小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第4回

写真歌謡論 メーガン・トレイナー「All About That Bass 」

今回紹介するのは、メーガン・トレイナー(Meghan Elizabeth Trainor,1993年生まれ)のデビューシングル、All About That Bass(日本語字幕つきのMV) (2014)です。この曲は同年の9月にシングル チャート1位になるなど、彼女の名を世に知らしめた大ヒットとして知られています。タイトルの Bassは、ジャズなどの演奏で使われるウッドベースのことで、歌詞の中では、ベースの刻む重低音のリズムに合わせて、「I'm all about that bass 'Bout that bass, no treble(私はベースなの、 ベース(重低音・どっしりと重みがあること)、トレブル(最高音部・か細いことの喩え)じゃない。」と繰り返されます。邦題の副題に「オール・アバウト・ザット・ベース~わたしのぽちゃティブ宣言」とあるように、この曲にはメーガン・トレイナーが自らのふくよかな体型を肯定するよ うに歌い上げ、自分の身体のあるがままを愛そうと呼びかけるメッセージが込められています。
ミュージック・ビデオは、ドールハウスを模した砂糖菓子のようなパステルカラーの空間の中で、メーガン・トレイナーとそれぞれに肌の色の異なる女性のダンサーたちがいずれも人形を連想させるようなレトロでガーリーな衣装を身につけ、時折人形のようなぎごちない動作を挟みながら、体を弾ませるようにして踊ります。ミーガンやダンサーたちの踊るシーンの合間には、ファッションモデルのようなスレンダーな女性、メーガンのボーイフレンド役のような白人男性、巨漢でユーモラスながらも切れ味の良い振り付けで踊る黒人の男性、小学生低学年ぐらいの女児たちが登場し、ダンスを軸としながら曲が展開していきます。(図1,2,3) ミーガンは楽しげに弾むように踊りながら、次のように歌います。
01(図1)All About That Bass ミュージック・ビデオより メーガン・トレイナーとダンサーたち

02(図2)スレンダーな女性と巨漢の黒人男性

03(図3)人形カップルのようなメーガンと白人男性


Yeah, it's pretty clear, I ain't no size two
But I can shake it, shake it
Like I'm supposed to do
'Cause I got that boom boom that all the boys chase
And all the right junk in all the right places

わかってるわ、私はサイズ2(日本のサイズでは、M、9号に相当)じゃないって でもこうやって踊れる 自分の思い通りに だって私には男たちみんなを虜にするお尻があるわ お肉がちゃんとつくべきところについている。
自分の身体をポジティブに捉え、メディアに流通する写真の中ではフォトショップによって容姿が修正されていることを、韻を踏んだ歌詞の中で次のように指摘します。

I see the magazine workin' that Photoshop
We know that shit ain't real
C'mon now, make it stop
If you got beauty beauty, just raise 'em up
'Cause every inch of you is perfect
From the bottom to the top

Photoshopで加工された雑誌を見てる
そんなものが本物じゃないってみんなわかってる
ねえ、加工はもうやめようよ
美しいんだったら、ありのままを出そう
だってあなたのどの部分も完璧だよ
つま先からてっぺんまでね

04(図4)フォトショップの加工前と後

このような歌詞に掛け合わせるようにして、スレンダーな女性の姿が、フォトショップで修正される前と後を比較するような画面が差し込まれます。通常の画像加工では、体型をスリムに変えることをパロディ化するために、モデルの女性はふっくらとした体型に修正されています(図4)。

05(図5)バービードールを手にして放り投げるメーガン

06(図6)バービードールでお人形遊びをする二人の女児

ミュージック・ビデオがドールハウスのような色調で、振付の中にも人形のような動作が含まれていることは先にも述べましたが、実際にドールハウスも登場し、メーガンがバービードールを手にして放り投げる場面や、女児2人がドールハウスでお人形遊びをする場面も登場します。彼女は次のようにも歌います。

You know I won't be no stick figure silicone Barbie doll
So if that's what you're into then go ahead and move along

私はシリコンのバービードールのようになれないって知ってる
だからそっちに興味があるんだったら、どうぞお好きに、どっか行ってね

歌詞と映像は、シリコン製のバービー人形に体現されているような細長い手足の体型が美 しく望ましいであるという価値観が、人形遊びを通して幼い女の子の中に刷り込まれていることを批判し、「シリコン製の人形のプロポーションを生身の女性の理想像とするのはおかしいでしょう」と笑い飛ばしているようです。

「All About That Bass」が大ヒット曲になった背景には、スリムな体型の女性を美しいと見なす価値観が依然として支配的であることに加え、Photoshopに代表されるような画像加工のアプリケーションが広く普及した現在においては、広告、ファッション写真などでは、修正を施した画像がメディア上に溢れていることや、そのような価値観や画像加工の技術が若い女性や幼い子供たちにもたらす影響を危ぶむような世論が広まっているという状況があると言えるでしょう。
07(図7)下着ブランドaerieのキャンペーン「この写真の女性はレタッチされていません 本当のあなたが素敵」#ariereal


「All About That Bass」がヒットした2014年には、この曲に託されたメッセージに響き合うようなキャンペーンやプロジェクトが展開しています。一つには、下着ブランドの aerieを展開するAmerican Eagle が、広告のなか でモデルにレタッチしていないことを謳い、さまざまな体型の女性の美しさをアピールす ることを目的として「The Real You is Sexy (本当のあなたが素敵)」というキャッチコピーをつけて宣伝し、SNSで#aerierealというハッシュタグを用いてキャンペーンを展開して女性たちの共感を集めて います。

08(図8)バービー人形の身体はあり得るのか?(寸法の比較)

09 (図9)バービー人形とラミリー人形の比較

もう一つは、アーティストであり研究者でもあるニッコレイ・ラム(Nickolay Lamm) が、クラウド・ファンディングを用いて開発し、製品化・販売に至ったラミリー人形です。この人形は、実際の19歳の女性の平均的な体型に基づいて3Dプリンタを用いて制作されました。開発に際して、ニッコレイ・ ラムは、バービー人形のプロポーションが実際の女性のプロポーションといかにかけ離れたものであるかを数値に基づいて分析して示しています(図8)。バービー人形とラミリー人形を並べると、そのプロポーションの違いは歴然としていて(図9)、幼い女の子が着せ替え用の人形として親しむ中で、女性の現実的なプロポーションと、自分のボディイメー ジに肯定感を抱いて育つことができるように、という願いが込められているのを見て取ることができます。「All About That Bass」のヒットは、Photoshopによる画像加工やバービー人形のような捏造され、現実離れした容姿を美しく、魅力的とする価値観への違和感の表明が、個人的な抵抗や意見表明としてだけではなく、商品開発やキャンペーンの展開にいたるまでの一定数の支持を得るようになったことの表れとも言えるのかもしれません。このような傾向が、一時的なブームに収束することなく、女性たち、若い世代や子供たちの意見表明や自己肯定感につながることを願って止みません。
こばやし みか

●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、植田正治です。
01植田正治
(無題)
c.1978
ゼラチンシルバープリント、木製パネル
Image size: 52.0×80.0cm
Panel size: 61.7×89.9cm
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●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。通常は日・月・祝日は休廊ですが、特別展の折には会期中無休とすることもあります。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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