須坂版画美術館「追悼 島州一版画展」を観て~2019年6月29日 (前編)
中尾美穂
現在、長野県須坂市にある須坂版画美術館で「追悼 島州一版画展」が開かれている。島州一は1935年8月26日東京麹町生まれ。2018年7月24日、83歳の誕生日を目前に急性骨髄性白血病で亡くなった。出身地ではない須坂でなぜ追悼企画が? と不思議に思われるかもしれないが、島は数年前まで外部組織の同館運営委員会の委員を、館内の版画教室では年に1度行われるシルクスクリーン教室の講師を務めた。同館では1995年に開かれた企画展「信州の現代版画Ⅲ」に島を含む作家6名をとりあげ、所蔵品展のほかに、2009年、県内作家による「版・画/それぞれの表現 島州一・松川幸寛・北野敏美 三人展」を開催している。訃報から1年。通常年1回の企画展とは別に特別開催が決まり、準備を進めてきた。
今子夫人によれば、東京から長野県に移り住んだのが1993年。いったん小諸市に住み、翌94年、隣の東部町(現・東御市)に住居兼アトリエを構えた。以前からたびたび夫人の郷里である長野市を訪れ、小諸から東御にかけてのパノラマ的風景を気に入って移住を決意したそうだ。裾野の美しい浅間山の南麓に軽井沢町や御代田町、西に向かって山から遠ざかると小諸市、東御市がある。一帯がなだらかな丘陵で広々とした畑や果樹園が広がり、下方に千曲川が流れる。静かでのどかな地域だ。島はユーモアがあり、温厚で読書家だったという。夫妻でウォーキングを楽しみ、アトリエからでは浅間山が見えないが、散歩に出れば畑の向こうに連山を望むことができた。移住後もしばらく武蔵野美術大学の非常勤講師を務めていたため、東京の行き帰りに通り道の軽井沢周辺で浅間山の雄大な姿を眺めたという。アトリエで夫人から創作に使ったトレーシングペーパーやプラスチックの素材、1991年からつけていたという日記、手入れの行き届いた画材や木工道具、作品撮影用の空間を見せていただいた。ひとつひとつが、変わらない日課で精力的に創作に打ち込んだ作家の日々を物語る。地元では2011年、市立の小諸高原美術館・白鳥映雪館で「島州一展 原寸の美学」が開催された。2010年、2015年、2017年、2019年と軽井沢町の酢重ギャラリーでも作品を発表している。2017年冬以降、症状が急速に悪化して歩行が困難になり、立って制作できなくなるとモチーフを子供用のソックスに替え、水彩パレットと絵筆が使えなくなると日めくりを貼りつけた紙にボールペンで描いた。最期まで続けた「とんだ災難 変身カフカの日々」を含む、膨大な作品画像・映像とテキストによる創作の軌跡が、夫妻で立ち上げたサイト「島州一図鑑」にまとめられている。
さて私が追悼展を観たのは初日の6月29日。あいにくの天候だが、館駐車場前の河川敷で散歩やマレットゴルフを楽しむ人々の姿が見える。この眺望の良さも美術館の魅力の一つである。雑木林の長い散歩道を抜けて美術館へ。
須坂市の眺望
須坂版画美術館
企画展会場は2部屋で、所蔵するシルクスクリーン8点を中心に1988年~2016年の水彩画・平面オブジェ全22点と、制作過程を示す未発表資料が展示されている。学芸員の梨本有見さんにお話を聞いた。
展示室
展示室
まずコラージュによるシルクスクリーン「SP-C」シリーズから、所蔵品7点が並ぶ。これまでまとまった展覧の機会がなかったため、ぜひ観ていただきたいとのこと。色彩がせめぎ合っている印象の同シリーズだが、追悼展のフライヤーに使われた《SP-C,T32》をみると柔らかいイメージからの出発だったとわかる。色紙を貼りつけるコラージュではなく、ちぎった色紙ごとトレースしてドローイングを加えた版画が最終形で、かなり錯視的である。同じ1988年、椅子を転がしながら床一面の紙にトレースしたパフォーマンス(島の造語ではモドキレーション)「幾何学的透視図行為表現」のあと、紙を広げて真上から撮影したさまを連想させる。追悼展の会場で夫人に尋ねると、1987年から4年間、東京芸術大学で版画の非常勤講師を務め、その間に集中的にシルクスクリーンを制作した。同シリーズのナンバーは200点を超える。色数や模様が増えると版は相当な数に及ぶが、東京、長野のアトリエ内やベランダで自刷したそうだ。トレーシングペーパーの半透明の白、金銀の箔のような特色、これらもことごとく版上のイメージであるのに驚かされる。
《SP-C, T32》シルクスクリーン 1988年
《SP-C, T90》シルクスクリーン 1990年
《SP-C, T90》部分
《SP-C, D116》シルクスクリーン 1991年
《SP-C, D116》部分
《SP-C,D, DP169》シルクスクリーン1994年
《SP-C,D, DP179》シルクスクリーン 1995年
次に「trace」「TRACE」の2シリーズ。シルクスクリーンの「trace」は島独自の方法論「触覚的遠近法」を用い、まず床に敷いた和紙に椅子を一脚ずつトレースする。これには「幾何学的透視図行為表現」でも使用した、滑車つきの巨大コンパスを使う。それから和紙を指で破いたり折ったりして紙上に構成したもので下絵を作り、シルクスクリーンで刷る。多重の輪郭線は破いた紙の縁、紙に重なるインクの線、紙の裏写りの線まですべてトレースしたからである。《trace23》が同館所蔵品。絵画における三次元的表現の虚構を見せつけ、じかに触れて写しとった実体のゆらぎと現実感を呈示する。さらに平面オブジェの「TRACE」シリーズで、「trace」のイメージの層をシルクスクリーンによる木板で構築した。板が紙のインクの層を表現している。遠目には乱暴に打ちつけられた椅子らしい形が、近寄ってみると丁寧にカットされ丸棒で底上げされ、細やかでシステマチックな作業を施されている。この落差がじわじわとユーモラスに迫ってくる。作品を収める木箱まで自作だそうだ。「TRACE」は9点のシリーズで「信州の現代版画Ⅲ」では全点が公開された。
左から《trace18》、《trace20-B》、《trace20-C》
いずれも和紙にシルクスクリーン 1989年
左から《trace22》和紙にシルクスクリーン 1989年、《trace23》シルクスクリーン 1989年
《trace23》部分
左から《TRACE24-9-2》、《TRACE24-9-5》、《TRACE24-9-6》、《TRACE24-9-7》
いずれもシナベニヤにシルクスクリーン、ボルトナット/パネル 1990年
《TRACE24-9-2》
《TRACE24-9-2》部分
《TRACE24-9-5》
(なかお・みほ)
※後半は明日掲載します。
■中尾美穂
1965年 長野市生まれ。
1997年から2017年まで池田満寿夫美術館学芸員。
●展覧会のお知らせ
「追悼展 島州一版画展」
会期=2019 年 6 月 29 日(土)~9 月 6 日(金)
開館時間=9:00~17:00(最終入館は閉館 30 分前まで)
休館日=毎週水曜日
入場料=300 円 中学生以下無料(20 名以上の団体 2 割引)
会場=須坂版画美術館 併設/平塚運一版画美術館
長野県須坂市大字野辺 1386-8(須坂アートパーク内)
TEL.026-248-6633 FAX.026-248-6711
●須坂長野東 IC より 5km(車で約 10 分)
●JR 長野駅より長野電鉄「須坂駅」下車、タクシーで約 10 分
島州一サイト: 島州一図鑑 SHIMA kuniichi official website を作品ジャンル別にまとめたサイト
島 州一 SHIMA kuniichi official website コンテンツは「とんだ災難 変身カフカの日々」「島州一の ASAMA いろは歌」「島州一のこの絵について」と、 下記のリンク
・SHIMA kuniichi|flickr
・YouTube shimakuniichi チャンネル
・ブログ:島州一が伝えたいこと
・ブログ:島州一のモドキレーション
・twitter:@shimakuniichi
●本日のお勧め作品は、島州一です。
島州一 Kuniichi SHIMA
「筒」
1975年
オブジエ、ゼロックス、シルクスクリーン
8.0x45.0
Ed.800 サインあり
*現代版画センターエディション
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
中尾美穂
現在、長野県須坂市にある須坂版画美術館で「追悼 島州一版画展」が開かれている。島州一は1935年8月26日東京麹町生まれ。2018年7月24日、83歳の誕生日を目前に急性骨髄性白血病で亡くなった。出身地ではない須坂でなぜ追悼企画が? と不思議に思われるかもしれないが、島は数年前まで外部組織の同館運営委員会の委員を、館内の版画教室では年に1度行われるシルクスクリーン教室の講師を務めた。同館では1995年に開かれた企画展「信州の現代版画Ⅲ」に島を含む作家6名をとりあげ、所蔵品展のほかに、2009年、県内作家による「版・画/それぞれの表現 島州一・松川幸寛・北野敏美 三人展」を開催している。訃報から1年。通常年1回の企画展とは別に特別開催が決まり、準備を進めてきた。
今子夫人によれば、東京から長野県に移り住んだのが1993年。いったん小諸市に住み、翌94年、隣の東部町(現・東御市)に住居兼アトリエを構えた。以前からたびたび夫人の郷里である長野市を訪れ、小諸から東御にかけてのパノラマ的風景を気に入って移住を決意したそうだ。裾野の美しい浅間山の南麓に軽井沢町や御代田町、西に向かって山から遠ざかると小諸市、東御市がある。一帯がなだらかな丘陵で広々とした畑や果樹園が広がり、下方に千曲川が流れる。静かでのどかな地域だ。島はユーモアがあり、温厚で読書家だったという。夫妻でウォーキングを楽しみ、アトリエからでは浅間山が見えないが、散歩に出れば畑の向こうに連山を望むことができた。移住後もしばらく武蔵野美術大学の非常勤講師を務めていたため、東京の行き帰りに通り道の軽井沢周辺で浅間山の雄大な姿を眺めたという。アトリエで夫人から創作に使ったトレーシングペーパーやプラスチックの素材、1991年からつけていたという日記、手入れの行き届いた画材や木工道具、作品撮影用の空間を見せていただいた。ひとつひとつが、変わらない日課で精力的に創作に打ち込んだ作家の日々を物語る。地元では2011年、市立の小諸高原美術館・白鳥映雪館で「島州一展 原寸の美学」が開催された。2010年、2015年、2017年、2019年と軽井沢町の酢重ギャラリーでも作品を発表している。2017年冬以降、症状が急速に悪化して歩行が困難になり、立って制作できなくなるとモチーフを子供用のソックスに替え、水彩パレットと絵筆が使えなくなると日めくりを貼りつけた紙にボールペンで描いた。最期まで続けた「とんだ災難 変身カフカの日々」を含む、膨大な作品画像・映像とテキストによる創作の軌跡が、夫妻で立ち上げたサイト「島州一図鑑」にまとめられている。
さて私が追悼展を観たのは初日の6月29日。あいにくの天候だが、館駐車場前の河川敷で散歩やマレットゴルフを楽しむ人々の姿が見える。この眺望の良さも美術館の魅力の一つである。雑木林の長い散歩道を抜けて美術館へ。
須坂市の眺望
須坂版画美術館企画展会場は2部屋で、所蔵するシルクスクリーン8点を中心に1988年~2016年の水彩画・平面オブジェ全22点と、制作過程を示す未発表資料が展示されている。学芸員の梨本有見さんにお話を聞いた。
展示室
展示室まずコラージュによるシルクスクリーン「SP-C」シリーズから、所蔵品7点が並ぶ。これまでまとまった展覧の機会がなかったため、ぜひ観ていただきたいとのこと。色彩がせめぎ合っている印象の同シリーズだが、追悼展のフライヤーに使われた《SP-C,T32》をみると柔らかいイメージからの出発だったとわかる。色紙を貼りつけるコラージュではなく、ちぎった色紙ごとトレースしてドローイングを加えた版画が最終形で、かなり錯視的である。同じ1988年、椅子を転がしながら床一面の紙にトレースしたパフォーマンス(島の造語ではモドキレーション)「幾何学的透視図行為表現」のあと、紙を広げて真上から撮影したさまを連想させる。追悼展の会場で夫人に尋ねると、1987年から4年間、東京芸術大学で版画の非常勤講師を務め、その間に集中的にシルクスクリーンを制作した。同シリーズのナンバーは200点を超える。色数や模様が増えると版は相当な数に及ぶが、東京、長野のアトリエ内やベランダで自刷したそうだ。トレーシングペーパーの半透明の白、金銀の箔のような特色、これらもことごとく版上のイメージであるのに驚かされる。
《SP-C, T32》シルクスクリーン 1988年
《SP-C, T90》シルクスクリーン 1990年
《SP-C, T90》部分
《SP-C, D116》シルクスクリーン 1991年
《SP-C, D116》部分
《SP-C,D, DP169》シルクスクリーン1994年
《SP-C,D, DP179》シルクスクリーン 1995年次に「trace」「TRACE」の2シリーズ。シルクスクリーンの「trace」は島独自の方法論「触覚的遠近法」を用い、まず床に敷いた和紙に椅子を一脚ずつトレースする。これには「幾何学的透視図行為表現」でも使用した、滑車つきの巨大コンパスを使う。それから和紙を指で破いたり折ったりして紙上に構成したもので下絵を作り、シルクスクリーンで刷る。多重の輪郭線は破いた紙の縁、紙に重なるインクの線、紙の裏写りの線まですべてトレースしたからである。《trace23》が同館所蔵品。絵画における三次元的表現の虚構を見せつけ、じかに触れて写しとった実体のゆらぎと現実感を呈示する。さらに平面オブジェの「TRACE」シリーズで、「trace」のイメージの層をシルクスクリーンによる木板で構築した。板が紙のインクの層を表現している。遠目には乱暴に打ちつけられた椅子らしい形が、近寄ってみると丁寧にカットされ丸棒で底上げされ、細やかでシステマチックな作業を施されている。この落差がじわじわとユーモラスに迫ってくる。作品を収める木箱まで自作だそうだ。「TRACE」は9点のシリーズで「信州の現代版画Ⅲ」では全点が公開された。
左から《trace18》、《trace20-B》、《trace20-C》いずれも和紙にシルクスクリーン 1989年
左から《trace22》和紙にシルクスクリーン 1989年、《trace23》シルクスクリーン 1989年
《trace23》部分
左から《TRACE24-9-2》、《TRACE24-9-5》、《TRACE24-9-6》、《TRACE24-9-7》いずれもシナベニヤにシルクスクリーン、ボルトナット/パネル 1990年
《TRACE24-9-2》
《TRACE24-9-2》部分
《TRACE24-9-5》(なかお・みほ)
※後半は明日掲載します。
■中尾美穂
1965年 長野市生まれ。
1997年から2017年まで池田満寿夫美術館学芸員。
●展覧会のお知らせ
「追悼展 島州一版画展」
会期=2019 年 6 月 29 日(土)~9 月 6 日(金)
開館時間=9:00~17:00(最終入館は閉館 30 分前まで)
休館日=毎週水曜日
入場料=300 円 中学生以下無料(20 名以上の団体 2 割引)
会場=須坂版画美術館 併設/平塚運一版画美術館
長野県須坂市大字野辺 1386-8(須坂アートパーク内)
TEL.026-248-6633 FAX.026-248-6711
●須坂長野東 IC より 5km(車で約 10 分)
●JR 長野駅より長野電鉄「須坂駅」下車、タクシーで約 10 分
島州一サイト: 島州一図鑑 SHIMA kuniichi official website を作品ジャンル別にまとめたサイト
島 州一 SHIMA kuniichi official website コンテンツは「とんだ災難 変身カフカの日々」「島州一の ASAMA いろは歌」「島州一のこの絵について」と、 下記のリンク
・SHIMA kuniichi|flickr
・YouTube shimakuniichi チャンネル
・ブログ:島州一が伝えたいこと
・ブログ:島州一のモドキレーション
・twitter:@shimakuniichi
●本日のお勧め作品は、島州一です。
島州一 Kuniichi SHIMA「筒」
1975年
オブジエ、ゼロックス、シルクスクリーン
8.0x45.0
Ed.800 サインあり
*現代版画センターエディション
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
コメント