近代との距離
「モネ それからの100年」と「ルドン ひらかれた夢」
東海林 洋(ポーラ美術館 学芸員)
2020年に東京で開催されるというオリンピック・パラリンピックの喧噪を、どのように回避しようかと今から思案に暮れています。国家戦略的な熱狂から醒めてしまっているのは私のようなひねくれ者ばかりではないはずです。近代オリンピックが誕生した1896年から120年以上が過ぎ、「近代」と呼ばれる時代は終わりを迎え、これまでの価値観では測ることのできない日々がやってくることを私たちは予感しています。2年後、灼熱の真夏日に居間で流れるオリンピック中継は、まるで往年の演歌歌手のリサイタルのように、老境を迎えたロックスターのコンサートのように、ノスタルジックな騒がしさに満ちているはずです。このスポーツの祭典とともに近代文化を象徴していた万国博覧会、巨大な鉄道のターミナル駅は、もはや博物学的な歴史的遺物になりつつあります。私はその最後の灯火を燃やそうと奮闘する2020年に、もはや痛々しいほどの空虚さを感じているのです。美術の世界においても、これまで「近代美術」とは現在の価値観の根底をなすものとして重要な役割を担ってきました。しかし、私たちはまた、美術館に展示された近代美術や20世紀の絵画にも懐かしさを感じる日が来るのでしょうか。いや、こうした「近代」との隔たりは、既にやって来ているのかもしれません。
急速に歴史へと送り込まれつつある近代美術を、いかに現在と接合させるかを問う展覧会が2018年に相次いでふたつ開催されています。そのひとつ「モネ それからの100年」(名古屋市美術館、横浜美術館)は、印象派の巨匠であるクロード・モネの絵画にあらわれた問題を抽出し、具体的なエピソードや影響関係を持つ戦後の作家を中心に展観したものです。その後の100年に至るまで大きな影響を及ぼしたモネの芸術の功績を讃えると言っても良いでしょう。ただ、展覧会は影響関係を示し、近代美術の系統図を再構成するものと言ってもよいかもしれません。作家の幅と数は非常に多く、重鎮タレントを讃える若手ミュージシャン達が集合した特別番組のように、個々の作品が本来持っている魅力が薄れてしまう傾向もあったかもしれません。
もうひとつの展覧会は、手前味噌にて恐縮なのですが、ポーラ美術館にて開催している「ルドン ひらかれた夢 ー幻想の世紀末から現代へ」展です。そもそも、オディロン・ルドンは幻想の部屋に閉じこもった孤独で孤高な存在と見なされてきたために、19世紀美術においても立ち位置をはかることが難しい作家でした。この展覧会は、近年の研究をもとに、ルドンの芸術を彼が生きた時代の文化と比較することで、その幻想が当時の科学や文学的ソース、そして印象派への反発によって生み出されたことを明らかにしたいと企画したものです。
しかし、この「時代」とは何なのか。それはむしろ「現代」の文脈に置いてみることで、その様相が明確になるのではないかと考えました。それは決して影響の有無や系譜をたどるのではなく、ルドンを現代的に考え直してみたいという挑戦でした。科学技術が目まぐるしく進歩し、挿絵入り雑誌を通して人々の想像を超える最新の技術や異国の文物が紹介された情報化社会の草創期。これは、インターネットが普及し、映画やゲームのなかばかりに幻想が満ちている現代の視点とダイレクトに比較すべき問題を抱えているのではないでしょうか。
この展覧会では、版画というメディアの特性を活かしながら幻想を生み出してきた柄澤齊、生と死、眠りと覚醒、空と海という曖昧な境界領域を主題にしてきたイケムラレイコ 、絵本やアニメーションなどの物語性を通して内的な世界を探究し、近年は種々の素材との対話を通して意識以前の領域を探る鴻池朋子という3人の現代作家の作品を通して、ルドンの作品を現代の視点から捉え直そうとしています。
また、ルドンの描く奇妙な眼球のモティーフを、自我に潜む無意識を表す「内在する眼」ととらえたとき、岩明均『寄生獣』に登場する寄生生物「ミギー」に近いものではないだろうかと考え、このマンガの原画を出品頂きました。これらの「現代」は決してルドンから直接受けた影響の系譜を検証するものではありません。前者のモネ展に比べ、こちらは現代的な視点から「見立て」を試みたものだといえます。

©Tomoko Konoike(ポーラ美術館の展示風景)
いずれにせよ、歴史の一項目となりつつある近代美術は、この先ますます客観視され、その意義が問い直されていくでしょう。近代文化の象徴物であるオリンピックから距離をとることで、むしろスポーツの面白さが 際立つこともあるはずです。私は2020年の夏はオーストラリアでスキーを楽しむか、南米の高い山に登ろうと考えています。どなたか同行を希望される方は是非ともご連絡をお待ちしています。
(しょうじ・よう)
■東海林 洋(しょうじ よう)
ポーラ美術館学芸員。1983年生まれ。2011年よりポーラ美術館に勤務し、「モネ、風景をみる眼 ー19世紀フランス風景画の革新」(2013)、「いろどる線とかたどる色」(2014)、「紙片の宇宙」(2014-2015)、「自然と都市」(2015)、「ピカソとシャガール 愛と平和の讃歌」(2016)などの展覧会に携わる。12月2日まで担当する「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へ」展が開催中。
●横浜美術館「モネ それからの100年」


「モネ それからの100年」
会期:2018年7月14日(土) ~ 9月24日(月・休)
休館日:木曜日
会場:横浜美術館
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●ポーラ美術館「ルドン ひらかれた夢」


「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へ」
会期:2018年7月22日(日)-12月2日(日) *会期中無休、但し9月27日(木)は展示替えのため企画展示室は休室
会場:ポーラ美術館
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●鴻池朋子さんの個展が秋田県立近大美術館で開催されています。
「ハンターギャザラー」
会期 2018年9月15日~11月25日
会場 秋田県立近代美術館
住所 秋田県横手市赤坂字富ヶ沢62-46(秋田ふるさと村内)
電話 0182-33-8855
開館時間 09:30~17:00※10月28日は14:30~15:00まで、イベントのため第4展示室鑑賞不可
休館日 無休
観覧料 一般 1200円 / 大学・高校生 800円 / 中学生以下無料
アクセス JR横手駅東口からバス15分「ふるさと村下車」
イベント
アーティストトーク
日時:2018年9月15日(土)、11月24日(土) 両日13:30~15:00
場所:当日受付にて案内
定員:各回 先着100名
参加無料、要申込(8月15日より電話受付)
※24日は作家が展覧会の組み立て方をレクチャー
パフォーマンス&トーク「Frozen River」
日時:2018年10月28日(日)14:30~16:00
場所:5階第4展示室内
ゲスト:山川冬樹(ホーメイアーティスト)、鴻池朋子
定員:先着50名
参加費:観覧券+500円 ※要申込、8月15日より電話受付
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●今日のお勧め作品は、難波田龍起です。
難波田龍起 Tatsuoki NAMBATA
《夕暮》
1989年 水彩、インク
24.8x33.4cm
サインあり
裏にタイトルと年記あり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

「モネ それからの100年」と「ルドン ひらかれた夢」
東海林 洋(ポーラ美術館 学芸員)
2020年に東京で開催されるというオリンピック・パラリンピックの喧噪を、どのように回避しようかと今から思案に暮れています。国家戦略的な熱狂から醒めてしまっているのは私のようなひねくれ者ばかりではないはずです。近代オリンピックが誕生した1896年から120年以上が過ぎ、「近代」と呼ばれる時代は終わりを迎え、これまでの価値観では測ることのできない日々がやってくることを私たちは予感しています。2年後、灼熱の真夏日に居間で流れるオリンピック中継は、まるで往年の演歌歌手のリサイタルのように、老境を迎えたロックスターのコンサートのように、ノスタルジックな騒がしさに満ちているはずです。このスポーツの祭典とともに近代文化を象徴していた万国博覧会、巨大な鉄道のターミナル駅は、もはや博物学的な歴史的遺物になりつつあります。私はその最後の灯火を燃やそうと奮闘する2020年に、もはや痛々しいほどの空虚さを感じているのです。美術の世界においても、これまで「近代美術」とは現在の価値観の根底をなすものとして重要な役割を担ってきました。しかし、私たちはまた、美術館に展示された近代美術や20世紀の絵画にも懐かしさを感じる日が来るのでしょうか。いや、こうした「近代」との隔たりは、既にやって来ているのかもしれません。
急速に歴史へと送り込まれつつある近代美術を、いかに現在と接合させるかを問う展覧会が2018年に相次いでふたつ開催されています。そのひとつ「モネ それからの100年」(名古屋市美術館、横浜美術館)は、印象派の巨匠であるクロード・モネの絵画にあらわれた問題を抽出し、具体的なエピソードや影響関係を持つ戦後の作家を中心に展観したものです。その後の100年に至るまで大きな影響を及ぼしたモネの芸術の功績を讃えると言っても良いでしょう。ただ、展覧会は影響関係を示し、近代美術の系統図を再構成するものと言ってもよいかもしれません。作家の幅と数は非常に多く、重鎮タレントを讃える若手ミュージシャン達が集合した特別番組のように、個々の作品が本来持っている魅力が薄れてしまう傾向もあったかもしれません。
もうひとつの展覧会は、手前味噌にて恐縮なのですが、ポーラ美術館にて開催している「ルドン ひらかれた夢 ー幻想の世紀末から現代へ」展です。そもそも、オディロン・ルドンは幻想の部屋に閉じこもった孤独で孤高な存在と見なされてきたために、19世紀美術においても立ち位置をはかることが難しい作家でした。この展覧会は、近年の研究をもとに、ルドンの芸術を彼が生きた時代の文化と比較することで、その幻想が当時の科学や文学的ソース、そして印象派への反発によって生み出されたことを明らかにしたいと企画したものです。
しかし、この「時代」とは何なのか。それはむしろ「現代」の文脈に置いてみることで、その様相が明確になるのではないかと考えました。それは決して影響の有無や系譜をたどるのではなく、ルドンを現代的に考え直してみたいという挑戦でした。科学技術が目まぐるしく進歩し、挿絵入り雑誌を通して人々の想像を超える最新の技術や異国の文物が紹介された情報化社会の草創期。これは、インターネットが普及し、映画やゲームのなかばかりに幻想が満ちている現代の視点とダイレクトに比較すべき問題を抱えているのではないでしょうか。
この展覧会では、版画というメディアの特性を活かしながら幻想を生み出してきた柄澤齊、生と死、眠りと覚醒、空と海という曖昧な境界領域を主題にしてきたイケムラレイコ 、絵本やアニメーションなどの物語性を通して内的な世界を探究し、近年は種々の素材との対話を通して意識以前の領域を探る鴻池朋子という3人の現代作家の作品を通して、ルドンの作品を現代の視点から捉え直そうとしています。
また、ルドンの描く奇妙な眼球のモティーフを、自我に潜む無意識を表す「内在する眼」ととらえたとき、岩明均『寄生獣』に登場する寄生生物「ミギー」に近いものではないだろうかと考え、このマンガの原画を出品頂きました。これらの「現代」は決してルドンから直接受けた影響の系譜を検証するものではありません。前者のモネ展に比べ、こちらは現代的な視点から「見立て」を試みたものだといえます。

©Tomoko Konoike(ポーラ美術館の展示風景)
いずれにせよ、歴史の一項目となりつつある近代美術は、この先ますます客観視され、その意義が問い直されていくでしょう。近代文化の象徴物であるオリンピックから距離をとることで、むしろスポーツの面白さが 際立つこともあるはずです。私は2020年の夏はオーストラリアでスキーを楽しむか、南米の高い山に登ろうと考えています。どなたか同行を希望される方は是非ともご連絡をお待ちしています。
(しょうじ・よう)
■東海林 洋(しょうじ よう)
ポーラ美術館学芸員。1983年生まれ。2011年よりポーラ美術館に勤務し、「モネ、風景をみる眼 ー19世紀フランス風景画の革新」(2013)、「いろどる線とかたどる色」(2014)、「紙片の宇宙」(2014-2015)、「自然と都市」(2015)、「ピカソとシャガール 愛と平和の讃歌」(2016)などの展覧会に携わる。12月2日まで担当する「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へ」展が開催中。
●横浜美術館「モネ それからの100年」


「モネ それからの100年」
会期:2018年7月14日(土) ~ 9月24日(月・休)
休館日:木曜日
会場:横浜美術館
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●ポーラ美術館「ルドン ひらかれた夢」


「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へ」
会期:2018年7月22日(日)-12月2日(日) *会期中無休、但し9月27日(木)は展示替えのため企画展示室は休室
会場:ポーラ美術館
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●鴻池朋子さんの個展が秋田県立近大美術館で開催されています。
「ハンターギャザラー」
会期 2018年9月15日~11月25日
会場 秋田県立近代美術館
住所 秋田県横手市赤坂字富ヶ沢62-46(秋田ふるさと村内)
電話 0182-33-8855
開館時間 09:30~17:00※10月28日は14:30~15:00まで、イベントのため第4展示室鑑賞不可
休館日 無休
観覧料 一般 1200円 / 大学・高校生 800円 / 中学生以下無料
アクセス JR横手駅東口からバス15分「ふるさと村下車」
イベント
アーティストトーク
日時:2018年9月15日(土)、11月24日(土) 両日13:30~15:00
場所:当日受付にて案内
定員:各回 先着100名
参加無料、要申込(8月15日より電話受付)
※24日は作家が展覧会の組み立て方をレクチャー
パフォーマンス&トーク「Frozen River」
日時:2018年10月28日(日)14:30~16:00
場所:5階第4展示室内
ゲスト:山川冬樹(ホーメイアーティスト)、鴻池朋子
定員:先着50名
参加費:観覧券+500円 ※要申込、8月15日より電話受付
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●今日のお勧め作品は、難波田龍起です。
難波田龍起 Tatsuoki NAMBATA《夕暮》
1989年 水彩、インク
24.8x33.4cm
サインあり
裏にタイトルと年記あり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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