小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第2回

写真歌謡論  色鮮やかな写真を讃える歌 ポール・サイモン「Kodachrome」(1973)「Color Slide」 (1964)

01Paul-Simon-Kodachrome(図1)ポール・サイモン「Kodachrome」アルバムジャケットとコダクロームのフィルム

02Honeycombs-colorslide(図2)ハニカムズ 「Color Slide」アルバムジャケット


リバーサルフィルムで撮影し、スライドを作ったことがある経験のある人というのは、世代で言うと40代前後よりも上が多いのでしょうか。私は、20代の頃に大学のゼミや研究発表のために、写真集や画集から図版を複写する、という程度しかやったことがありません。(これが結構難しかった)「マウント仕上げ」という言葉も、今や解説が必要かもしれません。
今回紹介するのは、アメリカのシンガーソングライター、ポール・サイモン(Paul Simon, 1941~)の「Kodachrome(邦題:僕のコダクローム)」(1973)(図1)とイギリスのバンド、ハニカムズ(Honeycombs 活動期間1963-1967)の「Color Slide」 (1964)(図2)。いずれも、リバーサルフィルム、スライドが歌詞に登場します。

題名の「Kodachrome」はイーストマン・コダック社が1935年から製造・販売していたリバーサル・フィルム「コダクローム」のことで、この曲は世界中でヒットし、後にはコダックのコマーシャルに使用されています。

歌詞全文はこちらhttps://genius.com/Paul-simon-kodachrome-lyrics です。以下に、歌詞を意訳してみました。こちらhttps://www.youtube.com/watch?v=qrRRhoS3KFk で視聴できます。

高校で学んだことはくだらなかったけど、
考えられるっていうのは驚きだね。
だって学がなくっても
それで傷ついたことなんてありゃしない
嫌な予感だってわかるのさ

コダクロームは
綺麗な明るい色で見せてくれる
夏の緑も鮮やかに写る
世界中が光に満ちているように見えるのさ
ナイコン(ニコンの英語読み)のカメラを手にいれたよ
写真を撮るのに夢中なんだ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ

僕が独り身だった頃に
知っていた女の子全員連れてきて
一夜だけ集めたとしても
彼女たちも僕の想像に比べたら大したもんじゃない
だって白黒の写真だと
すべてがつまんなく見えちゃうんだよ
コダクロームは
綺麗な明るい色で見せてくれる
夏の緑も鮮やかに写る
世界中が光に満ちているように見えるのさ

ナイコン(ニコン)のカメラを手にいれたよ
写真を撮るのに夢中なんだ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ


歌詞の言葉としてはシンプルですが、ところどころ一体具体的に何を意味しているのか、解釈の仕方が不明なところもあります。全体の曲調はアップテンポで明るく、「高校で学んだくだらないこと」や「嫌な予感」、「白黒写真のつまらなさ」と対比するようにして、コダクロームの色鮮やかさが朗々と謳い上げられています。現在の感覚で歌詞を読んでいると、なぜここまで無邪気に写真の色鮮やかさを愛でたり夢中になれるのだろう、と不思議にも思えてきます。あたかも、カラー写真には夢のように素敵な世界が写るかのような陶酔ぶりです。第二次世界大戦期に生まれたポール・サイモンは、白黒写真が主流だった時代を経験しており、70年代初頭はカラー写真が広く定着しているとは言え、カラーフィルムで写真を撮ることや写真を見ることが心浮き立つような経験であり、それは当時の聴衆にも共有されていたのでしょう。
リバーサル・フィルムは、写真家が印刷物に掲載する写真を撮影するために使用されるほかに、一般向けの用途としては、現像したフィルムはカラースライドとして仕上げられ、スライドプロジェクターを使って投影して鑑賞することが多かったので、「綺麗な明るい色」や「夏の緑」、「光に満ちた」情景は、手元で見るプリントではなく、暗い部屋のなかで目の前に現れては消えるからこそ、その鮮やかさが際立って見えたのかもしれません。


03(図3) Cavalcadeプロジェクターの広告

04(図4)プロジェクターとカメラのセット販売の広告


コダック社は、 CavalcadeやCarouselといった名称のスライドプロジェクターを製造販売し、広告では家族や友人のような親しい人たちが集まって、家族旅行のような楽しい経験の記録をスライドショーとして楽しむ場面が描かれています。(図3)スライドプロジェクターの中にはカメラとセットで販売されていたものもあり、コダクロームで写真を撮影することと、それをスライドとして見ることは密接に結びついていたことがわかります(図4)。「Kodachrome」に先立って、スライドを見る経験を歌っているのがHoneycombs の“Color Slide”(1964)です。

こちらで視聴できます。
Honeycombs “Color Slide”(1964) https://www.youtube.com/watch?v=GtjPgTNRl30
歌詞全文はこちら https://genius.com/The-honeycombs-colour-slide-lyrics
以下が歌詞の翻訳です。


僕の壁に君を写した。
君は高さ10フィート(3m)になった。
君をカラースライドにしたんだよ。

ビーチで出逢った君
分かってくれたよね。
僕はすぐに君をそばに引き寄せた。

僕たちは愛の1日を過ごした。
太陽と海の1日を
君のキスが忘れられない
僕を抱きしめてくれた時に感じたスリルを

僕はただ笑わせるために言ったんだ。
君の写真を撮ったんだ
でも、僕の笑いは止まってしまった。

そして気分が落ち込んだら
スライドショーをするのさ
座って、君の写っているカラースライドを見るのさ

僕たちは愛の1日を過ごした。
太陽と海の1日を
君のキスが忘れられない
僕を抱きしめてくれた時に感じたスリルを

僕の壁に君を写した。
君は高さ10フィート(3m)になった。
君をカラースライドにしたんだよ。

残念だな
君の名前すら知らない
カラースライドが何の役に立つのさ?


夏の海辺で出会い名も知らない女性との束の間の恋を、その時撮った写真のスライドを見ながら振り返る男性の切ない気持ちを歌った曲ですが、歌い出しで「I got you on my wall I got you ten foot tall I got you on a color slide(僕の壁に君を写した。君は高さ10フィート(3m)になった。君をカラースライドにしたんだよ。)」と、一人部屋の中で見ている女性の写っている像のありようを具体的に印象づけることで、後に歌詞の中で展開する出会いと甘酸っぱい恋の情景、恋が終わってしまった切なさが際立っています。
概して写真歌謡の内容は、「光に満ちた場面」を撮影し、後になって写真を見ながら思い出し、振り返る」という形式をとるものが多いのですが、「光に満ちた場面」とは季節でいえば夏、青春時代や恋愛の一番盛り上がっていた頃、幸せな家族生活の場面であり、コダクロームとスライドは、その色鮮やかさによって過去の輝きの証立てるものとして扱われているのです。


05(図5)映画「さようなら、コダクローム」Netflixのページ


コダクロームが色鮮やかに蘇らせる記憶を親子の物語として描き出しているのが、映画 「さようなら、コダクローム」(2017)(図5)です。

中年の音楽プロデューサー、マットのもとに、写真家の父親ベン(マットが幼い頃に離婚して長年音信不通で、マットは父親が家族を捨てたことを恨んでいる)の看護をしている女性ゾーイから連絡が入り、父親が癌で余命幾ばくもないこと、ベンが最期の願いとして、撮影したコダクロームのフィルムを現像する店まで旅をして欲しいと思っていることを知ります。コダクロームは2009年に製造を終了したため、残された現像所はカンザス州にある1店舗のみ。3人は、ニューヨークから遠く離れたカンザス州まで、現存する最後の現像所まで車で旅をすることになり、そこに辿り着くまでの過程がロードムービーとして描かれています。旅の終わりでベンは亡くなり、マットは父親の死後、現像されたスライドをプロジェクターに差し込んで投影します。壁に映し出されたのは、父親が撮っていた自分が赤ん坊の頃の写真で、マットは最期に父親が自分を愛していた証を手渡しくれたことに気づき、咽び泣きます。
この映画の中では、写真を介した父親と息子の関係とともに、フィルム写真の時代が終焉したこと、音楽産業がレコードやCDのような物の流通の上に成り立っていた時代も過去のものになっていることも描かれています。写真や音楽も一様にデータとして扱われるようになった今、現像所に赴いてフィルムを現像してスライドに仕上げ、それを一つ一つ映し出して見る過程の中に、「Kodachrome」や「Color Slide」の中に描かれた「鮮やかな色」への思いが込められているようです。
こばやし みか

●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。
mekas_37_tokyo_08ジョナス・メカス Jonas MEKAS
"Pier Paolo Pasolini, Rome, 1967"
1967年 (2013年プリント)
アーカイバルインクジェットプリント
イメージサイズ:34.0×22.4cm
シートサイズ :39.8×29.1cm
Ed.7
サインあり
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阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
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ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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