小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第20回

『はな子のいる風景 イメージをくりかえす』(武蔵野市立吉祥寺美術館2017)

01(図1)
「はな子のいる風景―イメージを(ひっ)くりかえす」表紙

今回紹介する「はな子のいる風景―イメージを(ひっ)くりかえす」は、武蔵野市吉祥寺美術館で開催された展覧会に併せて刊行されたものです。この本は1947 年にタイで生まれ、1949 年に日本に贈られ、1954 年から井の頭自然文化園で暮らし、2016 年に69 歳で生涯を終えた象のはな子についての記録集です。制作にあたって、はな子が写った写真や映像が募集され、提供された写真の収集・保存・活用を通して、象のはな子、井の頭自然文化園、武蔵野市周辺の、さらには戦後日本の歩みをたどることが目的として掲げられ、プロジェクトが進められていきました。展覧会と記録集の出版に結実ししたこのプロジェクトの企画に携わったのが、NPO 法人remo(記録と表現とメディアのための組織)の運営者であり、AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]を主催する研究者の松本篤です。彼は多くの市民から寄せられた写真を、それらが撮影された日付順に整理し、写真を提供した人それぞれの写真にまつわる想い出が綴られた文章を別冊子として編集し、記録集にまとめあげました。記録集には、はな子が来日した1949 年に刊行された新聞紙面の複写版、はな子が飼育された象舎の設計図も付属品として含まれています。
写真集には1 ページに一点ずつ写真が掲載され、写真が撮影された日付と、同じ日に書かれた飼育日誌の文面が同じページに記されています(1960 年代末までの飼育日誌は現存していないため、記されていません)。写真は縦位置、横位置、正方形といった画面比の違いはあるものの、ほぼ同じサイズのモノクロのイメージに転換され、画面のコントラストも一様になるように調整されています。提供された写真の殆どは、家族でのお出かけや遠足のような行事で、井の頭自然文化園を訪れた記念写真として象のはな子を背景にして撮影されたものです。さまざまな人の家族アルバムの中に収められていたような写真が寄せ集められ、日付順にはな子の飼育日誌と併置されることによって、それぞれの写真の中で背景にいたはな子の存在が前景に押し出されてきます。記録集の題名に「イメージを(ひっ)くりかえす」とあるのは、このように、はな子が他界した現在の視点から、はな子を偲びつつ、彼女を写真の中で背景に佇み写り込んでいたものから主役的なものとして倒置させて見るような見方を含みもっていると言えるでしょう。はな子の存在を軸に編集された写真群は、1950 年から2016 年までの時間の流れと、彼女と共に写真に撮られた人たちの記憶とその時代をつなぎとめています。

02(図2)
図版の上に貼られた写真の複製

03(図3)
写真の複製をひっくり返してみた状態

04(図4)
写真と別冊子の文集

05(図5)
写真の複製をひっくり返してみた状態

この記録集の際立った特徴は、いくつかのページにおいて、大きさを揃えて図版として印刷された写真の上に、実際に提供された写真を実寸大で複写したものーー写真の表面だけではなく裏面までも複写されている——が、図版の上に重ねるように貼られているということにあります。(図、2,3,5)読者は、写真を手で触り捲り、つまり文字通り、(「ひっ」くりかえす)ことをしながら、元々の写真のあり方(色や大きさ)とモノクロに転換された図版との違いを確かめつつ、写真のものとしてのあり方を感触として味わうことができるのです。70 年近くにもわたる時間の流れを、写真のシークエンスとして眺めていると、それぞれの時代による自然文化園の変化、写っている人たちのポーズや表情、衣服などの豊かなディテールが立ち現れてきます。記録集に付属した別冊子(図4)の文章を、写真の日付をたよりに照らし合わせながら読むと、写真を提供した人の綴る言葉の端々から、はな子の存在が人々の記憶の中にいかに根を下ろしているのかということが伝わってきます。また、はな子の写っている写真を提供して欲しいという、このプロジェクトの呼びかけに応えるために、アルバム
の中の写真を探すことが契機となって、はな子にまつわることだけではなく、その当時の生活や家族のことを振り返り、思い出すことにもつながっていったことが伺われます。この記録集は、はな子という象の生きた時間を軸としながら、人が記録し、記憶に留めておこうとする営みや、残された記録から掘り起こされ、探り出される時間と記憶の交差する豊かな位相を示しているようです。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、尾形一郎 尾形優です。作家と作品については飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」第3回をご覧ください。
20171025_07_Kolmanscop-4-16-2006尾形一郎 尾形優
"Kolmanskop-4-16-2006"
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
124.0x100.0cm
Ed.5 サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


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TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
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テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
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中村美奈子 文鎮こげ茶、赤、緑、オレンジの4色あります。
一個:大5,500円 小5,000円(税別)
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瀧口ファンならずとも手元に置きたくなるような色彩豊かな佳品です。特別頒布中ですのでどうぞご注文ください。


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会期:2017年9月27日[水]~12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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