<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第76回

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頭のてっぺんからやわらかな陽の光が降りそそいでいる。
正午のころだ。
白く輝く着物の裾、太鼓の上にのっているタオル、宣伝文句を書いた紙。
舗装していない道にまっすぐに落ちる影。

撮影者はちんどん屋「傳ちゃん」の前に歩み出てカメラを構え、腰を屈めてシャッターを切った。
きっと傘を入れたかったのだろう。
パッと開いた傘のにぎわいが欲しかったのだ。
それには下から見上るように撮るのがよい。
結果として、蹴り上げた足が強調され、それが正午の陽射しとあいまって、
これ以上ないくらい朗らかな写真になった。

その朗らかさに輪をかけているのは顔の表情である。
ヘの字型の眉、目張りを入れた瞳、皮膚の皺。
デフォルメされた顔面に大きな口が開き、金歯がのぞいている。
むかしの芸人はわざと大口をあけて金歯を見せたものだ。
金歯にはお金がかかっているから、それを披露すれば豪華さが出るというわけだ。

からだの重心がやや後ろに置かれた立ち姿に注目したい。
いちばん下に木枠付きの太鼓があり、その上に当たり鉦、そのさらに上に番傘、というふうに縦に積み上げられた道具はからだに縛られて一体化し、足先から傘まで一本の重心軸が貫く。
それが足をあげたために地軸のようにちょっと傾いて、重心が後ろにいったのだった。

最初にこの写真を見たときに覚えた躍動感は、この軸の傾きにあったのかもしれないと気づく。
不安定なはずの一本足が、逆に活気を生み出していて、見ていると独楽の姿が浮かんでくる。
わずかな一点を地面につけてくるくると回るあの独楽の朗らかさに通じるものがある。

舗装されていない道は色が明るく、これは関西の土の色ではないかと一瞬思ったけれど、太鼓の木枠に「帝都チンドン王」とある。それならば東京だな、と思いながら傘に載っている裏返った文字に目をやると、黒い太文字で「傳ちゃん」とある後の四文字がなんと「自由が丘」と読めるのだ。 

東急沿線の有数の住宅街をちんどん屋が練り歩く。
木の電信柱、道路脇のドブ、生け垣の塀。
太鼓や鉦やクラリネットの音が鳴り渡る。
あ、ちんどん屋さん、と思う間もなく音はちいさくなり、風に消えていく。

つぎつぎと生まれる追憶は美しく喝采したいほどだが、町にちんどん屋がいた頃は少しもそうは思わなかった。
親しく思うどころか、音が聞こえてくると、むしろうんざりした。
ダサくて、愚かしくて、怖い感じもあったのである。

でも、この写真を見ていると「懐かしい」ということばが口をついて出る。
もう見られないからそんな気分になるのだろうか、と考えているうちに、はたと思いついた。
懐かしさをもたらすのはちんどん屋ではなくてこの写真だということに。
この一枚の写真のなかだけに存在する時空間が懐かしさを引き起こしているということに。

生け垣のある通り、にぎにぎしいチンドンの響き、お面のようなメイク、うららかな正午の光、大売り出しの文字、木製の電信柱、歯医者の広告……。
それらは流れる時間のなかではつかみとれない、写真によってのみ凍結され、浮き彫りにされる永遠の時空である。それが「懐かしい」という感情を浮かび上がらせる。現実の時間では体験できないものに出会わせる写真のマジックである。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●掲載写真のクレジット
© HM Archive / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

●掲載写真のデータ
タイトル 「チンドンの伝ちゃん一家」
1950 年代/2019 年
ゼラチン・シ ルバー・プリント
サイズ 25.2 x 25.3 cm

●作家紹介
平田 実(ひらた・みのる)
1930年東京生まれ(2018年没)。国会速記者を経て、独学で写真を始める。1953年『アサヒカメラ臨時増刊 國際寫眞サロン』への写真発表をもって実質的な写真家デビューを果たし、以降フリー・フォトジャーナリストとして活動。1950年代から70年代にかけて、戦後復興から高度経済成長へと向かう東京の街や社会、市井の人々の姿を記録する。また1960年代には、小野洋子、赤瀬川原平篠原有司男、ハイレッド・センター、ゼロ次元といった前衛美術家たちの活動を写真に収め、週刊誌への掲載を通しひろく紹介。対象や状況に積極的に関与し主体的に撮影を行う平田の姿勢は、1960年代後半から70年代前半の沖縄を捉えたシリーズや、スカイ・スポーツを取材した写真群としても結実している。近年の主なグループ展に「Postwar: Art Between the Pacific and the Atlantic, 1945–1965」Haus der Kunst(ミュンヘン、2016年)、「Japanorama. New vision on art since 1970」Centre Pompidou-Metz(メッス、2017年)、「1968年―激動の時代の美術」千葉市美術館、北九州市美術館分館、静岡県立美術館へ巡回(2018-2019年)、「アジアにめざめたら―アートが変わる、世界が変わる 1960-1990年代」東京国立近代美術館(2018年)など。主なパブリック・コレクションにTate Modern、Hirshhorn Museum and Sculpture Garden、韓国国立現代美術館、東京ステーションギャラリーなど。

●写真集のご紹介
カタログトリミング平田実 『東京慕情/昨日の昭和 1949-1970』
タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム刊(2019年)
販売価格:¥ 3,700 (税別)
ソフト・カバー、掲載図版38点、H 21 x W 14.8 cm
平田実によるテキストと細谷修平によるエッセイを収録(英語・日本語)

2019年3月9日(土) – 4月27日(土)にタカ・イシイギャラリーで行われた平田実個展「東京慕情/昨日の昭和 1949-1970」にあわせて刊行されたカタログ。

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●本日のお勧め作品は、赤瀬川原平です。
tomason-tatou赤瀬川原平 Genpei AKASEGAWA
「トマソン黙示録」
1988年
オフセット印刷、エンボス
シートサイズ:36.4x51.5 cm
タトウサイズ:38.0x53.5x2.0 cm
Ed.17/50 Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものでは「第311回企画◆葉栗剛展 」を開催します。
会期:2019年5月24日[金]―6月8日[土]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
葉栗展
ときの忘れものは毎年アジアやアメリカのアートフェアに出展し、木彫作家・葉栗剛の作品をメインに出品しています。今回は、2014年以来二回目となる個展を開催し、国内未公開作品11点をご覧いただきます。
初日5月24日[金]17時よりオープニングを開催します。


●ときの忘れものは4月28日(日)から5月6日(月)まで休廊します。連休中のお問い合わせには5月7日(火)以降にお返事いたします。

●『光嶋裕介展~光のランドスケープ
会期:2019年4月20日(土)~5月19日(日)
会場:アンフォルメル中川村美術館
[開館時間]火・木・土・日曜日 祝日 9時~16時(連休中は全日開館しています

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
*日・月・祝日は休廊。