リレー連載
建築家のドローイング 第7回
アントニオ・サンテリーア(Antonio Sant'elia)〔1888―1916〕

彦坂裕


 イタリアは完全に遅れてしまった。
 産業革命を経ずに、いうならば19世紀という100年を完璧に欠落させたまま今世紀の近代期に短絡したこの国は、その時点での文明・文化の後進ぶりは誰の眼にも明らかなことであった。経済力や国際関係上の力はもちろんのこと、何よりもその近代精神の欠如は著しいものだったといってよい。それは無意味なまでの新しいものへの嫌悪、規律(ディシプリン)の不在が招来する怠堕なアナーキズム、批評意識とは縁遠い個人主義といった体質に顕著である。アヴァンギャルド運動ですらそうした体質から逸れ得るものではなかった。
 戦後イタリアで、かの「有機的建築」への道を開いた反ファシスト批評家ブルーノ・ゼヴィは、過去を払拭し、表現の革新を惹起した未来派の黙示録的な激情の中にさえも、過去の崇拝(カルト)への軽蔑と過去それ自体への軽蔑の混同を目撃しうることを指摘する。インターナショナルな運動としては失敗し、一時はキュビスムや表現主義とも接触はあったものの、結局は地方主義・愛国主義の道具立てへと堕落の道を辿った未来派の運命も、おそらくこうした背景が引金になっているにちがいない。当時、それでも電力に関してはイタリアはヨーロッパの先進国であった。未来派の独善的創始者マリネッティが、「電気」を近代の象徴とみなし、それに芸術的意味を発見したとしても不思議ではないのだ。

『新都市』への習作
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「『新都市』への習作」
Study design for a new town, 1914


 1910年前後、世界は、牧歌的・ロマン的な社会から近代の工業社会へと、急速に、しかもいくつかの位相では短絡的にシフトしつつあった。モンマルトルはロマンティックな老癩病患者であった。未来主義的な都市とは、新しい大建設工事現場や自動車が氾濫するミラノであった。建築家はもはや大聖堂や王宮を設計するのではない。大ホテルを、駅を、巨大な道路を、港を、屋内市場を、照明のついたアーケードをつくるのだ。
 テクノロジーが風景を刷新する。その進歩の産物である「速度」、「運動」――これが新しい社会の尺度として君臨することになる。スピードへの愛、というわけだ。マリネッティ日く、典範となるオブジェクトは、レーシング・カー、タービン、機関車、魚雷艇、飛行機、造船所、それに発電所といったものなのである。一方、テクノロジーのこうした野性的な産物のもう一つの局面とは、スペクタクルと化した近代生活・環境の実現化であった。近代精神の、最もエキサイティングな場としての大都市(メトロポリス)が新たな意味付けをもってここに登場する。都市空間は一種、セレモニーの様相を呈したメガロマニアックな機械といった風情を帯びてくる。それは劇場としての都市、舞台セットとしての都市にほかならない。運動、光、大気、音響が、そこには満ち溢れ、めくるめく眩暈を誘うのだ。
 イメージは、常に、驚異的でなくてはならない。マリネッティの「フリー・ワード」によるタイポグラフィ改革、不条理劇の先駆となる「総合劇」、ルッソロの騒音芸術などに代表される新音楽、それに数々の実験映画――これらのファンタスティックな未来派の冒険にとって不可欠なキャラクター、それがアントニオ・サンテリーアの描く未来主義都市・建築のドローイングであり、それのもたらす構想とイメージであった。

未来都市
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「未来都市」
citta nuova 1914


 サンテリーアは早熟な建築家であった。彼は己れのプロパガンダ的なドローイングの中で生命の炎を燃やし尽したといってよいだろう。テクノロジーとそれまで培われてきた建築の伝統を容赦なく野合させ、それを一挙に神学的な次元にすら高めるという賭けにも近い離れ業を、サンテリーアは現実のものにしてしまったのである。
 その初期の計画案は、フランスから浸透してきつつあった文学的なデカダンティズムに彩られていると同時に、ウィーンに形態上のソースを求めることができる。彼はダンテの『地獄』の詩にイラストを描いているし、後に親交をもつロモロ・ロマーニのデカダンティズムのモチーフにも影響を受けていた。また、表現の活力を明確な統制形式にのって顕示するオットー・ワグナーやそのシューレ(学派)に見られる尺度を失した装飾主義的な動向(なかでも、エミール・ホッペの「花様式」(フローレアーレ)も、その意味では典範的機能をもっていた。

発電所
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「発電所」
Power station


 建築の革新が異国の形態上の伝統をもって始められ、独自の語法が飛躍的に創造される、にもかかわらず、それは中性的なものでは決してなく、あくの強い個性やときとして魔術的ですらあるような雰囲気を漂わせていく。そしてその後に展開する建築運動が、どちらかというと抽象的でマニェリスティックな形態特質をもち、往々にして実践化に際しナショナリズムと深い関係をとり結んでしまう――そんな見取図を描くとするなら、前世紀ドイツ新古典主義期のF・ジリー/K・F・シンケルの関係とイタリア近代のA・サンテリーア/G・テラーニのそれが透かし絵のように重なってこないだろうか。ムッソリーニ政権傘下のイタリア合理主義の巨峰ジュゼッペ・テラーニは、サンテリーアのもつ象徴主義的スタイルとは異なるよりインターナショナルで透明度の高い言語で建築を語らしめたとともに、一方、コモ湖畔にサンテリーアの素描にもとづく「戦没者モニュメント」を実施化し、オマージュを捧げている。(だがその実作ではサンテリーアのもつダイナミズムが、むしろテラーニの手によって古典的かつスタテッィクなものに変貌させられている)。ちなみに、ジリーもサンテリーアも弱冠28歳にして悲劇的な死を遂げた。にもかかわらず、彼らのドローイングがはらむイメージの清冽さと迫力は、彼らをして建築の世界における巨星の如く燦然と輝かせ、その輝きは未だに衰えることを知らない。
 サンテリーアの詩には、コンストラクションの抒情性(リリズム)がある。その解剖学的な構図の根源には、詩的に昇華された技術の形而上学がひそんでいる。単純で丈高、傾斜したエレメント、パースペクティヴによって強調された垂直性・上向性、マッスの貫入と運動、材質の均質性、比類なき空間の連続性、土木的センスをもつメガロマニア………こうした語法がダムや発電所、あるいは巨大建造物や未来都市をテーマに緊迫したエンジニアリングの舞台をつくり上げるのだ。
 表現派のメンデルソーンを思わせる彫刻的で単明な外形をもつ工場、滑らかな表面を這いまわるベルトコンベアーやリフト、それに夥しい数の控え壁、そんな風景が都市にも同様に開けている。それは機械主義の讃歌であると同時に、人間がかくなる機械文明によって変容を強いられ、適応性によって選択される危機感の溢出でもあったとみていい。遅れてきた国に住む者だけが抱くことのできる、そして抱かざるをえなくなる感情にほかならない。「機械化された都市の中では、人は循環するか、そうでなければ滅びてしまう――という事実の認識にサンテリーアの全てのデザインは負っている」、それは近代建築史に未来派を復権させたレイナー・バンハムのことばでもあった。

ミラノ2000
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「ミラノ2000」
Electric Power Plant 1914


 とすれば、サンテリーアは近代の機械文明とそれが開く可能性に建築的なヴィジョンを与えただけなのだろうか。彼は建築に文明的な、社会的な視点をとり込もうとしたのでは決してない。そうではなく、建築それ自体が文明であり社会たりうることを夢見たのだ。
 「今日、われわれはトリエステで眠ろう。さもなくば、英雄たちとともにパラダイスで眠るのだ。」
サンテリーアの最期のことばは、確信をもって、その夢の所在を暗示しているようだ。

宗教建築
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「宗教建築」 1915



新都市
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「チッタ・ヌオーヴァ(新都市)」
citta nuova 1914


ひこさか ゆたか

*現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.94』(1983年9月1日発行)より再録
*作品画像は下記より転載
・「『新都市』への習作」
http://www.allposters.com/-sp/Study-Design-for-a-New-Town-1914-Posters_i1590098_.htm

・「未来都市」
https://www.flickr.com/photos/evandagan/3199631234

・「発電所」
https://paperarch.wordpress.com/italian-futurism/

・「ミラノ2000」
https://jp.pinterest.com/pin/158751955585346827/

・「宗教建築」
『死ぬまでに見たい名建築家のドローイング300』ニール・ビンガム、谷本開作訳 エクスナレッジ 2014年

・「チッタ・ヌオーヴァ(新都市)」
『死ぬまでに見たい名建築家のドローイング300』 ニール・ビンガム、谷本開作訳 エクスナレッジ 2014年

■彦坂 裕 Yutaka HIKOSAKA
建築家・環境デザイナー、クリエイティブディレクター
株式会社スペースインキュベータ代表取締役、日本建築家協会会員
新日本様式協議会評議委員(経済産業省、文化庁、国土交通省、外務省管轄)
北京徳稲教育機構(DeTao Masters Academy)大師(上海SIVA-CCIC教授)
東京大学工学部都市工学科・同大学院工学系研究科修士課程卒業(MA1978年)

<主たる業務実績>
玉川高島屋SC20周年リニューアルデザイン/二子玉川エリアの環境グランドデザイン
日立市科学館/NTTインターコミュニケーションセンター/高木盆栽美術館東京分館/レノックスガレージハウス/茂木本家美術館(MOMOA)
早稲田大学本庄キャンパスグランドデザイン/香港オーシャンターミナル改造計画/豊洲IHI敷地開発グランドデザイン/東京ミッドタウングランドデザインなど

2017年アスタナ万博日本館基本計画策定委員会座長
2015年ミラノ万博日本館基本計画策定委員会座長
2010年上海万博日本館プロデューサー
2005年愛・地球博日本政府館(長久手・瀬戸両館)クリエイティブ統括ディレクター

著書:『シティダスト・コレクション』(勁草書房)、『建築の変容』(INAX叢書)、『夢みるスケール』(彰国社)ほか
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●今日のお勧めはドメニコ・ベッリ Domenico Belliです。
ベッリ「宇宙の恋人たち」
ドメニコ・ベッリ Domenico Belli
GLI AMANTI OEL COSMO 宇宙の恋人たち
1970 油彩
94.0x67.0cm Signed

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