小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第16回


10月は新刊・古書ともに魅力的な入荷が相次ぎました。
このブログでご紹介したい本もいくつもあるのですが、あまり多すぎるのも日々のツイッター状態になってしまいますので、今月は新刊書一点に絞ってご紹介!
こちらです。
寺尾紗穂『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)

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寺尾紗穂さんは、『原発労働者』(講談社現代新書)や『南洋と私』(リトルモア)などの作品がある優れたノンフィクションの書き手です。大きなうねりの中に翻弄される個人の声を、丁寧に丁寧に拾い上げ、それを寺尾さんの持つ静かで、しかし力強い文章で書き上げる。文章を、ものすごい時間をかけて鍛え上げているように感じるこの「強さ」はどこから来るのだろうか?前々から感じていたこの疑問の、答えのようなエッセイ集が、今回の『彗星の孤独』です。
特に心に残るのは、ゴダールなどのフランス映画の字幕翻訳で知られる父、寺尾次郎さんが亡くなった際に書かれた追悼文「二つの彗星」。
寺尾さんが幼いころから仕事場で暮らす父は、年に数回しか会わない存在でした。彼女にとって「父の不在」は当たり前のもので、「うちはみんなバラバラ」と思って大きくなります。そんな父親が癌と分かり、「いずれパパのことを書かなきゃいけないと思っているから」とインタビューを申し込みます。インタビューの過程と、ホスピスに入る父親の「看取り」の中で、二つの彗星は、段々とその距離を縮めていきます。
またそれと合わせて印象的なのは、冒頭のエッセイ「残照」のこんなシーン。
「私にとって父親は思い入れを持つには遠い人になり過ぎていた。時折CDやビデオテープなんかを送ってきてくれたが、それはちょうど親切な親戚のおじさんから送られてくるような感じだった。寝起きを共にしない、家を出るというのは、つまりそいういうことだ。
しかし最近になって母から聞いた言葉は、大きな衝撃だった。
『パパが仕事場を持ち始めたころ、K(弟)は小さくてよくわからないで、パパが帰る時もニコニコ手を振ってたけど、あんたはいつも目に涙をためてたんだよ』」
この幼い寺尾紗穂さんの心中を思う時、彼女の「あの」どこまでも静かに対象を見つめ書き、しかし、ちっとも冷たくはない力強い文章の秘密に、少し触れられた気がするのです。
ちなみに寺尾次郎さんは字幕翻訳の仕事をする前は、あの伝説のバンド「シュガー・ベイブ」のベーシストでした。そして、寺尾紗穂さんは、音楽の分野でもその才能を輝かせる音楽家でもあります。
当店では、この新刊にあわせて、寺尾さんと伊賀航、あだち麗三郎によるトリオバンド「冬にわかれて」のファーストアルバム「なんにもいらない」も販売中。

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そして、そして、寺尾さんの選書フェアも都内唯一(今のところ)開催いたします!ぜひご来店の程を。
おくに たかし

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。

●今日のお勧め作品は、ハ・ミョンウンです。
ha_49_mini-14ハ・ミョンウン 河明殷 Ha Myoung-eun
"MINI 3022 series (14)"
2015年
ミクストメディア
30x22x3cm
サインあり

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阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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