小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第13回
何度も何度も「暑い」と言った七月が終わり、恐らく何度も何度も「暑い」と言うであろう八月がはじまりました。先日、街路樹もなく、日影もない道路を10分ほど歩くという苦行を行ったのですが、さすがに危険だと思いました。水を持ち歩くのが必須の夏に、とうとうなったのだなぁ、としみじみしました。
そんな暑い夏に読みたい本と言えば、やはり幽霊譚でしょうか?
いい本が入荷しております。
ジョージ・ソーンダーズ、上岡伸雄訳『リンカーンとさまよえる霊魂たち』

英語圏最大の文学賞のひとつ、ブッカー賞を2017年に受賞した本作、そのニュースと共にあらすじが日本でも伝えられた時、「いますぐ読みたい!」と思ったことを記憶しています。予想以上に早く邦訳が出版され、外国文学ファンにとっては、うれしい夏となりそうです。
ソーンダーズが、南北戦争中のリンカーン大統領が、愛息を亡くし、息子の遺体が安置された墓地を夜な夜な訪れていた、という史実に興味を持ち書き上げた虚実ないまぜのこの小説は、その墓地に集う様々な霊魂(その中には、リンカーンの息子も含まれます)と、その霊魂たちのエピソード、交流、そしてリンカーンとの不思議な「交流」を描く、ポリフォニックな小説です。
幼な妻との初夜を迎えるまさにその日に、天井の梁が落ちてきて亡くなったヴォルマン、同性愛の恋人に裏切られて自殺し、あらゆる感覚器を増幅させたベヴィンズなど、とても魅力的な霊魂たちと共に、現代では誰しもが認める英雄、リンカーン大統領が、南北戦争当時には、誰もが認める優れたリーダーではなかったこと、そんな歴史の事実も描き出され物語を駆動します。そこに描かれるのは、強い大統領ではなく、一人の悩める人間。そして、その悩みは、まさに亡霊たちそれぞれにも、存在するのです。
不思議なのは、この小説のスタイルです。
リンカーン大統領のエピソードを証言した数々の史料を引用する同じ書き方で、霊魂たちのエピソードや、会話が繰り広げられます。

まるで墓碑銘を読んでいるかのようなこの小説の語られ方は、他の小説では味わえない不思議な読後感を引き起こします。そして、何より、事実と虚構が同じレベルで語られるので、より一層、生者と死者の区分けがあいまいになり、物語に不思議な強度を与えます。それが物語の大団円に近づく時に、どのような効果を引き起こすのか。
思わず涙が出てしまいそうになるこの小説、ぜひ皆様も堪能してみてください。
(おくに たかし)
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●今日のお勧め作品は、ジョン・ケージです。
ジョン・ケージ John CAGE
"Fontana Mix(Orange/Tan)"
1982年
シルクスクリーン、紙、フィルム3枚組
56.7x76.5cm
Ed.97 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

何度も何度も「暑い」と言った七月が終わり、恐らく何度も何度も「暑い」と言うであろう八月がはじまりました。先日、街路樹もなく、日影もない道路を10分ほど歩くという苦行を行ったのですが、さすがに危険だと思いました。水を持ち歩くのが必須の夏に、とうとうなったのだなぁ、としみじみしました。
そんな暑い夏に読みたい本と言えば、やはり幽霊譚でしょうか?
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ジョージ・ソーンダーズ、上岡伸雄訳『リンカーンとさまよえる霊魂たち』

英語圏最大の文学賞のひとつ、ブッカー賞を2017年に受賞した本作、そのニュースと共にあらすじが日本でも伝えられた時、「いますぐ読みたい!」と思ったことを記憶しています。予想以上に早く邦訳が出版され、外国文学ファンにとっては、うれしい夏となりそうです。
ソーンダーズが、南北戦争中のリンカーン大統領が、愛息を亡くし、息子の遺体が安置された墓地を夜な夜な訪れていた、という史実に興味を持ち書き上げた虚実ないまぜのこの小説は、その墓地に集う様々な霊魂(その中には、リンカーンの息子も含まれます)と、その霊魂たちのエピソード、交流、そしてリンカーンとの不思議な「交流」を描く、ポリフォニックな小説です。
幼な妻との初夜を迎えるまさにその日に、天井の梁が落ちてきて亡くなったヴォルマン、同性愛の恋人に裏切られて自殺し、あらゆる感覚器を増幅させたベヴィンズなど、とても魅力的な霊魂たちと共に、現代では誰しもが認める英雄、リンカーン大統領が、南北戦争当時には、誰もが認める優れたリーダーではなかったこと、そんな歴史の事実も描き出され物語を駆動します。そこに描かれるのは、強い大統領ではなく、一人の悩める人間。そして、その悩みは、まさに亡霊たちそれぞれにも、存在するのです。
不思議なのは、この小説のスタイルです。
リンカーン大統領のエピソードを証言した数々の史料を引用する同じ書き方で、霊魂たちのエピソードや、会話が繰り広げられます。

まるで墓碑銘を読んでいるかのようなこの小説の語られ方は、他の小説では味わえない不思議な読後感を引き起こします。そして、何より、事実と虚構が同じレベルで語られるので、より一層、生者と死者の区分けがあいまいになり、物語に不思議な強度を与えます。それが物語の大団円に近づく時に、どのような効果を引き起こすのか。
思わず涙が出てしまいそうになるこの小説、ぜひ皆様も堪能してみてください。
(おくに たかし)
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●今日のお勧め作品は、ジョン・ケージです。
ジョン・ケージ John CAGE"Fontana Mix(Orange/Tan)"
1982年
シルクスクリーン、紙、フィルム3枚組
56.7x76.5cm
Ed.97 サインあり
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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