「プロフェッショナルの世界を見た」~2

笹沼俊樹


前述のようなシャピロの作品制作に対する姿勢は、“版画”でも変わらない。
市場に出す版画作品は、制作した作品の中から、スタジオ内で吟味を重ねて選択する。さらに、選択された作品は、画面を木目細かくチェックし、「気に入らない部分」をつぶしてゆく。極めて繊細で、かつ、システマティックな作業を行う。従って、市場に出す種類は少なくなる。その現場が〔資料3〕。巨大なスタジオの2階の壁面のほんの一部の光景である。壁面に止められている5枚の版画、すべて試刷りのものである。2週間程このように展示し、それらを微細にチェックする。

資料3  〔資料3〕ジョエル・シャピロのニューヨークスタジオの2階の一部

1階での立体作品制作の合間に、又1階での作業終了のあとに、ここに来て、これらの作品と対峙する。「円の配置はこれでよいか?」「円の大きさは、他円とのバランスでどうか?」「色彩はこれで良いか?」多様な面から作品をつめてゆく。時折、試刷りの上に、異なったサイズや色彩で描いた「図形」の紙片がコラージュされている。調整があったのだ。このような過程が終了すると、最終の刷りに向う。

資料4  〔資料4〕シャピロの木版画の版木。
  (レズリー・ミラーの工房で撮影)


ジョエル・シャピロ木版画  〔資料5〕untitled 13
  1988
  木版画
  sheet: 47 x 99.2 cm
  Ed.32



〔資料4〕は版木である。〔25×15〕㎝ぐらいのブロックが多い。これらは、多種の木から作られている。例えば、マホガニー、桜、クルミ……。
シャピロがつぶやいていた。「木の種類が異なる版木は、絵具の吸収力の違いで、同じ色を塗っても、版画紙の上で同色は出ない。又、ある場合は、木目を利用するケースもあるので、作品の特性で版木を使い分けている」
例えば、〔資料5〕であると、青の部分は桜の版木〔木目がめだたず、かつ絵具の吸収力も弱い点を利用〕黒の部分〔2か所〕はマボガニー〔木の目が非常に美しい〕。この作品に関しては、3つの図形で成り立っているので3枚の版木を使用している〔1枚に1つの図形を彫り込む〕。最もデリケート〔シャピロの感性を感じさせる部分〕なのは、〔資料5〕のケースであると、3つの図形の接合点での図形の斜度。この部分こそ、〔資料3〕で、最も念入りに行う部分だ。従って、刷りの作業も緻密さが重要になってくる。
このような面を勘案して、刷り師は非常に神経こまやかな知的な若い女性〔レズリー・ミラー〕を選んだ。
彼女は良家の子女〔父親は世界でトップクラスの米国のシンクタンクのCEO〕で、育ちの良さか、素直で、まじめ、又ねばり強い人との印象をうけた。自から望んでこの世界に入ってきたようだ。
シャピロらしく、“刷り師”も作品の性格にあった人を選択している。シルクスクリーン、リトグラフ、リノカット、アクアチント、ポショアールなどの版画技法を利用するが、それぞれに刷り師は異なり、自分の作品にあったスペシャリストを選んでいる。
〔資料5〕は木版画の中で、秀逸な作品だ。ニューヨーク近代美術館でも、これを購入している。又、この作品に関しては、発売して、2、3日で完売してしまった。
シャピロにとって、版画の位置づけは、市場での人気が強いドローイングや立体作品へのアイディアを供給する一つの手段にもなっている。それ故か、特徴の異なるシルクスクリーン、リトグラフ、リノカット、アクアチント、ポショアールと多様な媒体を利用している。
例えば、〔資料5〕は色彩をかえて、ドローイング作品にもなっている。1988年3月、ポーラ・クーパー画廊で開かれた彼の個展注2に出品された。この個展は、ドローイングだけのもので、ニューヨーク・タイムスは1ページを使い絶賛の記事を書き、他の新聞にも大きく取りあげられ市場で話題になった。総点数23点の展示だったが、オープン初日で即日完売だった。版画においてもしかり、あらゆるものをテコにしながら、自分の作品に広がりを求めてゆく。いかにも、シャピロらしい動きだ。

▪  ▪

主観にのめり込むのも程々にして、時には「第三者的な眼で、冷静に、ジョエル・シャピロを見てみるのも必要じゃないか……」こんな事を考えていた時、「類は友を呼ぶ」という諺が頭をかすめた。非常に深みのある言葉だ。
「シャピロのコレクターはどのような人達なのか?」これを、つぶさに見てみると、シャピロの見えなかったものがあぶり出せるのではないか……。彼の作品を所有するコレクターは彼にとって、友人のようなもの。
早速、自分のデータ・ファイルの資料を調べると、出てきた。1980年代後半に、ポーラ・クーパー画廊でもらったシャピロのコレクター・リスト〔1980年代前半までのコレクターを列挙したもの。極秘のリスト〕である。
まだ、シャピロの位置づけがシッカリと根づいてない時期のコレクター・リストだ。当然、人気の沸騰現象も全く発生してない頃である。従って、リストには純粋に彼の作品を好むコレクターが大半を占めていた。世界の多様な地域のシャピロ・コレクターが60名リスト・アップされている。
特殊なコレクション・コンセプトを持ったイタリヤのコレクター、ジュゼッペ・パンザ・ディ・ビウモ伯爵〔博士〕、コレクション作品の全集まで出版されている、バリー・ローウェン〔米〕……。
変わり種は、辛口の有力評論家、ロベルタ・スミスが彼のコレクターとして加わっていたのには、驚いた。
文化人にも広がっていた。アメリカの舞台俳優として有名なアイヴィ・シャピロ。シンガーソングライターで、1950年代後半の大ヒット曲<ダイアナ>を歌ったポール・アンカ。現代美術作家では、エリザベス・マレー、アレックス・カッツ、ジャスパー・ジョーンズ……。
列挙されている人の中に、トリッキーなコレクターや流行りものを追うようなコレクターは全くいなかった。この中で、やや、門外漢のように思えるポール・アンカ。ポーラ・クーパーは、「シャピロの作品を初期から買っていて、10点以上コレクションしているわ……、すごく眼の良い人。知的で大人よ」とつぶやいていたのが印象的だった。
より具体的にコレクターを見るため、ジュゼッペ・パンザ・ディ・ビュモをとりあげると……。
彼はイタリヤのミラノ在住。特異なコレクション・コンセプトをもっている。北イタリヤのヴァレーゼの近郊に所有している18世紀に建てられた別荘と現代美術。即ち、歴史的建造物と現代美術作品によって造り出される環境空間への強い関心である。従って、“光とスペース”の可能性を追求するアーティストの作品に関心をよせた。これに合致した作品をコレクションし、その建物内に、それらを設置し、連関を探求している。
どのような作家をそのために選んだか……。ダン・フレイヴィン、ブルース・ナウマン、ドナルド・ジャッド、ソル・ルウィット、ジョエル・シャピロ、リチャード・セラ、リチャード・ノナス、ジョセフ・コスース。
選択をした作家達の共通点は、「強烈な理論を持って作品を制作している」点だ。
このような事象を見ていると、シャピロの隠れた特色がなんとなくあぶり出されてくる。
ビュモの眼は“鋭敏”だったようだ。彼が1956年から‘63年にかけて集めたアメリカの現代美術作家7人、ヨーロッパ2人の作品80点は重要な作品が多く、ロスアンジェルス現代美術館のパーマネント・コレクションの核になった。
リストを見ていて、もうひとつ気になったことがあった。世界で、「目筋が非常に良いと、当時言われていた超一流の画商」が何人も名を連ねていた。おそらく、「10年、20年先を読んだ、先物買い」ではないか……。
アニア・ノセイ、マイアニイ・ジョンソンまで名を連ねていた。シャピロの作品を見て、潜在力や将来性を汲み取ってこのような行動に出たのでは……。多様なことがあぶり出されるものだ。


注2 1988年3月3日~31日の間、ポーラ・クーパー画廊で開かれたジョエル・シャピロ展。大きな4つの展示室を全部使って、ドローイングのみで23点を展示。
この個展で、東洋美術コレクションで世界的な評価をとるクリーブランド美術館(米)、オランダのアムステルダムにある超一流美術館ステデリック美術館、アメリカ美術の殿堂ホイットニー美術館、ニューヨーク近代美術館、オハイオ州にあるトレド美術館の5館が作品を購入した。
一個展で5館もの超一流美術館が作品を購入した例はあまり耳にしない。ニューヨーク近代美術館の購入した作品は(223.5×152.7)㎝の大作だった。

ささぬま としき

●今日のお勧め作品はジョエル・シャピロです。
ジョエル・シャピロ 13ジョエル・シャピロ
"Untitled 13"
1988
和紙に木版画/Woodblock printon Japanese paper
Image size: 24.0×68.0cm Sheet size: 37.0×99.0cm
Ed.32  Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは第308回企画◆ジョエル・シャピロ展 を開催しています。
会期:2019年2月8日[金]―2月23日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
※誠に勝手ながら2月19日(火)の営業時間は17時までとさせていただきます。
2月3日ブログに出品作品の概要を掲載しました。
シャピロ展DM画像大
1941年生まれのジョエル・シャピロはアメリカを代表する彫刻家。
単純な長方形で構成された巨大な彫刻が特徴で、国内では博多駅前の西日本シティ銀行(磯崎新設計)や川村記念美術館などに設置収蔵されています。
彫刻と異なる繊細なドローイングとともに特徴の異なる版画(シルクスクリーン、リトグラフ、リノカット、アクアチント、ポショアールなど)も制作しています。
日本ではかつてギャルリームカイで紹介の展覧会がありましたが、近年は展観の機会があまりありません。本展では、1979-80年にかけて制作した初期リトグラフや、1988年にマホガニー、桜、クルミなどの多種の木を組合せて制作した木版画をご覧いただきます。


●1月23日に亡くなったメカスさんを偲ぶジョナス・メカス上映会(DVD)は本日が最終日です。
本日2月9日17時からのトークイベント「メカスさんを語る」は雪のため、中止(延期)します。
15時からの「リトアニアへの旅の追憶」は予定とおり上映します。
2月21日(木)18時から「メカスさんを語る」をあらためて開催します。
会場:ときの忘れもの二階図書室
講師:飯村昭子、木下哲夫、他
参加費:1,000円(皆さんのメッセージとともに香典として全額をNYのアンソロジー・フィルム・アーカイブスに送金します。 )
ブログの追悼記事をお読みください。
2月6日 井戸沼紀美「メカスさんに会った時のこと」
2月4日 植田実『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971』
2月2日 初めてのカタログ
1月28日 木下哲夫さんとメカスさん
1月25日 追悼 ジョナス・メカス上映会2月5日[火]―2月9日[土]
2005年10月メカス
会期:2019年2月5日[火]―2月9日[土]
代表作「リトアニアへの旅の追憶」は毎日上映するほか、「ショート・フィルム・ワークス」、「営倉」、「ロスト・ロスト・ロスト」、「ウォルデン」の4本を日替わりで上映します。
上映時間他、詳しくはホームページをご覧ください。

●上映会の会期中、メカスさんの著書を特別頒布します。
『ジョナス・メカス―ノート、対話、映画』表紙ジョナス・メカス ノート、対話、映画
著者:ジョナス・メカス
訳:木下哲夫、編:森國次郎
A5判 336ページ
せりか書房
価格:4,700円
1949年、肌寒いニューヨーク港に難民として降り立ったジョナス・メカス。入手したボレックスでニューヨークを、友人たちを、自らを撮り続けてきたメカスが語る、リトアニアへの想い、日記映画とニューヨークのアヴァンギャルド、フィルム・アーカイヴスの誕生…「ここに集められた文章は、どれも思い出であり、わたしの人生の一部である」。
主要作品のメカス自身による解説とコメンタリーを収録。

メカスどこにもないところからの手紙どこにもないところからの手紙
著者:ジョナス・メカス
訳:村田郁夫
19.5×12.8cm 199ページ
書肆山田
価格:2,500円


◆ときの忘れものは3月27日~31日に開催されるアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 -宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12