小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第21回

食べること。
ひょっとしたら、読むことより好きかもしれない。
売ること、も好きだけど、食べること、はもっと好き。
食べることと読むことが両立し得る、ギリギリの境界線上にあるもの。
それが「レシピ」と呼ばれ「料理本」と呼ばれるジャンルなのかもしれません。
1つの大切な書籍ジャンルでありながら、でも、「レシピ」「料理本」を紹介する本、あまり聞いたことがありませんよね?
今回は、待望と言っても良い、そんな「レシピ」「料理本」「食べること」を体験的に、かつ批評も交えて紹介する新入荷のエッセイを。
三浦哲哉『食べたくなる本』(みすず書房)

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著者の三浦哲哉さんは映画批評・表象文化論の研究者。
数多くの料理書に惹かれ、読んできた理由を、「(他人がなにをどう作りどう食べているかを知ることにより)自分が抜き差しがたく囚われている『習慣』の狭さに気づき、それを相対化し、ほんの少しだけ、その囚われから解放されるきっかけを与えてくれるからではないか」と言います。
これはそのまま読書にも通じるし、ありとあらゆる芸術を楽しむことにもつながる、著者の誠実さが伝わる一文です。

この本の中でたびたび言及されている料理家の一人に丸元淑生がいます。この料理家について語る時の著者の筆には、なんというか、独特のユーモアがあります。例えばこんな文章。9章「レシピ本のなかのありえない数値」より。

「私がこれまで出会ったそのような数値のなかで、とりわけよく覚えているものがある。またしても丸元で恐縮だが、『丸元淑生のクックブック』における『あさりのスパゲッティ』の作り方に、それは書かれていた。

あさりのスパゲッティ spaghetti alle vongole
あさり 二キロ
(中略)
調理法を一通り説明したあと、丸元はこう書いている。『この料理の味を決定するのはあさりの量である。少ないあさりではおいしく出来ない』。それはそうだろうが、それにしても多すぎはしないか……。(中略)丸元は本当にこの提案が普及すると思って書いているのだろうか。」
愛情を交えつつも、批評の目を忘れない。この文章がこのエッセイ集の魅力です。
しかし、この本の白眉は、何と言っても最終章「ビオディナミと低線量被曝」です。
この震災後のセンシティブなテーマを、著者は、最後に持ってきます。
食物の放射能汚染の問題は、「実証的な科学的知見以上に、アナロジー(数値ではなく、類似性や喩えによって事物を関係づけ、その流動的かつ直接的な相を捉えようとする思考)による世界認識である。」と批判しつつ、それを「嗤うことはできない」と著者は言います。なぜなら独創的な料理書の著者の多くは、このアナロジックな思考を大切にするからです。(著者はそれを「手の想像力」と呼びます。)
震災後の、特に食物の被曝に関する「エコロジーの野蛮さ」を、当時話題になった『美味しんぼ』などを例に引きながら批判しつつも、その野蛮さをやはり上段から否定することができません。
著者が愛飲している自然派ワインを作るワイナリーの農法のひとつ「ビオディナミ」の肥料の使い方が、一ヘクタールあたり4グラムという、ごくごく微量なのを指して「あたかも大地の感受性を試しているかのよう」と説明しつつ、その「ビオディナミ」の世界観が、少ない量でも深刻な被害をもたらすという「低線量被曝」の考え方と「似通っている」と言います。
「(低線量被曝の考え方は)非科学的でとうてい支持できないが、(中略)『低線量被曝』説を否定しながら『ビオディナミ』のワインを愛好するという自分の矛盾に、いまもとまどったままだ。」と書く著者。
このような答えを安易に決定せず、揺れ動くような著者のスタイルは、ともすれば煮え切らないと批判されそうですが、今のような世の中だからこそ大切な誠実さだ、と僕は思っています。常に迷い続け、考え続け、答えを見出しつつも、変化を恐れない。
この本は、やはりエッセイでありつつも、批評の言葉で書かれた本のようです。
おくに たかし

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。

●今日のお勧めは、森内敬子です。
20151231_moriuchi1森内敬子 Keiko MORIUCHI
ダイヤモンドもついに溶ける

1991年
カンバスに油彩
イメージサイズ:53.0×45.0cm
裏面にペンサインあり
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第28回カタログ表『第28回 瑛九展』(アートバーゼル香港)図録
2019年 ときの忘れもの
B5版 36頁 作品17点、参考図版27点掲載
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翻訳:Polly Barton、勝見美生(ときの忘れもの)
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●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
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宮崎県立美術館でも<瑛九 -宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示しています(4月7日まで)。

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駒込外観1TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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