていることは、利用者には利便性が高い一方で、資料の可能性をつかみ損ねてしまう恐れもあると思われます。他の文化の例に漏れず、建築も当然敷地のある場所と深い関わりを持っています。建築家自身との関連があれば、尚更その土地の理解は欠かせません。フィンランドのアルヴァ・アアルト財団※9は、ユヴァスキュラというアアルトが幼年期から青年期を過ごした町にあります。町の中心部にはアアルトが初めて事務所を構えた建物が残り、有名な「夏の家」や「セイナツァッロの村役場」もほど近くです。筆者は研修のためにこの地に暫く滞在し、まさに森と湖に育まれた文化の中から生まれたアアルトの作品に触れることができた、と感じました。これはヘルシンキにある作品からは感じられなかったことです。
アメリカでさる有名な建築アーカイブを訪ねた際、資料収集は「competitive(競争が激しい)」だと語ったキュレーターがいました。一方で地方のアーカイブはあらゆる条件的に資料を保持することが難しい。しかし、その地方からの視点でなければ語れない歴史があります。ただ単に資料がそこにあるということだけではなく、資料をその地域にどのように位置づけ、生かしていくか。新居浜市美術館が見据えているように、地方の資料を生かして研究していくことで、更に文化の厚みが増していく、そんな事例がもっと増えてもよいように思います。

DSC02671アアルトが初めて事務所を構えた建物、ユヴァスキュラ、筆者撮影


※1 icam Code of Ethics for Architecture Museums, Centres and Collections
http://www.icam-web.org/data/media/cms_binary/original/1158238377.pdf
※2 スタッフ数は2014年の聞き取りの際のもの。http://www.citechaillot.fr/fr/
※3 https://www.architecture.com/RIBA/Visitus/Library/TheRIBALibrary.aspx
※4 http://hetnieuweinstituut.nl
※5 http://www.mfa.fi
※6 http://www.ungersarchiv.de
※7 http://www.alejandrodelasota.org
アレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団の取り組みは、以下の記事でも紹介しました。
「デジタル・アーカイブにみる新しい公共性のかたち」
http://www.ameet.jp/digital-archives/digital-archives_20150120/
※8 http://www.rafaelmaso.org/cat/index.php
※9 http://www.alvaraalto.fi

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、マイケル・グレイブスです。
20160422_graves_03
マイケル・グレイブス
「作品」
1989年
紙に鉛筆、色鉛筆
Image size: 13.0x81.0cm
サインあり

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