普後均のエッセイ「写真という海」第7回(最終回)
『肉体と鉄棒』
10数年続いているワークショップでいつも受講者に話してきたことがある。それは一つのシリーズとして作品を作り始めたら、タイトルも一緒に考えてほしいということである。なぜタイトルのことを意識する必要があるかというと撮ろうとしている作品に方向性と形を与えることにもなり、イメージと言葉との結びつきを考える切掛にもなるからである。天才的写真家ならまだしも、言葉が介在しないまま感性のみで一つの作品を作り上げることはほとんど無理である。言葉がないまま、いくらでも撮ることの出来るのが写真ではあるけれども、構造を持つまとまった作品にするのは難しい。
2月15日から25日まで、ときの忘れもので開催される個展で発表する『肉体と鉄棒』は、今までの作品と違って、ある日突然、『肉体と鉄棒』というタイトルが頭に浮かんだ。何をどのように撮影をするのか全く考える前に。天から唐突にそのタイトルが降りてきたという感じだった。
内容が伴わず、タイトルだけが生き延びている時、とりあえず鉄棒を作ろうということになった。近くの鉄工所に相談に行き、高さが2メートル、幅が1.8メートルほどの組み立て式鉄棒を注文した。無用の長物になってしまうかは、その後の内容次第。
出来上がってきた鉄棒は新しいため、ピカピカに輝いている。これだと鉄の質感がでない上に、肉体と組み合わせた時、落ち着かない。そんなわけで、雨風に晒し鉄棒全体を錆びさせ、撮影できるまでに数年待つことになった。
最初に鉄棒とともに撮影したのが田舎の父で、亡くなる三年前の1999年の事だった。父の裸を正面からまともに見たのは初めてだったこともあり、90年近く生きてきた肉体の有り様に強烈な印象を持った。
『肉体と鉄棒』を撮り始めた頃は家族の物語を中心に据えて展開していこうと考えていたが、そのうち『ON THE CIRCLE』の撮影の時期と重なるにつれ、
全く違うものになった。『ON THE CIRCLE』では表には見えない家族の物語があり、イメージの意味と連続性を意識した作り方をしたこともあって、『肉体と鉄棒』では意味やメタファーを強調せず、どちらかと言うと即物的に撮るということと、一点一点が完結したイメージでありなおかつ瞬間的な美しさを捉える撮り方をしようということになった。
『肉体と鉄棒』というタイトルであっても、撮影対象を人に限定したわけではなく、ねじ曲がった瓶もあれば、猿やかたつむり、鉄棒上で弾ける水というのもある。今までの作品は、少しでも深く読んでほしいという願いが強かったけれども、『肉体と鉄棒』に関しては、なぜこの対象かと不思議に思いながら、ストロボの光の中で写し止められた一瞬の形を見てもらえたらそれで十分。本来、写真に限らず、作者から離れた作品は、どのように見るかどのように読むかは自由だと思っている。もちろん鉄棒との組み合わせがどのようなものでもいいわけではなく、肉体が持つ要素とどこかで結びついているものを選んではいるけれども。
普後均
「〈肉体と鉄棒〉より 1」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
普後均
「〈肉体と鉄棒〉より 4」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
普後均
「〈肉体と鉄棒〉より 10」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
僕の好きな写真家の一人にラルフ・ギブソンがいる。彼の作品から形而上的なものや心的世界をも写真で表現できることを若いころ学んだ。ラルフ・ギブソンの大きな展覧会が数年前に東京であり、心躍らせて会場に駆けつけたもののすぐに失望に変わった。写真家自身が指示したのか展示した人の意志だったのかわからなかったものの、ラルフ・ギブソンの『Déjà-Vu』『DAYS AT SEA』などのシリーズから選んだ作品が混ぜ合わされた状態で淡々と並んでいる。解体された建物のパーツを見せられているようで、写真集での輝きをそこに見ることは難しかった。
写真の宿命と言ってしまえばそれまでだが、確かな構造を持った作品でも簡単に解体されてしまう。だからこそ写真家は作品に構造を与えることに真剣に取り組まなければと思っている。
これまでの作品は、拾い集めるか、または、作り上げたイメージの集合体にどういう構造を与えるかを考えながら、まとめてきた。今回の『肉体と鉄棒』は、それぞれの作品が構造を持つよう意識しながら作っていることもあり、どちらかと言うとタブロー的である。
父を撮影した後、たまに会う度にその写真のことを気にしていた。方針が変わってしまい、作品として発表することはこれからもない。しかし、父にはこの展覧会を見て欲しかった。
父の生きた年齢までというのは無理であっても、体力がある限り、写真という海を泳ぎ続けたいと思う。
(ふご ひとし)
■普後均 Hitoshi FUGO(1947-)
1947年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公に師事。1973年に独立。2010年伊奈信男賞受賞。国内、海外での個展、グループ展多数。主な作品に「遊泳」「暗転」「飛ぶフライパン」「ゲームオーバー」「見る人」「KAMI/解体」「ON THE CIRCLE」(様々な写真的要素、メタファーなどを駆使しながら65点のイメージをモノクロで展開し、普後個人の世界を表現したシリーズ)他がある。
主な写真集:「FLYING FRYING PAN」(写像工房)、「ON THE CIRCLE」(赤々舎)池澤夏樹との共著に「やがてヒトに与えられた時が満ちて.......」他。パブリックコレクション:東京都写真美術館、北海道立釧路芸術館、京都近代美術館、フランス国立図書館、他。
●本日のお勧め作品は、普後均です。
普後均
「〈肉体と鉄棒〉より 17」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆ときの忘れものは明日から「普後均写真展―肉体と鉄棒―」を開催します。
会期:2017年2月15日[水]―2月25日[土] *日・月・祝日休廊
作家と作品については大竹昭子のエッセイ、及び飯沢耕太郎のエッセイをお読みください。

ときの忘れものでは初となる普後均の写真展を開催します。新作シリーズ〈肉体と鉄棒〉から約15点をご覧いただきます。
出品作品の詳細な画像とデータは2月18日のブログをご覧ください。
●イベントのご案内
2月24日(金)18時より中谷礼仁さん(建築史家)をゲストに迎えてギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
※必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申込ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com
◆毎月14日に掲載してきた普後均のエッセイ「写真という海」は今回をもって終了しました。ご愛読ありがとうございました。
『肉体と鉄棒』
10数年続いているワークショップでいつも受講者に話してきたことがある。それは一つのシリーズとして作品を作り始めたら、タイトルも一緒に考えてほしいということである。なぜタイトルのことを意識する必要があるかというと撮ろうとしている作品に方向性と形を与えることにもなり、イメージと言葉との結びつきを考える切掛にもなるからである。天才的写真家ならまだしも、言葉が介在しないまま感性のみで一つの作品を作り上げることはほとんど無理である。言葉がないまま、いくらでも撮ることの出来るのが写真ではあるけれども、構造を持つまとまった作品にするのは難しい。
2月15日から25日まで、ときの忘れもので開催される個展で発表する『肉体と鉄棒』は、今までの作品と違って、ある日突然、『肉体と鉄棒』というタイトルが頭に浮かんだ。何をどのように撮影をするのか全く考える前に。天から唐突にそのタイトルが降りてきたという感じだった。
内容が伴わず、タイトルだけが生き延びている時、とりあえず鉄棒を作ろうということになった。近くの鉄工所に相談に行き、高さが2メートル、幅が1.8メートルほどの組み立て式鉄棒を注文した。無用の長物になってしまうかは、その後の内容次第。
出来上がってきた鉄棒は新しいため、ピカピカに輝いている。これだと鉄の質感がでない上に、肉体と組み合わせた時、落ち着かない。そんなわけで、雨風に晒し鉄棒全体を錆びさせ、撮影できるまでに数年待つことになった。
最初に鉄棒とともに撮影したのが田舎の父で、亡くなる三年前の1999年の事だった。父の裸を正面からまともに見たのは初めてだったこともあり、90年近く生きてきた肉体の有り様に強烈な印象を持った。
『肉体と鉄棒』を撮り始めた頃は家族の物語を中心に据えて展開していこうと考えていたが、そのうち『ON THE CIRCLE』の撮影の時期と重なるにつれ、
全く違うものになった。『ON THE CIRCLE』では表には見えない家族の物語があり、イメージの意味と連続性を意識した作り方をしたこともあって、『肉体と鉄棒』では意味やメタファーを強調せず、どちらかと言うと即物的に撮るということと、一点一点が完結したイメージでありなおかつ瞬間的な美しさを捉える撮り方をしようということになった。
『肉体と鉄棒』というタイトルであっても、撮影対象を人に限定したわけではなく、ねじ曲がった瓶もあれば、猿やかたつむり、鉄棒上で弾ける水というのもある。今までの作品は、少しでも深く読んでほしいという願いが強かったけれども、『肉体と鉄棒』に関しては、なぜこの対象かと不思議に思いながら、ストロボの光の中で写し止められた一瞬の形を見てもらえたらそれで十分。本来、写真に限らず、作者から離れた作品は、どのように見るかどのように読むかは自由だと思っている。もちろん鉄棒との組み合わせがどのようなものでもいいわけではなく、肉体が持つ要素とどこかで結びついているものを選んではいるけれども。
普後均「〈肉体と鉄棒〉より 1」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
普後均「〈肉体と鉄棒〉より 4」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
普後均「〈肉体と鉄棒〉より 10」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
僕の好きな写真家の一人にラルフ・ギブソンがいる。彼の作品から形而上的なものや心的世界をも写真で表現できることを若いころ学んだ。ラルフ・ギブソンの大きな展覧会が数年前に東京であり、心躍らせて会場に駆けつけたもののすぐに失望に変わった。写真家自身が指示したのか展示した人の意志だったのかわからなかったものの、ラルフ・ギブソンの『Déjà-Vu』『DAYS AT SEA』などのシリーズから選んだ作品が混ぜ合わされた状態で淡々と並んでいる。解体された建物のパーツを見せられているようで、写真集での輝きをそこに見ることは難しかった。
写真の宿命と言ってしまえばそれまでだが、確かな構造を持った作品でも簡単に解体されてしまう。だからこそ写真家は作品に構造を与えることに真剣に取り組まなければと思っている。
これまでの作品は、拾い集めるか、または、作り上げたイメージの集合体にどういう構造を与えるかを考えながら、まとめてきた。今回の『肉体と鉄棒』は、それぞれの作品が構造を持つよう意識しながら作っていることもあり、どちらかと言うとタブロー的である。
父を撮影した後、たまに会う度にその写真のことを気にしていた。方針が変わってしまい、作品として発表することはこれからもない。しかし、父にはこの展覧会を見て欲しかった。
父の生きた年齢までというのは無理であっても、体力がある限り、写真という海を泳ぎ続けたいと思う。
(ふご ひとし)
■普後均 Hitoshi FUGO(1947-)
1947年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公に師事。1973年に独立。2010年伊奈信男賞受賞。国内、海外での個展、グループ展多数。主な作品に「遊泳」「暗転」「飛ぶフライパン」「ゲームオーバー」「見る人」「KAMI/解体」「ON THE CIRCLE」(様々な写真的要素、メタファーなどを駆使しながら65点のイメージをモノクロで展開し、普後個人の世界を表現したシリーズ)他がある。
主な写真集:「FLYING FRYING PAN」(写像工房)、「ON THE CIRCLE」(赤々舎)池澤夏樹との共著に「やがてヒトに与えられた時が満ちて.......」他。パブリックコレクション:東京都写真美術館、北海道立釧路芸術館、京都近代美術館、フランス国立図書館、他。
●本日のお勧め作品は、普後均です。
普後均「〈肉体と鉄棒〉より 17」
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 35.8×44.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆ときの忘れものは明日から「普後均写真展―肉体と鉄棒―」を開催します。
会期:2017年2月15日[水]―2月25日[土] *日・月・祝日休廊
作家と作品については大竹昭子のエッセイ、及び飯沢耕太郎のエッセイをお読みください。

ときの忘れものでは初となる普後均の写真展を開催します。新作シリーズ〈肉体と鉄棒〉から約15点をご覧いただきます。
出品作品の詳細な画像とデータは2月18日のブログをご覧ください。
●イベントのご案内
2月24日(金)18時より中谷礼仁さん(建築史家)をゲストに迎えてギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
※必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申込ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com
◆毎月14日に掲載してきた普後均のエッセイ「写真という海」は今回をもって終了しました。ご愛読ありがとうございました。
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