植田実のエッセイ「本との関係」
第2回 『関根伸夫』
今年に入ってすぐ、埼玉県立近代美術館で「版画の景色――現代版画センターの軌跡」のタイトルでとてもユニークな回顧展があった。これについてはすでに同じこのブログに書いた(2018.3.4付)ので繰り返さないが、270点あまりの展示作品のなかでとりわけ懐かしく見たのは関根伸夫のコーナーで、20点ほどの版画がある。その前に出現した、彼の代表作といわれる≪大地―位相≫(1968)は私にとって、当時それだけでは現代アート状況のどこに位置づけできるかよく分からなかったのだが、この版画センターのエディション作品がじつに雄弁でチャーミングな解説になっていたのだ。
例えば≪絵空事―鳥居≫(1975)がある。
2本の赤鉛筆を左右の手でそれぞれ垂直に握ったその上にもう一本、水平にのせて鳥居に見立てている。背景は海の水平線と雲ひとつない青空。その強く明快な形と色彩、同時に次の瞬間には危うく崩れてしまうような面白い発想は他の彫刻・環境作品にダイレクトに通じている。これを迷うことなく購入したのが、私にとってはじめてのアート体験になる。次いでずっと前から1点だけでいいからと念願していた駒井哲郎の版画もその勢いで綿貫不二夫さんから譲ってもらった。≪森の中の空地(小)≫(1970)を前に置いて、それまでの所蔵者その他の作品由来を綿貫さんが荘重に述べるのを神妙に聞いていた。そんな嬉しい儀式もあった時代に、版画センターに出入りしていた、ゆりあぺむぺるの主宰、北川フラムさんから、関根伸夫作品集の編集を依頼されたのだった。
『関根伸夫』
1978年
ゆりあぺむぺる 発行
120ページ(見返しを含む)
26.0×25.0cm
表紙ソフトカバーにビニールジャケット付き
関根伸夫
《Project-石の風景》
※A版(限定250部)に収録
今、この本を見直すと何とも不思議な作品集だ。ブッキラボーで即物的。序文も作家論も作家の言葉も、あらためて書かれてはいない。表紙をめくると前見返しから本文の大きさいっぱいの写真(すなわち三方截ちの)が何の説明もなく始まり延々と続く。デッサンや図面も同じ扱いである。まず作家が大地から円筒状に土の層を掘り抜いている。作業は進み、例の≪大地―位相≫の完成写真にいたる。それに続くディテール写真には「関根伸夫」のサインが重ねられて、動きのなかの扉ページ。映画みたいな構成ともいえるが、その後に他の彫刻や油土によるエスキスなどの写真が原則的に同じ三方截ちでひたすら続く。
本の前半部はこのように紙の白地を排するかのように画像を拡大している。モノそのものを押し出そうとしている。対して後半部は一転して余白と版面(はんづら)までのモデュールを見せるように構成されている。全345点の作品図版とデータがカタログレゾネ風に収録されたページだ。編年体で13期に分けられたそれらの作品と併せて、その時期の年譜、新聞や雑誌での紹介記事、作家のコメントなどがコラージュされている。13に分けられた各時代の作家活動の特性を要約する「仏像・鉱物」「消去」「位相・大地」「水・油土」などのキーワードで章立てされているがその題字を関根さんに書いてもらった。ときにはスケッチから文字が発芽したかのような書の姿が素晴らしかった。
関根さんとフラムさんと3人で、アイデアを出したり、関根さんに字を書いてもらったり、また前の見返しは一面小石に覆われたどこかの河原、後見返しは同じ小石河原に関根さんの彫刻がいくつか顔を出しているといった漠然としたイメージだけでフラムさんに写真撮影の手筈を整えてもらったり、いや誰が案を出し、誰が受けたか分からないほどに即興的編集だった気がするが、まわり道もせず迷わず1冊の本にたどりつくことができたのは、関根さんの仕事がそれだけ明確だったからだ。
『関根伸夫』前見返し




表紙は、白いマット紙の中央に「関根伸夫」の明朝活字、その真下に小さく「Nobuo Sekine 1968-78」が同じグレーのインクで刷られ、タイトル上部にやや重なるかたちで「n. sekine」と墨でサインが入っている。じつは当初の意図とは少し違った。活字のタイトルに完全に重ねて、ローマ字ではなく同じ大きさの漢字で関根伸夫と墨でサインが入ることになっていた。「版画の景色」展でも出品されていた、≪おちるリンゴ≫(1975)などを参照すれば、この表紙の意図が分かるだろう。だが実際に刷り上ってきたタイトルロゴが指定以上に濃かったために、活字から書き文字が「おちる」視覚効果が出ない。その場で関根さんが工夫して今の体裁に修正してくれたのだが、表紙の真ん中にいきなりサイン、という面白さはちゃんと残されている。
本や雑誌の形式をまず整える要素は、なるべく取っ払ってしまう。それは私の編集癖なのかもしれない。フラムさんの義兄である、建築家の原広司さんが、編集者の名を見なくても誰がつくった本かすぐ分かったよと言ったらしい。褒めことばのようで実はこれから先のマンネリを戒められたのかもしれない。
(うえだ まこと)
*画廊亭主敬白
植田実先生の本についてのエッセイ、当初はホームページに以前掲載したものの再録のつもりだったのですが、さすが(というか予想外のことでしたが)植田先生、全面的に書き直しされてしまいました。申し訳ないやら、嬉しいやら、ぜひホームページの文章と読み比べてください。お気づきでしょうが以前は三人称(九曜明)で「関根伸夫」編集の経緯を書かれていますが、今回書き直しにあたり一人称に切り替えています。
~~~
<ボブ・ウィロビー写真展~オードリー&マリリン@ときの忘れもの(2018/04/25)
今日の夕方はときの忘れものに。現在開催されているのはボブ・ウィロビーの写真展。ハリウッド映画のメイキングをフリー写真家として撮影してきた人で、全盛期には『ライフ』や『ヴォーグ』などの有名雑誌に彼の写真が載らない週はなかったそう。
今回展示されているのはオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローの写真。多くの写真が「あ、どこかで見たことがある」と感じさせるもので、本当に彼女らのパブリックイメージを形作った作品がずらりと並んでいる様は圧巻。
今回の展示には作家が生前にプリントしたオリジナルプリントと、ここ5年ほどの間にオリジナルのネガからプリントし直されたエステートプリントとの、2種類の作品が並んでいる。こので「いやオリジナルプリントの方が味がある」と言えばアートに含蓄があるっぽく聞こえるけど、僕はエステートプリントの方に心が惹かれた。オリジナルプリントは経年変化で緩い印象が出てきているんだけど(もちろんそれが「味」なのだが)、エステートプリントは息を呑むような艶めかしさだけではなく、大女優と巨匠写真家が向かい合う緊張感がしっかり伝わってくる。会津八一の「あせたるを ひとはよしとうびんばくはの ほとけのくちは もゆべきものを」という歌を思い出した。
(林光一郎さんのブログ)より>
おかげさまでボブ・ウィロビー写真展は大盛況のうちに昨日終了しました。今回も予想外の売り上げで、早速アメリカのご遺族に追加注文を出しました。お買い上げいただいたお客様には少々納品が遅れますが心より御礼を申し上げます。
どこでお知りになったのか初めてのお客様が続々と来られるのには正直驚きました。青山時代の芳名簿は一冊で二三ヶ月はもったのですが、駒込に来てからは二週間で一杯になります。住所は圧倒的に「文京区」、ご近所の皆さんが多い! 道で挨拶されることもしばしばで、これじゃあ悪いこともできませんね。
●本日4月29日(日)から連休となりますが、ときの忘れものはカレンダー通りの営業となります。
4月29日(日)、30日(月)は休廊
5月1日(火)、2日(水)は普段通り営業します。
5月3日(木・祝日)~7日(火)は休廊
●本日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
安藤忠雄
「水の劇場」
オフセットリトグラフにドローイング
イメージサイズ:99.4×69.5cm
シートサイズ:102.5×72.4cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。
同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

第2回 『関根伸夫』
今年に入ってすぐ、埼玉県立近代美術館で「版画の景色――現代版画センターの軌跡」のタイトルでとてもユニークな回顧展があった。これについてはすでに同じこのブログに書いた(2018.3.4付)ので繰り返さないが、270点あまりの展示作品のなかでとりわけ懐かしく見たのは関根伸夫のコーナーで、20点ほどの版画がある。その前に出現した、彼の代表作といわれる≪大地―位相≫(1968)は私にとって、当時それだけでは現代アート状況のどこに位置づけできるかよく分からなかったのだが、この版画センターのエディション作品がじつに雄弁でチャーミングな解説になっていたのだ。
例えば≪絵空事―鳥居≫(1975)がある。
2本の赤鉛筆を左右の手でそれぞれ垂直に握ったその上にもう一本、水平にのせて鳥居に見立てている。背景は海の水平線と雲ひとつない青空。その強く明快な形と色彩、同時に次の瞬間には危うく崩れてしまうような面白い発想は他の彫刻・環境作品にダイレクトに通じている。これを迷うことなく購入したのが、私にとってはじめてのアート体験になる。次いでずっと前から1点だけでいいからと念願していた駒井哲郎の版画もその勢いで綿貫不二夫さんから譲ってもらった。≪森の中の空地(小)≫(1970)を前に置いて、それまでの所蔵者その他の作品由来を綿貫さんが荘重に述べるのを神妙に聞いていた。そんな嬉しい儀式もあった時代に、版画センターに出入りしていた、ゆりあぺむぺるの主宰、北川フラムさんから、関根伸夫作品集の編集を依頼されたのだった。
『関根伸夫』1978年
ゆりあぺむぺる 発行
120ページ(見返しを含む)
26.0×25.0cm
表紙ソフトカバーにビニールジャケット付き
関根伸夫《Project-石の風景》
※A版(限定250部)に収録
今、この本を見直すと何とも不思議な作品集だ。ブッキラボーで即物的。序文も作家論も作家の言葉も、あらためて書かれてはいない。表紙をめくると前見返しから本文の大きさいっぱいの写真(すなわち三方截ちの)が何の説明もなく始まり延々と続く。デッサンや図面も同じ扱いである。まず作家が大地から円筒状に土の層を掘り抜いている。作業は進み、例の≪大地―位相≫の完成写真にいたる。それに続くディテール写真には「関根伸夫」のサインが重ねられて、動きのなかの扉ページ。映画みたいな構成ともいえるが、その後に他の彫刻や油土によるエスキスなどの写真が原則的に同じ三方截ちでひたすら続く。
本の前半部はこのように紙の白地を排するかのように画像を拡大している。モノそのものを押し出そうとしている。対して後半部は一転して余白と版面(はんづら)までのモデュールを見せるように構成されている。全345点の作品図版とデータがカタログレゾネ風に収録されたページだ。編年体で13期に分けられたそれらの作品と併せて、その時期の年譜、新聞や雑誌での紹介記事、作家のコメントなどがコラージュされている。13に分けられた各時代の作家活動の特性を要約する「仏像・鉱物」「消去」「位相・大地」「水・油土」などのキーワードで章立てされているがその題字を関根さんに書いてもらった。ときにはスケッチから文字が発芽したかのような書の姿が素晴らしかった。
関根さんとフラムさんと3人で、アイデアを出したり、関根さんに字を書いてもらったり、また前の見返しは一面小石に覆われたどこかの河原、後見返しは同じ小石河原に関根さんの彫刻がいくつか顔を出しているといった漠然としたイメージだけでフラムさんに写真撮影の手筈を整えてもらったり、いや誰が案を出し、誰が受けたか分からないほどに即興的編集だった気がするが、まわり道もせず迷わず1冊の本にたどりつくことができたのは、関根さんの仕事がそれだけ明確だったからだ。
『関根伸夫』前見返し



表紙は、白いマット紙の中央に「関根伸夫」の明朝活字、その真下に小さく「Nobuo Sekine 1968-78」が同じグレーのインクで刷られ、タイトル上部にやや重なるかたちで「n. sekine」と墨でサインが入っている。じつは当初の意図とは少し違った。活字のタイトルに完全に重ねて、ローマ字ではなく同じ大きさの漢字で関根伸夫と墨でサインが入ることになっていた。「版画の景色」展でも出品されていた、≪おちるリンゴ≫(1975)などを参照すれば、この表紙の意図が分かるだろう。だが実際に刷り上ってきたタイトルロゴが指定以上に濃かったために、活字から書き文字が「おちる」視覚効果が出ない。その場で関根さんが工夫して今の体裁に修正してくれたのだが、表紙の真ん中にいきなりサイン、という面白さはちゃんと残されている。
本や雑誌の形式をまず整える要素は、なるべく取っ払ってしまう。それは私の編集癖なのかもしれない。フラムさんの義兄である、建築家の原広司さんが、編集者の名を見なくても誰がつくった本かすぐ分かったよと言ったらしい。褒めことばのようで実はこれから先のマンネリを戒められたのかもしれない。
(うえだ まこと)
*画廊亭主敬白
植田実先生の本についてのエッセイ、当初はホームページに以前掲載したものの再録のつもりだったのですが、さすが(というか予想外のことでしたが)植田先生、全面的に書き直しされてしまいました。申し訳ないやら、嬉しいやら、ぜひホームページの文章と読み比べてください。お気づきでしょうが以前は三人称(九曜明)で「関根伸夫」編集の経緯を書かれていますが、今回書き直しにあたり一人称に切り替えています。
~~~
<ボブ・ウィロビー写真展~オードリー&マリリン@ときの忘れもの(2018/04/25)
今日の夕方はときの忘れものに。現在開催されているのはボブ・ウィロビーの写真展。ハリウッド映画のメイキングをフリー写真家として撮影してきた人で、全盛期には『ライフ』や『ヴォーグ』などの有名雑誌に彼の写真が載らない週はなかったそう。
今回展示されているのはオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローの写真。多くの写真が「あ、どこかで見たことがある」と感じさせるもので、本当に彼女らのパブリックイメージを形作った作品がずらりと並んでいる様は圧巻。
今回の展示には作家が生前にプリントしたオリジナルプリントと、ここ5年ほどの間にオリジナルのネガからプリントし直されたエステートプリントとの、2種類の作品が並んでいる。こので「いやオリジナルプリントの方が味がある」と言えばアートに含蓄があるっぽく聞こえるけど、僕はエステートプリントの方に心が惹かれた。オリジナルプリントは経年変化で緩い印象が出てきているんだけど(もちろんそれが「味」なのだが)、エステートプリントは息を呑むような艶めかしさだけではなく、大女優と巨匠写真家が向かい合う緊張感がしっかり伝わってくる。会津八一の「あせたるを ひとはよしとうびんばくはの ほとけのくちは もゆべきものを」という歌を思い出した。
(林光一郎さんのブログ)より>
おかげさまでボブ・ウィロビー写真展は大盛況のうちに昨日終了しました。今回も予想外の売り上げで、早速アメリカのご遺族に追加注文を出しました。お買い上げいただいたお客様には少々納品が遅れますが心より御礼を申し上げます。
どこでお知りになったのか初めてのお客様が続々と来られるのには正直驚きました。青山時代の芳名簿は一冊で二三ヶ月はもったのですが、駒込に来てからは二週間で一杯になります。住所は圧倒的に「文京区」、ご近所の皆さんが多い! 道で挨拶されることもしばしばで、これじゃあ悪いこともできませんね。
●本日4月29日(日)から連休となりますが、ときの忘れものはカレンダー通りの営業となります。
4月29日(日)、30日(月)は休廊
5月1日(火)、2日(水)は普段通り営業します。
5月3日(木・祝日)~7日(火)は休廊
●本日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
安藤忠雄「水の劇場」
オフセットリトグラフにドローイング
イメージサイズ:99.4×69.5cm
シートサイズ:102.5×72.4cm
サインあり
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◆植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。
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新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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